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この剣は、貴方のために  作者: 凪砂 いる
第十一章 選び続ける光の中へ

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47.祝福できる自分でいたい

結婚式当日、誰よりも早く来るフラヴィオ。

そして『彼女』も新たな道へと進み始めます。

 朝の光が、神殿の白い回廊に差し込んでいた。

 まだ人の気配も少なく、しんとして足音だけがコツコツと響き、やけに大きく聞こえる。


 フラヴィオはひと足早く神殿に来て、控えの間の窓辺に立っていた。

 今日の空はどこまでも高く、晴れ雲ひとつない。これ以上ない結婚式日和だ。

(めでたいけど……どこか皮肉のような晴れやかさだ)


 フラヴィオは手足を動かす。いつも身につけている騎士団の鎧とは違い、今日は正装だ。布と装飾だけの服が妙に軽く、違和感を覚えたように手足を動かし、そして目を閉じる。


(本当に、今日は結婚式なんだな……。色々、あったよな……)


 フラヴィオの脳裏には、妹の姿が浮かんでいた。

 母の叱責に怯えていた頃でもない。

 剣を握った眼差しでもなく。

 そして、フレンを選んだ時の――決意に満ちた顔。

 彼は目を閉じ、手を感慨深そうにぎゅっと握る。

 そして、天を仰ぐ。その表情は、少し瞳が揺れて少し震えていた。


 その時、控えの間の扉が、静かに開いた。

 鈴のような、しかし静かな声が響く。


 「……おはようございます、フラヴィオ様」


 彼が振り向くと、そこにはアミティエがいた。

 神職の青藍色に白銀色の刺繍が施された正装をし、淡い茶色の髪はきちんと結い上げられている。かつての張り詰めたガラス細工のような脆い鋭さはない。

 だが、晴れやかでもない。――彼女の顔は、どこか『覚悟を決めた顔』をしていた。ただ、彼女の瞳は、わずかに揺れ……それでもまっすぐ正面を向こうとしていた。


 「おはよう。……早いな」

 「……昨夜は……眠れませんでしたから」


 それだけポツリと言って彼女は視線を落とす。

 フラヴィオは、それ以上、アミティエになにか聞こうとはしなかった。


 ふたりの間に、しばし沈黙が包む。

 そして、神殿に朝を告げる鐘がカーン、カーンと鳴る。


 「ルエリア……様は……きっと、綺麗でしょうね」

 ぽつりとアミティエが呟く。その瞳はどこか少し揺れている。


 彼女の声には、もう棘はなかった。

 その口調は、誰かを傷つける刃ではなくなっていた。


 「まぁ、あいつは昔から綺麗というか、百合のよう……というか? 単なる兄の欲目だけどな」

 そう言ってフラヴィオの口元は少し緩む。


 アミティエは、ほんの一瞬だけ驚いたように彼を見て、苦笑いを浮かべる。


 「あたしは……彼女みたいには、なれませんでした」

 「最初から、なる必要はなかったんだろ」

 「……そう、でしょうか」


 アミティエは胸の前で、そっと手を握る。


 「あたしは、ずっと『選ばれなかった自分』が許せなかったんです」

 フラヴィオは少し首を傾げる。

 「今は?」

 彼女の視線が少し落ちる。

 「……まだ、全部は。……でも」


 アミティエは顔を上げ、はっきりと言った。


 「今日は、祝福しようと思います。それくらいは、ちゃんと、できる人でいたいのです」


 フラヴィオはゆっくり頷いた。


 「それで十分だ。――前に進むってのは、そういうことだ」


 神殿の鐘がもう一度はっきりと鳴る。

 もうすぐ、式が始まる。


 「そろそろ時間だ、行こうか」

 「……はい」


 そう言った彼女は深く息を吸い、静かに柔らかく微笑んだ。

 初めて見る種類の、穏やかな笑顔だった。


 歩き始めた二人の影が、長く伸び、光の中に溶け合ってゆく。

 神殿の光は、歩き出したふたりを、柔らかく包みこんでいた。

 それぞれの選択の先へ、彼らは歩みを進めようとしていた。

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