49.父子の誓いは回廊で
私室の扉が、静かに閉じられる。
すっと空気が切り替わり、祈るような気持ちで父の隣に並び立つ。
回廊は高く、光が差し込み、私と父の影を伸ばしている。そして、コツンと足音がよく響く。まるでひとつ、ひとつ祈りを重ねるように。
神殿に祈りを捧げに行った『あの日』とはまた違うぴんとした、しかしやわらかい空気が私たちを包む。
香の匂いがかすかに混じり、以前はなかった歴代国王との肖像画と騎士団の紋章が壁には掲げられている。以前は感じなかった『戴冠式』が近づく空気も感じる。プレヴァリス王国の歴史が、足元から静かに伝わってくるようだった。
私は騎士になるという道から、フレンの隣に立つと決めた。敷かれたレールから抜け、彼の手を取った日から恐怖がないと言ったら嘘になる。それよりも覚悟と緊張で体が少し震える。
(父さん、歩調をゆっくり、合わせてくれてる?)
父の足取りはゆっくりと、しかし足音は重い。
あえて私に合わせてくれているのだと気がついた時、ふと昔を思い出した。
子供の頃、父の背中ばかり見ていた。
入団試験の開会式の日に見せた『騎士団長』としての父の顔。
その父が、今は私の隣にいるのだ。
――少しだけ、肩を震わせて。
会話はなく、コツン……と足音だけが響く回廊で、私と父はただ、近づく鐘の音に向かって歩んでいた。
カーン、カーンと神殿の鐘が鳴るたびに、ひとつひとつ私の心は前へ向かっていく。
しかし、怖くはない。むしろ、包まれているように安心する。父に背中を支えられているように。
その時、父が正面を向いたまま低いトーンで柔らかく語りかける。
「ルエリア、緊張しているか? ……ここまで、長かったな」
そうだ。実際には短いのに、永遠かのような長い時間だった。卒業式から、剣を置くことを決め、この日が来るまで。
私は目を閉じ、間をおいて答える。
「……少し。でも、大丈夫」
父がちらりと私の方を向き、少し遠い目をする。
私とのこれまでを、思い出しているのだろうか。
「ルエリアが剣を置くと決めた日――君は強い顔をしていたね。その姿を見て、父さんは安心した」
私は、ふっと笑い、それから深く呼吸をする。
「私は、守られるために、あそこへ行くわけじゃない。フレンと並んで立つって、決めたの」
父はふっと一息つき、前を向いたまま、低く言った。
「もう、大丈夫だ」
私も、頷く。
父のエスコートで、神殿の石段を静かにのぼる。
アウレシア様を象ったレリーフが彫られた大扉の前に立ち、ふと立ち止まる。
中から人々のざわめきの気配、祈りの歌の演奏が聴こえる。
私は、背筋をピンと伸ばし、さっとドレスを整える。
「父さんは、誇りに思うよ。娘としてではなく――ルエリア、お前自身を」
その声に、胸が熱くなり、視界が滲みそうになるのをこらえる。
ただ、ゆっくりと、静かに。頷きながら。
「……ありがとう」
胸がいっぱいで、その言葉しか出てこなかった。
次の瞬間、父が一歩下がる。
若い神官の手で、神殿の大扉が開かれる。
その瞬間、やわらかい光と人のざわめきがハーモニーを奏でるように私に流れ込んでくる。
フレンの手を取ると決めたあの日から、私は選び続けてきた。自分の道を。それはこれからも変わらない。これからも、私は選び続けていく。フレンの隣で――。




