第一六二話 抱えきれない程の恩義
咲と真奈美が近隣のどこかに外出をしていった後。
自宅に残った悠斗は父である昭宗と思いがけない二人での時間を過ごすことになったわけだが、そこで交わされる雑談も何気ないものでしかない。
話の起点はお互いの近況から、そこから発展する形でそれぞれの日常について語り合っているだけだった。
「ふーん……そんなら父さんも最近は母さんと二人で過ごす時間はあまりないのか」
「残念なことにね。欲を言うなら、もっとその時間も確保したいんだけど…少し忙しくなってしまって、手がかかりっぱなしなんだ」
「……父さんの場合、それでも充分な時間を取れてそうなのが怖いところだが」
「そんなことはないよ。実際、今でも月に二回くらいしか真奈美さんをデートにも誘えてないからね」
「文句なしでは?」
今話し合っているのも昭宗側の生活模様に関する話題で、息子である悠斗の見ていない場所で両親がどのような過ごし方をしているのか耳を傾けている。
……が、その最中で明かされてきた事実には反射的に言葉を返してしまう。
聞いたところ、父と母はやはりこの時期も仕事が忙しなくなってきているようで二人の時間の確保も難しくなってきているらしい。
では具体的にどれくらい確保しているのかと尋ねてみると、その頻度は月に二回デートをするだけという絶対的に不足していないだろうと思えるスキンシップの数だった。
もう今更なので大して驚きのリアクションも見せないが、高校生の息子がいながら昭宗と真奈美は頻繁に二人でのデートへ赴くほど互いの愛情が深い。
しかも捕捉をすると、この父は単なる食材の買い出しやちょっとした散歩なんかはデートとしてカウントしておらず……しっかりと日程を決めた上で出かける行為のみを数えているので、実際に交流している時間は申告よりも更に多いと考えられる。
多忙な身でありながら、それだけの時間を母に尽くすため使えているなら文句なしなのではと指摘してしまった悠斗の意思はきっと間違っていないはずだ。
と、そのような両親の仲睦まじさを尊敬するか呆れるべきか判断に迷っていると…玄関先から何やら鍵を開くような音が聞こえてくる。
「お…これって」
「うん、どうやら帰ってきたみたいだ」
そしてこの情報を目ざとくキャッチした悠斗と昭宗の両者はほぼ同時に反応し、そこにいるだろう相手の正体にも見当はつくので出迎えの姿勢を整えた。
言わずもがな、今家に戻ってくる人物など彼女ら以外にはありえないためその時を待っていると……。
「──ただいま~! いやー、楽しかったわ! 咲さんとお出かけできて、久しぶりに私も若返った気分だったわね!」
「…………!」
「おう、お帰り。母さんは随分はしゃいだみたいだが、咲は……えっ、どうしたその荷物?」
「……」
予想的中。
たった二人帰ってきただけで部屋の雰囲気が一斉に騒々しいものへと変化した事に苦笑しながら迎えれば、真奈美と咲が帰宅してくる。
なので悠斗も大なり小なり疲れているだろう咲を労おうと、視線を彼女に向ければ…そこには。
……小さな両腕にこれでもかと数を増した荷物の量に、呆気に取られてしまった。
おそらく、この外出で購入したのだろう物が詰め込まれているのは彼も何となく察したが、だとしても総量が半端ではない。
まさしくこんもりといった表現がピタリと当てはまりそうなほど盛りだくさんの袋を抱えているので、咲も咲で悠斗の言葉に返事をしようとしてくれたようだが携帯が取り出せず慌てているのが見て取れてしまった。
「あぁほら、そんな焦らなくても大丈夫だからさ。…俺も荷物下ろすの手伝うから、とりあえず落ち着いて休め」
「…………」
「ほい、ひとまずそっちの袋渡してくれれば余裕はできるだろ。……で? この尋常じゃない袋は何なんだ、母さん」
「あらやだ、そんな怖い言い方しちゃって。何だと言われても、全部ちゃんと買ってきたものとしか言いようがないわよ」
「にしても限度があるだろ……そもそもこんなに何を買って来たんだよ」
両腕が塞がってしまっていては咲が唯一コミュニケーションを図れる手段である携帯が使用できない。
よって悠斗も急いで立ち上がり、彼女が手にしている大量の荷物の一部を受け取ると…間違いなくこの状況の元凶であると確信している真奈美に経緯を尋ねにかかる。
すると質問された立場にある母はこれといって言い逃れをするような真似もせず、意外にもすんなりとそれらがショッピングの成果物であることを明かしてきた。
しかし、それにしては量が異様すぎるため中身は何なのかと更に追及していくと答えは思いもよらぬ方向に転がって行った。
「言っておくけど別におかしな物でもないからね。ただ、ちょ~っと咲さんに似合いそうなお洋服があったから見繕って来ただけで…」
「……えっ、もしかしてこれ全部服なのか?」
「そうよ? …だって仕方ないじゃない! 一つずつ見て行ったらどれも全部咲さんに似合うのが分かっちゃったんだから、そんなの買ってあげるしかないでしょう!」
「言いたいことは分かるにしても……またとんでもない量を買ってきたもんだな」
暴露されて初めて悠斗も気が付いたが、咲の手元にある袋の数々は彼も知っている程度には有名なファッションブランドであったりアパレル系列の名前が刻まれた代物がほとんど。
纏う雰囲気から洒落た印象が滲み出ているゆえ、衣服だと答えを与えられれば納得はするがそうなるとこれら全てが衣類という事になるのだからどちらにせよぶっ飛んでいるのに変わりはない。
断片的に聞き出せた情報から、真奈美が咲と出かけて行った最中に見かけた衣服のあれこれが彼女に似合うと確信し……我慢ならず、あらゆる品を買い込んだといった流れだったのだろう。
大まかにはその想定で間違っていないはずだ。
そうすると、母の行動を思い返して呆れた心境から漏れ出た溜め息を吐いた彼を見て…ようやっと自身の携帯を手にすることが叶った咲が慌ただしく補足説明を加えてきた。
『その、私もこんなには貰えないって言ったんだけど……真奈美さんが凄い量の服を積み重ねてレジまで運んで行っちゃって……』
「あぁうん、そこは大丈夫。俺も咲が母さんに我儘言って買ってもらったとは思わないし、大方母さんが何か言う前に買って来たんだろ?」
「…………」
事前に予想していたのでそんな事考え付きもしていなかったが、特段悠斗は咲の事を疑ってなどいない。
彼女からすればきっとこれだけの量の品物を手に入れるため、彼の母に擦り寄ったのではと勘違いをされてしまうのでは……と妄想を働かせてしまったのだろうが、咲がそんな真似をする少女ではないのは誰よりも把握している。
なのでその辺りを明言しておけば、明らかにホッとした態度で今度は申し訳なさそうに真奈美へ言葉を投げかけていた。
『あのぉ……真奈美さん。さっきも言った通り、流石にこんな量のお洋服を貰うわけにはいきませんので…せめて半分だけでも、私もお支払いはしますから──』
「いーのよ、咲さん! こういうのは気にせず受け取ってくれたらいいの! 私が着ても似合わないし、咲さんに合うと思って買った物なんだから!」
『ゆ、悠斗…ど、どうしよう。帰ってくるまでずっとこの調子で、いくら何でもこれを譲ってもらっちゃうのは……』
「…まぁ、いいんじゃないか? 母さんも咲にって買ってきた物なら俺は文句もないし、素直に甘えておけばいいと思うぞ」
『悠斗!?』
道中の帰路を二人で歩いてきたのだろうが、そこで抱えた心中は異なっていたらしく。
真奈美は大量に見繕えたお気に入りの少女へのプレゼントに大満足し、対して咲は自分にこんな量の衣服を購入させてしまったと戦々恐々していたようだ。
言わんとすることは分かる。
悠斗とて、仮に仲が良いとしても実の親以外の大人から際限なく贈り物などされたら喜びよりも戸惑いや困惑の情が圧倒的に勝るだろうから。
しかし今回彼の立場としてはそうならず、真奈美の行動も本来なら咎めていただろうが咲のためという名目があるのなら特に否定もせず素直に受け入れる姿勢を見せた。
……何だかんだで、悠斗も咲を相手にすると途端に甘くなるということだ。
一瞬にして味方だと思っていた相手から裏切られた彼女は驚愕を全開にして反応していたが、自分一人ではどうにもならない事実も察してしまったらしい。
最終的にはガックリと肩を落としつつ、真奈美に何度も何度も頭を下げて入念に感謝の意を表明していた。
そうしていよいよ、その時が間近に迫ってきていた。




