第一六一話 ギリギリの思い出作り
咲に対し、悠斗が心からの誠心誠意を込めた謝罪を披露して何とか場を収めてからというもの。
あの後に彼女からは特段責め立てられることなく平和的に解決の兆しを見せたが、それとは対照的にやはり両親からは遠回しに注意を受けてしまった。
仕方がない。経緯がどうあれ、悠斗にも非があった事は否定のしようもない。
何より父も母も理不尽な小言を口にするのではなく、どちらも『関係に見合った接し方を心がけなさい』とのものだったのでその通りでしかないと悠斗も思った。
双方が互いに抱く感情がどうであれ、現状の関係性を顧みれば高校生の男女が一つの布団で夜を明かした事実はあまりにもアウトな要素が強すぎる。
なのでその辺りは自分でもしっかり反省していると両親には伝え、ようやく許しが貰えたのでそこまでしてやっと一段落といったところだ。
よって、ここまで来て悠斗も完全に一息つく……のは即座にとはいかないかもしれないが、感情的にも整理はつけられたので気分も少しずつ落ち着きを取り戻し始める。
咲も悠斗も通常のペースに戻っていったことから徐々に部屋の空気もいつも通りのものに変わっていき、いつの間にか用意されていた朝食を堪能してゆっくりとした時間を過ごす。
ちなみにこの朝食も昨夜の夕飯と同じく、真奈美と咲の合作で準備されたものだったらしい。
一体どのタイミングで誘っていたのやら。まるで皆目見当もつかないが腕前に関しては信頼以外の言葉も見つからない彼女と、一応料理の品目自体に妙なドッキリを仕掛けることは無いと信じたい母のお手製だったので味は非常に美味だった。
何はともあれそうして時間が少しずつ過ぎ去る中、刻一刻と両親といるタイムリミットも迫る中で……一番先に文句を口にしてきたのはまさかの母である。
「んん~……やっぱり駄目だわ! もう我慢できない!」
「……!?」
「いきなりどうした、母さん。急に叫ばれると咲が驚くからやめてほしいんだが」
「何よ悠斗、生意気にいい子ぶったりしちゃって……あと少しで咲さんともお別れをしなくちゃいけないのよ? そんなの寂しすぎて耐えられないわ…!」
それまでは四人とも全員が穏やかな空気の下で過ごしていたというのに、脈絡もなく悩まし気な声を上げてきた真奈美がこれまた突然我慢の限界などと言い始める。
正直そこに対して言及するのも億劫ではあったが、話を聞かなければそれはそれで面倒な事態になりかねないため反応すると、返されてくるのは大した中身でもない。
母が突如叫び出した原因は端的に言ってしまえばあと数時間でここを出発しなければならないために、それに伴って訪れてしまう咲との別れが嫌で嫌で仕方ないとのこと。
……これを聞いた瞬間、あんたは子供かとツッコまなかった自分を悠斗は褒めてやりたかった。
「しょうがないだろそれは。母さんは母さんで仕事もあるんだし、それに咲にもまた会おうと思えばいつでも会えるだろ」
「いーえ! あんたはこの時間の貴重さをまるで分かっていないわ! 私が咲さんを可愛がってあげるのをどれだけ楽しみにしていたことか……あっ、それなら!」
「……? ……!?」
されどそのような悠斗の言葉などまるで意にも介さず、全く変わらぬ様子で蓄積した不満をこぼす真奈美の姿からは一種の哀愁すら見て取れる。
内側で辛抱しきれぬ限界まで高まってきた悔しさを溢れさせつつ、どうしたものかと頭を悩ませ……次の瞬間、何か妙案でも思いついたように両手を叩く。
すると咲に向けて真奈美はこのような提案を持ち掛けてきた。
「ねぇねぇ咲さん! ちょっぴりだけ突然の話にはなっちゃうんだけど……今から少し二人でお出かけとかしてみない? お願い! 咲さんとお買い物をしてみたいの!」
「母さん、急に何を──…」
『あ、その……私で良ければ、もちろんです。どこに行かれるんですか?』
「咲!?」
「本当!? ありがとう~…! そうね…行く場所はあんまり時間もないから、近所のお店にしておきましょ! それなら、早速準備してきちゃうわね!」
「…………!」
彼女の至近距離にまで近寄り、これでもかと期待感を込めて懇願してきた真奈美の発言は要約すると咲との外出希望である。
余程渇望しているのか、必死な様子が部外者の悠斗にまで伝わってくるがそれは如何なものかと呆れかけて……そんな彼の予想に反し、あっさりと受け入れてみせた咲の返事に驚きを隠しきれない。
一体どういう風の吹き回しなのか。
てっきり断られる流れだとばかり思っていた彼は困惑を禁じ得なかったものの、そうこうしている間に咲の同意を得た真奈美はウキウキの態度で外出の支度を始めていた。
「……咲、どうしたんだ? 母さんの誘いに乗るなんて…いや、別にそこをどうするかは咲の自由だからとやかく言う権利は俺に無いけども」
『何か変だった? 私が真奈美さんと一緒に出掛けるのが』
「変ではないよ。ただ…意外だったな、と。あそこまであっさり母さんの要望を受け入れるとは思わなかったから」
『そんなに深い理由があるわけじゃない。ただ強いて言うなら、もったいないからが理由になる』
「もったいない?」
目の前でそのようなやり取りを見せつけられ、ここまで傍観に徹していた悠斗も流石に口を挟まざるを得なかった。
無論、今の時間をどう過ごそうが咲の自由であることには変わりないのでとやかく文句を言うつもりはないが。
ただ一点だけ。
あれほどまでに迷う素振りさえもなく母の誘いを了承した彼女の意思が気にかかったので試しに聞いてみると、返ってきた回答は『もったいない』の一言。
『そう。だって真奈美さん達は今日で一旦お仕事に戻ることになってて、今日のお昼を過ぎたら多分しばらくはまたお会いできなくなる。だったらそれまでに、少しでもお話をする時間を作りたいと思ったから』
「なる、ほど……それで母さんと出かけることに納得したと」
『……もしかして、悠斗は嫌だった? 確かに悠斗の意思を確認しないままお話を受けちゃったのは駄目だった……今からでも、真奈美さんに声を掛ければ──…』
「待て待て!? 俺は咲と母さんが出かけることに不満なんて無いから! ただ純粋に、咲が同意したことが気になっただけで…!」
「…………」
「……本当に、嫌だなんて思ってないからさ。むしろ母さんの我儘に付き合ってくれて感謝しかないよ。悪いけど、あと少しだけあっちの動きに付き添ってくれると助かる」
『…もちろん。思う存分、真奈美さんとお喋りさせてもらう』
聞けば咲の言葉は納得の一言であって、しっかりとした考えの下で示された返事だったらしい。
会話の途中で彼女が勘違いしかけたことで泣かせそうになったりもしたが、確かに両親と共にいられる時間は残り少ない。
今日限りで今生の別れだなんてレベルではなくとも、かなり多忙な頻度で働いている母と父が次に休みを確保できるのかいつになるのかは悠斗にさえも分からない。
だからこそ咲も、このチャンスを逃せば真奈美とゆっくり話せる時間は作れないのだからこの機を逃すまいと向こうの誘いにも乗ったとのこと。
……まぁ正直なところ、相手が咲ならこの母はたとえどんな状況だろうとどれだけ多忙を極めていようと構わず時間を作ってくる気しかしないがそこは場の空気も呼んで彼も黙っておいた。
とにかくそういう事なら反対する理由もなく、何より咲自身が納得しているなら悠斗も喜んで見送るべきだろう。
「んじゃ、その間俺は父さんと二人きりだな。またそれも懐かしい感じがするよ」
「そうみたいだね。せっかくだし、こっちも二人の時間を満喫するかい? コーヒーでも入れようか」
「あー…じゃあ貰おうかな。任せてもいい?」
「もちろん。腕によりをかけるよ」
また、咲と真奈美が外出するなら必然的に悠斗と昭宗は家に取り残されるわけで…こちらはこちらで充実した時間が過ごせそうだ。
よってこの後、女子二人組が楽し気な雰囲気で出かけていくのを見守った悠斗は父と共に穏やかな時間を過ごし──温かなコーヒーの熱を感じながら彼女らの帰宅を待ちつつ他愛もない会話に花を咲かせていた。
咲が家に戻ってきたのは、そこから幾ばくかの時間が経った頃の話になる。




