浅慮
「ちょっとこれ、なんなのよ」
キュウとリュウさんが追いついていた。ケンはその場を一歩も動かず、ただ茫然と立ち尽くしている。
「なんで道の真ん中に下半身が落ちているのよ。もしかして私たちが落とした?ケン、説明なさい!」
「オ、オェェェェェェェェェェェ」
ケンは嘔吐した。これほど恵まれた食事を吐いた。故郷では皆が飢えに苦しんでいるのに。どうしようもない自分に辟易する。
人を殺してしまった感覚もここにきて一気に込み上げてきた。これまでの人生で人の命を取ろうとなんて考えたこともなかった。力を授かる前までは、生き残るために相手を殴り倒したこともあった。ただそれは相手の戦意を削ぐためだ。それで十分だ。それ以上を望むのは人の道に反している。
ーーでは木剣で相手に一撃を加えようとしたとき、お前に殺意はなかったとでもいうのか
頭の中でもう一人の自分がささやく。確かに自分が早く動けることに自信を感じた。高揚感に支配され、頭で考えることを放棄していた。
ーー知らなかったとは言わせないぞ。お前は確かに自分の力を認識していたはずだ。攻撃すれば、相手を絶命させると確信を持っていたはずだ
そうだ。言い訳のしようがない。ただ思考停止に陥っていたんだ。殺したいという気持ちは本当になかった。だが、実は本当は殺したくなっていたのかもしれない。殺さなかったら、俺が殺されていたんだ。そうだ、これは正当防衛だ。許される行いだ。
「いいえ、許されないわよ」
キュウの声で我に返る。
「許される行いではないわ。今、あなたはどこかホッとした顔をしているわね。あなたが自省しないなら、私が叱るわ。あなたは今、許されない行為をした」
「な、なんでお前に言われなきゃならないんだよ!お前はことの顛末を見ていないだろう!」
キュウの右拳が勢いよくケンの顔面に向かって飛んできた。殴られたケンはそのまま転び、キュウを見上げる。彼女はケンの服の襟を両手で掴み大声で怒鳴りつけた。
「いい?あなたは人を殺せるの!たとえあなたが意図していなくてもよ。私は今あなたを殴ったわ。でも、もしこの拳を一度でも人に当てると絶命するとわかっていたらこんなことは決してしない」
ケンは目をそらす。
「そらすな!自分の愚行を今ここで受け入れて、反省するのよ!あなたが感情を制御できないなら、一緒に暮らせないし、協力もできない。あなたの力は0か100なの。あなたは絶対に一人で行動してはいけない。仮に余所者に囲まれてリンチにあったとする。でもあなたは余程の目的と大義がなければ反撃も許されない。力を持つとはそういうことなの」
ケンは頭に血が上る感覚がはっきりわかった。俺も死にそうだったのに、「大丈夫だった?」の一言もないのかと。そしてこれまで、力に対してどこか軽く見ていた自分にも腹が立っていた。
「私を殴るの?殴れば私は死ぬのよ」
キュウの言葉でハッとした。これまで殺人なんて行為は余程の状況でない限り、無縁の話だと思っていた。キュウに顔を近づけられて、殺人の機会が目の前にあることを認識した。
「す、すまなかった。お前の言うとおりだ。俺が悪かった」
「わかれば、いいわ。これからは一人になるのは禁止よ。私も意図を説明していなかったのはよくなかったわ。で、何があったの?」
「走っていたら、いきなり男が弓を飛ばしてきたんだ。確実に殺しにきていた。俺はかわしたが、相手はやめようとはしなかった。だから木剣を当てたら」
「真っ二つになったと」
遠くからリュウさんが叫んでいる。
「お嬢様!こっちにきてください!」
一緒に向かうと吹っ飛んだ上半身があった。リュウさんが驚きを隠せないという顔をしていた。
「知り合いか?」
「えぇ、知り合いよ。こいつは私のいとこよ。かつて私と一緒に弓の練習をしていた西家の者よ」




