47.祝福できる自分でいたい
結婚式当日、誰よりも早く来るフラヴィオ。
そして『彼女』も新たな道へと進み始めます。
朝の光が、神殿の白い回廊に差し込んでいた。
まだ人の気配も少なく、しんとして足音だけがコツコツと響き、やけに大きく聞こえる。
フラヴィオはひと足早く神殿に来て、控えの間の窓辺に立っていた。
今日の空はどこまでも高く、晴れ雲ひとつない。これ以上ない結婚式日和だ。
(めでたいけど……どこか皮肉のような晴れやかさだ)
フラヴィオは手足を動かす。いつも身につけている騎士団の鎧とは違い、今日は正装だ。布と装飾だけの服が妙に軽く、違和感を覚えたように手足を動かし、そして目を閉じる。
(本当に、今日は結婚式なんだな……。色々、あったよな……)
フラヴィオの脳裏には、妹の姿が浮かんでいた。
母の叱責に怯えていた頃でもない。
剣を握った眼差しでもなく。
そして、フレンを選んだ時の――決意に満ちた顔。
彼は目を閉じ、手を感慨深そうにぎゅっと握る。
そして、天を仰ぐ。その表情は、少し瞳が揺れて少し震えていた。
その時、控えの間の扉が、静かに開いた。
鈴のような、しかし静かな声が響く。
「……おはようございます、フラヴィオ様」
彼が振り向くと、そこにはアミティエがいた。
神職の青藍色に白銀色の刺繍が施された正装をし、淡い茶色の髪はきちんと結い上げられている。かつての張り詰めたガラス細工のような脆い鋭さはない。
だが、晴れやかでもない。――彼女の顔は、どこか『覚悟を決めた顔』をしていた。ただ、彼女の瞳は、わずかに揺れ……それでもまっすぐ正面を向こうとしていた。
「おはよう。……早いな」
「……昨夜は……眠れませんでしたから」
それだけポツリと言って彼女は視線を落とす。
フラヴィオは、それ以上、アミティエになにか聞こうとはしなかった。
ふたりの間に、しばし沈黙が包む。
そして、神殿に朝を告げる鐘がカーン、カーンと鳴る。
「ルエリア……様は……きっと、綺麗でしょうね」
ぽつりとアミティエが呟く。その瞳はどこか少し揺れている。
彼女の声には、もう棘はなかった。
その口調は、誰かを傷つける刃ではなくなっていた。
「まぁ、あいつは昔から綺麗というか、百合のよう……というか? 単なる兄の欲目だけどな」
そう言ってフラヴィオの口元は少し緩む。
アミティエは、ほんの一瞬だけ驚いたように彼を見て、苦笑いを浮かべる。
「あたしは……彼女みたいには、なれませんでした」
「最初から、なる必要はなかったんだろ」
「……そう、でしょうか」
アミティエは胸の前で、そっと手を握る。
「あたしは、ずっと『選ばれなかった自分』が許せなかったんです」
フラヴィオは少し首を傾げる。
「今は?」
彼女の視線が少し落ちる。
「……まだ、全部は。……でも」
アミティエは顔を上げ、はっきりと言った。
「今日は、祝福しようと思います。それくらいは、ちゃんと、できる人でいたいのです」
フラヴィオはゆっくり頷いた。
「それで十分だ。――前に進むってのは、そういうことだ」
神殿の鐘がもう一度はっきりと鳴る。
もうすぐ、式が始まる。
「そろそろ時間だ、行こうか」
「……はい」
そう言った彼女は深く息を吸い、静かに柔らかく微笑んだ。
初めて見る種類の、穏やかな笑顔だった。
歩き始めた二人の影が、長く伸び、光の中に溶け合ってゆく。
神殿の光は、歩き出したふたりを、柔らかく包みこんでいた。
それぞれの選択の先へ、彼らは歩みを進めようとしていた。




