第一六〇話 誠意を表す姿勢
「………大っ変、申し訳ありませんでした…!!」
「…………!」
あの後。
様々なハプニングが絡み合いすぎたことで混沌に満ちすぎていた状況が繰り広げられるも、何とか両親への説明に関しては成功した。
現場の様子からして怪しげな雰囲気が満載だったのは否定しきれないが、それでも疚しい点は一切無いと弁解し続ければギリギリのところで納得を勝ち取った。
なのでそこで一段落を迎えると、ひとまず思考をクールダウンさせるためにも一度着替えだけでもしてしまおうとの結論に達し、悠斗も咲も簡単ながら朝の支度を整えることになる。
そうして大まかに落ち着いた環境が揃えられ、改めて彼が咲に向き合った時……。
……悠斗は、ソファにて気まずそうに視線を右往左往させる彼女へ地面に正座をしながら深々と頭を下げて謝罪した。
『ゆ、悠斗……まず顔を上げて。今回のことは私が引っ張ったのが原因だから、むしろ迷惑をかけたのはこっち』
「…やめてくれ、咲。いくら何でも今回ばかりは俺が悪いんだ。どんな状況であれ、女子の布団に潜りこんで眠るなんて許される事じゃない。本当に申し訳ない…!」
「…………」
謝る内容は言うまでもなく先ほどの一件。
既に事態の一部始終は弁明も兼ねた説明の中で咲にも聞かせてあるので、その流れを把握している彼女からは自分にも非があったと諭されるがその優しさに甘んじるわけにはいかない。
たとえ状況やキッカケがどうであれ、悠斗が彼女の寝ている隙に付け込んで睡魔の誘惑に従うままに一晩を明かしてしまった事実は変わらない。
幸いにもそこで主張してきたのが睡眠欲だったからこそ被害はこの程度で済んでいるが、仮にあの時男子高校生が宿す本能を咲に向けていればどうなっていたか…想像もしたくない。
しかし可能性としてそんな予想が現実に起こるのもゼロではなかったのだから、謝罪をしない理由は皆無である。
よってここはとにかく平謝りの姿勢を維持し、ひたすらに反省の意思を見せることがせめてもの誠意であると悠斗も判断したため差し出された厚意の文字列には苦渋の表情で返した。
「……ここで私たちはどう反応すべきなのかしら。叱った方がいいんでしょうけど、被害者は咲さんだからまずはそこの対応次第、って感じでいいわよね?」
「本来ならこっちでも注意はするべきなんだろうけどね…悠斗もしっかり反省はしているみたいだし、そこに追い打ちをかけるのは可哀そうでもあるかな。とりあえず、追々伝えればいいと思うよ」
「えぇ、じゃあそうしておきましょ」
なお、この一連のやり取りは両親にもばっちり目撃されている。
ダイニングテーブルと椅子に腰掛けながらも見事な土下座を披露している悠斗を見つめながら、こっちはこっちでどう対応したものかと悩まし気な会話を繰り広げている。
一旦の結論として出されたものはしばらく二人のやり取りを傍観し、そこで出された内容次第で父も母も注意やら説教やらはすれば良いとのものであった。
そのため彼らの応酬が区切りを迎えるまでは、あちらも余計な手出しをしてくることは無いだろう。
果たしてそれが良いのか悪いのかは分からないが。
ともあれ周囲から介入される心配が消失した咲と悠斗は変わらず頭を下げる側とそれを受けて狼狽える構図をしばし晒していたが、とあるタイミングで彼女の側から何かを決心したように彼の肩を軽く叩きにきた。
『悠斗……さっきも言ったけど別に私は怒ってない。だから一旦顔を上げて?』
「……はい。あの、処遇は咲の好きなようにしてくれれば……」
『それも今はいい。とにかく話を聞いて』
「わ、分かった」
トントンと叩かれたので顔を上げるとそこには呆れた表情を浮かべた咲がいて、話が進まないからと主張するように悠斗を窘めてきた。
もちろんそう言われたとて彼も開き直れるわけでは無いが、実際このままでは膠着状態が続くだけなのも間違っていないので指示通り話を聞く姿勢に移る。
ちなみに正座は維持している。
『まず今言った通り、私は悠斗をこれで怒ることはしない。こっちにも非があった事だし、悠斗は巻き込まれた側だから過剰に謝る必要はない』
「…だとしても、流石にこれは度を越えて……」
『じゃあ逆に聞くけど、悠斗は反対の立場だったらどう思う? 私が……その、悠斗のお布団に入っちゃったりしたら不快だって怒る?』
「それはない。…いやまぁ、軽々しく男の布団に入るなって注意はするだろうけど」
『だったらそれと同じ。私は悠斗なら嫌だとは思わないから、気を遣いすぎなくても大丈夫』
「ううん……納得できるような、できないような」
「…………」
すると説明された咲の言い分としては、まず今回の一件はそもそもの発端が自分にあるのであって悠斗が気にしすぎる必要性はないとのこと。
悠斗はむしろソファで寝入ってしまった彼女を布団に運ぼうと気を配ってくれたのだから、叱りつける意味も無いと。
そしてその後に聞かされた文言も同様。
仮にこれが逆の立場であったとして、悠斗の布団に咲が潜り込んできてしまった状況があったと想像してみれば……彼女の行動を咎めることはありえないと結論が出てしまう。
まぁ、そこに至るまでの過程で咲が横にいる状況下で寝ることへの羞恥心や耐えがたい理性との激闘が始まることも容易く予想はできてしまうがそれは置いておく。
とにかく、こう言われてしまうと悠斗も強くは言い返せないわけで。
上手く言いくるめられたような気がしないでもない点に納得しきれない面持ちとなりながらも、この心情をどう表現したものかと頭を悩ませていると……。
……いつまで経っても煮え切れない態度を披露し続ける悠斗へ、ムッとした顔つきになった咲が近づき──両親からは見えない角度に示された携帯に、このような文字を打ち込み見せてくる。
「…………」
「え…な、何だ?」
『悠斗はまだ私の気持ちを分かっていない。だから改めて言わせてもらうけど、私は悠斗と一緒に寝ることを嫌だとは思ってない。むしろ……嬉しいと思う、から』
「……っ! さ、咲。それって…」
『……それ以上はまだ、言ってあげない。でもそういうことだから、もうこれ以上は気にするのも禁止』
「…うん、了解。そうさせてもらうよ。ありがとう」
「……!」
彼以外の者には覗かれないよう配慮された液晶の画面には、未だ本当の意味で彼女の気持ちを理解していない悠斗への正当な評価が下されている。
そして、そこには一見厳しい言葉が並べられているようにも思えるが──その実誰よりも悠斗を信頼しているからこそ与えられた文がある。
いいや、ある意味では単なる信頼をも上回る感情までもが込められた一文の真意は……まだ具体的には分からない。
しかし咲が悠斗を心から信用し、それゆえにこちらが沈み込んでしまわないようにと気遣ってくれたのだけはすぐに理解できた。
依然として頷ききれない部分も残っているとしても、彼女にここまで言わせてうじうじと悩まし気な態度でいるのは違うだろう。
よって悠斗もこの辺りで意識を切り替えることにして、彼女がそれとなく示してくれた優しさに甘えさせてもらった。
『──ところで悠斗、あと一つだけ聞いておきたいことがある』
「聞きたい事? いいよ、俺が答えられることなら何でも聞いてくれ」
『ありがと。なら遠慮なくさせてもらう』
──と、そのすぐ後。
お互いに納得し合った状態で一件落着に落ち着く最中、咲からおずおずとした素振りで質問があると告げられる。
あんなことがあった直後だったこともあり、多少なりとも罪滅ぼしになるだろうかと気楽に捉えていた悠斗はさして深くも考えずそれを了承した。
……した結果、すぐに後悔した。
『さっき、悠斗は私が布団に入っても不快には思わないって言った。なら、私が偶然……本当に偶然、たまたま、うっかり転んだり躓いたりして布団に飛び込んじゃったりしても平気ってことになる?』
「……ならない。というか、そこまで言ったらもうそれは偶然じゃないよな? 絶対自分から狙って来てるレベルだろ。故意はアウトだ」
「………………」
「そんな睨みつけても駄目だからな? 悪いが諦めてくれ」
質問の内容はそこまでおかしなものでもなかったが、そこに隠された意図は明らかに透けて見えている。
どう考えても偶然には分類されないだろうと確信させてくる念押しを重ねながら、あくまでも不可抗力という形さえ装えば悠斗の布団に入ってしまうのはセーフかと彼女は問うてきた。
当然アウトである。考えるまでもない。
だがそう即答した悠斗を咲は何故かジト目で睨んできており、納得できないという意思がありありと感じ取れてしまう。
この一言だけで咲の今後の動向を止められるかどうかは……また不明瞭なところである。




