女の子にはいろいろある
連休までに沙巳子が学校にくることはなかった。
三日前に危篤状態だった祖母が亡くなり、喪主となった彼女は通夜も葬式も形式だけでも取り仕切らなくてはならなかったということだったからだ。
沙巳子も含めた仲良し三人でのお泊まり会ということにはならなかったが、結局、ひかりは夏木家にお邪魔することになった。
しかも、三日分の着替えを持って、である。
どうやら、一泊だけでは気がすまないらしく、間違いなく連泊するつもりの親友に対して、ひかりったら自由奔放よね、と小夏は溜息とともに受け入れることにしたのだが。
この点、小夏もかなり大らかな性格をしている。
夏木家のその日の夕食は、ひかりの持参した高級牛肉のセットを使ったすき焼きだった。
遅くなったお中元の余り物であったが、形式上は母子家庭の尾野屋家では食べきれないこともあり、冷蔵庫から勝手に持ち出してきたのだ。
その他にも、手作りの豆腐屋の木綿豆腐や烏骨鶏の卵など、幾つかのお高い食材を持参してくるあたり、自分の食い扶持ぐらいは自分で用意するという男らしさと女のしたたかさを感じさせる。
小夏の両親も、そういう女子高生的ではないひかりの一面を気に入っているらしく、大層な歓迎をしたのだった。
滅多に食べられない高級食材に感動したこともあるが。
おかげで、二泊三日ぐらいどうということもない、というお墨付きまででた。
「ひかりって、要領がいいよね」
「……なによ、いきなり」
「お父さんもお母さんも、いつもひかりのことを褒めているんだよ。しっかりしたお友達だって。小夏もひかりちゃんみたいにしっかりしなさいとか、いつも言うんだ。……でも、ひかりって結構ダメな子だよね?」
「疑問形で聞かないでよ。あたしは自分で言うのもなんだけど、しっかりしている方ね。あんたが見た目に比べてダメなのよ」
自室でクッションを抱きながら、不平を漏らす親友をひかりがやりこめる。
実際には小夏がそれほどダメとは思っていないが、万事ぬかりのないところのある彼女からすれば、見た目とは裏腹にのんびりしたところがある親友にはたまにイライラさせられることがある。
弓道場での凛々しさをよく知っていることもあって、もっとハキハキしてもいいのにと要求することもある。
しかし、その二面性も彼女の個性であり、そこに助けられていることもわかっているから、必要以上に文句を言ったりはしない。
なにより、ひかりは親友二人に常に感謝しているのだ。
いつも自分と一緒にいてくれることについて。
「むー、私だって、いつまでも今のままの私じゃないよ。女子、三日会わざれば刮目してって言うからね。そのうちしっかりした女の子になるもん」
「……少なくとも変化するのが、三日は先って話?」
「それは男子のことじゃない!ってツッコミが欲しかったの」
「あんたのボケってつまんない」
そうこうしていると、ひかりの手が机上の本を一つ取り上げた。
タイトルは「家庭の法律学」。
よく読み込んでいるらしく、付箋もふんだんに貼ってあり、折れ目もたくさんついている、女子の部屋には相応しからぬ品だった。
本棚を見ると、他にも幾つか民法系の書籍が並んでいる。
どれも、民法でいうところの、いわゆる親族・相続関係のものばかりで、総則・物権・債権・契約関係は見当たらない。
「……まだ、勉強しているんだ」
「ん、うん。調べていたら結構面白かったから」
「あんたって、そのへんマメというか、真面目というか、凝り性なのよね」
「ひかりだって、詳しいじゃない」
「あたしは父親のせいで、いつか法律の世話になる可能性があるから、自衛のためにやっているのよ。あんたみたいに自分から進んで勉強しているわけじゃないの」
ぺらぺらと捲ってみると、特に付箋や書き込みが多いページがあった。
表題を見ると、『「認知」と「準正」について』とある。
項目についてそれほどページ数はないが、持ち主がこの内容について相当の関心を抱いていたことだけは読み取れた。
シャーペンでの書き込みもあり、中に一つ、とても目立つものがあった。
(大丈夫、私はパパの子)
ベッドの上に寝そべって真剣にマンガを読んでいる小夏が書いたものだろう。
ひかりはどんな小さなことでも、思春期の女の子にとっては決して蔑ろにしてはならないものがあるということをよく知っていた。
でも、大人はすぐに忘れてしまうものらしい。
昔の自分を忘れずにいられる大人になりたいというのが、誰にも言えないひかりの願いだった。
大人はなぜ自分が子供だった頃のことを蔑ろにしてしまうのだろう。
もう一人の親友のことを考えた。
大好きな祖母を亡くした彼女はどうしているだろう。
学校に入った連絡では、身内だけで式は行うということなので、会いにいくことは憚られたが、もしかしたら行くべきだったのではないだろうか。
こんな風に二人でゆっくりしている暇があったら、押しかけてでも沙巳子の家に行き、迷惑になっても彼女のそばにいてあげるべきだったのかもしれない。
そう思うと、ひかりの心は沈んでしまう。
昏く沈む彼女の心を知ってか知らずが、ベッドの上の小夏も浮かない顔をしているように思える。
明日、二人で沙巳子の家に行こう、と提案しかけた時、小夏の携帯電話が鳴った。
きゃりーぱみゅぱみゅの「つけまつける」の着ベルは、沙巳子からのものだ。
沙巳子自身のリクエストで半ば強引に決められていた覚えがある。
ちなみにひかりからの場合は、暴れん坊将軍のテーマだったので、ちょっと話し合いが必要かなと思ってはいるのだが。
「はい、小夏です。……あ、沙巳子さん? 今、ひかりが来ているから、スピーカー機能に切り替えていい? うん、わかった。ちょっと待ってね」
そういうと、携帯電話から沙巳子の声が響き始めた。
『ひかりちゃん、小夏ちゃん』
「サミはどう? 元気にしてる? ご飯は食べてる?」
「……お母さんみたいだよね、ひかりって」
「うるさいわね。サミのことが心配なの。三国志の武将みたいなあんたと違って、サミは繊細なんだから。で、どうなの?」
返事はなかった。
いや、正確には聞き取れなかった。
受話器の向こうで、親友が鼻をすすって泣いていることだけがわかるだけで。
「サミ、どうしたの? 何かあったの?」
ひかりが携帯をつかみとらんばかりの勢いで問いかける。
そんなに近づかなくても大丈夫だとわかっていても、嫌な予感が止まらないのだ。
そして、聞こえてきたのは……
『みんな……』
『助けて……』
という助けを求める声だった。




