刺客
「キュウ、もうやめてくれ!息が持たん」
「そんなようじゃ死んだほうがいいわ。ソンには勝てないわよ!」
馬車に乗ったキュウが矢を次々と放つ。日課の死体置き場までケンは走らされている。
「お、お前さぁ。ハアハア。こっちは走ってんだぞ」
「あなたそれ、敵にも言えるの?『もう息が切れるので、一旦やめませんか?』って」
「くそ。あいつにまずは一太刀入れたい」
「聞こえてるわよー。殺すって解釈するけど大丈夫そ?リュウ、本物の矢を頂戴。あいつ舐めてるわ」
「お嬢様、流石にそれは、、、」
「聞こえなかったの?早くなさい、この木偶の坊!」
本物の矢が顔を掠めた。ケンの頬には切り傷がついている。
「お前、マジかよ!」
「マジよ」
死体置き場に着いた時には全身に青タンができていた。汗を滝のようにかいている。かれこれ3ヶ月、ずっとこんな生活を続けている。
「ケン様、またご立派な体つきになりましたな」
リュウさんがしみじみケンの体を眺めている。
「あ、あんまり見つめないでください。恥ずかしいです」
「これは失敬。あまりの変貌に見惚れてしまいました」
「ま、まさかリュウさん、俺に惚れちゃったりしていないですよね」
「ご想像にお任せします」
リュウさんが少し頬を赤らめたのをケンは見逃さなかった。
「お、お先に失礼しまーす」
ケンはキュウたちの準備が整っていない好機と捉えて急いで駆け出した。
「こ、こら!待ちなさい!」
ケンが走って30分。後ろにはまだ馬車の姿は見えない。これで休憩を入れながら走れると浮かれていた最中、道の奥に人影が見えた
ーー珍しいな。あいつら以外の人間を初めてみる
走るにつれて、どんどん輪郭がはっきりしていく。どうやら小柄な男が立っている。仁王立ちというわけではなく、体は道に対して水平にしている。腕もぶら下げているわけではなく、何かを持って構えている。
次の瞬間、矢が耳元を通った。本物の矢だ。キュウの矢ほどではないが、当たったら確実無事では済まない。敵だ。
「お前、何者だ」
返事はない。次に2本続けて打ち込んでくる。ケンは首を傾けて躱す。
「返事がないってことは敵と認めてもいいってことね。修行の成果、ここで出させてもらう」
全速力で一気に間合いをつめにかかる。相手の挙動はケンの動きの速さに狼狽している。続け様に3本の矢を放つ。どれもケンが踏み込みを調整して体を沈めることで矢は当たらない。
「く、くそ」
男がようやく声を出した。今度10本連続で放とうとするが、その頃にはすでにケンと男の距離は20歩までつめていた。連続で放つ矢にも全く動じることはない。相手は先読みして矢を放っているが、その狙いをケンは読んでいる。どう考えても止まらない姿勢にも関わらず、体を急停止して避ける。かと思えばスピードをさらにあげて相手の視界から消える。
ーーキュウの弓に比べたらスローに見える
相手が10本目の矢を打ち切った時、ケンは一気に間合いをつめて懐に潜り込んだ。木剣を右手で握りしめ、横一線に振り抜く。
あまりに手応えがなかった。空振りしたかと不安になり、急いで距離をとる。今弓で射抜かれた最悪死ぬ恐れがある。とりあえず全力で敵を背に逃げた。少し距離が取れたところで木剣を再び腰に戻して、視線を敵に戻した。すると遠くに相手の下半身だけが横たわっていた。




