混浴
話を聞き終えた後、居間は静寂に包まれていた。リュウさんが今の状況に絶望しているのは痛いほど感じられた。かといって自分にできることはない。妹を救うことが最優先だし、もっと言えば、故郷に残したあの4人に少しでもいい思いをさせてあげなくてはいけない。
「第9エリアも第10エリアとさして変わらない状況ですね」
せっかく上のエリアに来たものの、救いのない世界に絶望を深く感じたケンはつぶやいた。
「いえ。あなた方の苦しみの方が深刻です。私たちの場合は自業自得です。政の失敗ですから。あなた達は最初から不遇です。そちらの方が何倍も辛い」
「苦しみに優劣をつけるのはやめてください。人には人の苦しみがあります。客観的に論じることはできない」
「ありがとう。本当にありがとうございます」
リュウさんの頬に涙が見えたような気がした。
「後片付けは私がします。ケン様はお風呂に入ってください」と言い残し、リュウさん居間から出て行った。ケンも自分がかなり汚れていることは自覚していた。お風呂というものを体験するのも初めてだ。何せ、第9エリアでは雨水を溜めて体の汚れを流していたからだ。廊下を歩き、リュウさんに言われた部屋に行くと、お湯をはった綺麗な檜風呂があった。
「おー!そうか、普通はお湯で体を洗うんだな!」
速攻で全裸。一目散に体にお湯をかけた。
「キモチイイ。シニソウ」
ケンは白目を剥きながら、何回も何回もお湯をかけてた。夢中になってお風呂を楽しんでいると後ろから大声が降ってきた
「あなた、ちゃんと体洗ってから入りなさいよ」
「お前なぁ、人がお風呂入っているんだから出ていけよ」
水を差すあの女に怒鳴りつけようと後ろを振り返った時、この世のものとは思えない絶景が広がっていた。女が裸で仁王立ちしていたのだ。
ーーえ、胸が膨らんでいる。第10エリアの女はみんな痩せ細ってから男と一緒だったけど、本来こういうものなのか
ーーなんか丸い
ーーお腹周り、めっちゃ細い
ケンの頭の中で情報処理が追いついていない。そこで女からもう一声出る。
「何ジロジロ見ているのよ、変態。私も入るから、汚い湯船にするなって言ってるのよ。どきなさい」
「ちょっと待ってくれ。一緒に入るのか?」
「当たり前よ!私は一分一秒も惜しいのよ。あなたを待っている時間なんてないわ」
「俺は男だぞ」
「見たらわかるわよ。て言っても、肝心なところがお粗末なもので男とは思えないけど(笑)」
「うっっっっっっっっっっっっっさーーーーい!」
「そこに石鹸あるから、しっかり洗いなさい。私はすでに綺麗だから遠慮なく入るけど」
石鹸と呼ばれる白い個体を使って体を擦ると今までの汚れが全て落ちていった。自分がどれほど汚い見た目をしていたのか、今日でようやくわかった。
湯船に入ると、それはもう最高だった。足先から全身にかけて強い電流が脳天まで駆け巡る衝撃だ。第9エリアへのフェンスに触った以来の衝撃だった。
「いやー、最高だわ。俺は恵まれすぎている」
「こんな幸せ、許されるのだろうか」
「極楽極楽」
独り言がどんどん出てくる。
「うるっさいわね!黙って入れないの」
そうだ、そういえばこいつがいることを忘れていた。
「なぁ、神の力って本当にあるのか」
聞いた瞬間、逆鱗に触れるのではないかと身構えた。過去の話になった途端、女は急にそっぽ向くからだ。
「あるわよ。私も持っている」
「どういう原理なんだ」
よかった。会話が成立しそうだ。
「先天性と後天性のものがあるわ。私のは先天性のものよ。先天性の力は基本的に血筋ね。その一族が神から寵愛を受けているから発現する」
「お前の力はどういうものなんだ」
大きい胸が湯船にぷかぷか浮かんでいて、目のやり場に困る。
「端的に言えば、弓よ」
「弓?道具が特別なものになるということか」
「違うわ!バカね。弓の射撃精度が抜群にいいってこと。私の目には弓を引けば、どういう軌道を描くのかがわかるの。そして私の体は弓を引くために発達していくの」
女は両腕を湯船の中から出した。確かにすごい腕だ。前腕ととてつもなく発達している。背中の広背筋もよく見たらすごく発達している。上半身が逆三角形になっている。
「どれぐらいの精度なんだ」
「そうね。1キロ先の標的はまず外さないわ。人だったら一撃で殺せる。弓矢によっては3キロ先まで命中させられる」
「後天性の力はどういう特徴なんだ」
「後天性は強い願いが神に届いた時に発現するって言われているわね。ただ私も今まで後天性の力は見たことがないの。この世で神の力を使う人はほとんどが先天性のものだわ」
自分の力のことが気になった。まだ試したことが一度もない。ほんとうに存在する力だとは思えなかったからだ。
「妹を奪われた時に強く願ったんだ。西の奴らを殺せる力をくれって」
「ん?」
「強く願った。他には何もいらない覚悟を決めて。そしたら頭の中で声が聞こえた。力を授けると。一撃で人を殺せる力だ」
「あなたそれ、本当なの」
「あぁ、本当だ。ただし攻撃は一度しか使えない。一度使った相手が倒れなかった場合、二度目は効かない」
「試したことあるの?」
「ない」
「あなた一度立って」
「え?」
「いいから立ちなさい、早く!」
立ち上がるには色々と恥ずかしい状況だが、女は本気の目をしていた。立てと言われてたたないのは男がすたる。
「ほ、ほら。立ったぞ。何がお望みだ」
「やっぱりね。あなた、最初に会った時とは全然体の形が変わっている」
確かに骨と皮とはもう呼べないほどだった。
「力を授かったものはその力に合わせた体に変わっていくの。もちろん鍛錬も必要だけどね。さっきご飯を食べたでしょ。それで変化したのよ」
「ってことは?」
「その力は本物だわ!ようやく仲間が出てきた。これであいつもぶっ殺せるかもしれない」
女は急にぶつぶつと独り言を呟き始めた。
「あなたの妹、攫われたのならまず東家のところに送られているはずだわ。ここで提案なんだけど、私と共闘しない? 私は東家を潰したい。あなたは妹を助けたい。目的は重なっているわよね」
後ろから弓矢で射られることを一瞬懸念したが、女の顔を見るとそれはもう最初に会った時の顔とは違い、キラキラと輝いていた。
「一人で動いても何もできないしな。よしいいぞ、やろう」
「決まりね。私の名前はキュウ。よろしくね」
「あぁ、よろしく頼む!」
力一杯握手をした。キュウの手は豆だらけなのがすぐにわかった。相当努力しているのだろう。
「じゃあ私はお先に失礼するわ。のぼせちゃいそうだし。明日から特訓よ」
そういうと女は湯船から上がり、出口に向かって歩き出した。
「あぁ、それと一つ訂正があるわ。あなたの肝心なところ、意外と男らしくて見直したわ」
「う、うるさい、、、」
恥ずかしくなり、ケンは湯船に沈んでいった。




