4-13 でぱちか
「ほら、早い時間に来たから大丈夫だったろ」
「……まぁ」
開店と同時に入口を潜れば、平日ということもあり歩くのに快適な空間がそこには広がっていた。
「えっと、下りのエスカレーター、エスカレーター……お、あっちだ」
婦人向けのハンカチなど小物を売っているゾーンを抜けながら、目的地を目指す。グウェンと手を繋いだリラはきょろきょろと左右を物珍しそうに見ていた。
「今日はこの後お花見があるからそうゆっくりはできないが、今度洋服を見に来よう。上の階に、日本ではここでしか取り扱いのない子供服ブランドが入っていて、あそこの作品はリラ嬢によく似合いそうだ」
「別にいいわよ」
その様子を見てグウェンがそう言うが、リラの反応は素っ気ない。
てっきり目を輝かすものだと思っていたのに、と和馬が意外に感じていると、渋い声が続く。
「グウェンはちょっと、私に服とか小物とか、そろえすぎじゃない? 和馬、私のクローゼットを見たことがある?」
「いや、ないけど」
乙女のプライベート空間を無許可で覗くほど、和馬も迂闊ではない。
「今度、見てみるといいわ。すごいんだから。端から端までびっしりよ。しらない服がいつのまにかふえてるの」
いかにもグウェンがやりそうなことだ。
彼はリラに甘い。リラに与えられるものは何でも与えようとする。それだけの財力もある。リラがすごいというくらいなのだから、本当にすごい量なのだろう。
そうだ、リラの部屋のクローゼットと言えば、ウォークインクローゼットではないか。規模感がまず違う。
「そんなにおかしな量は買っていないだろう」
「買ってるわよ」
そう言えば、今日の服も初めて見るもののような気がする。
お花見に合わせたのだろう薄ピンクのふわっとしたワンピース。白色のボレロ。レースで縁取られた白のソックスに、赤い靴。ハーフアップにした髪留めもきっと今日のために用意されたものだろう、桜を模した繊細な造りのバレッタ。
「リラ嬢は今成長期ではないか。ワンシーズン過ぎるだけで、身長も足のサイズも変わってくる。衣服の量が多かったり、回転率が高いのは普通のことだ」
「それにしたって……」
まぁ、傍から見たら孫を溺愛する祖父にしか見えない光景だが。
「ちょっと」
下りのエスカレーターの手前で、リラはまたもや渋い声を上げた。
「エスカレーターくらい乗れるわよ。バカにしないで」
と一度は伸ばされた腕を払ったが、まぁまぁとそれをいなしてグウェンがその身体を抱き上げる。
「さて、リラ嬢、ここがデパ地下だよ。沢山のお店から、それぞれ惣菜やスイーツを少量ずつ買うことができる」
「う……食べ物のにおいがすごい……」
「そんなにするか?」
確かに多少はするけれど、大体の商品はショーケースに収まっているし、匂いが混ざり合ってという感覚はしない。が、リラの嗅覚は和馬のそれよりずっと敏感なのだろう。
「気分が悪くなりそうかね?」
「がまんできないほどではないけど」
無理だと思ったら言うんだよ、とリラを抱き上げたままグウェンは惣菜売り場を通り抜けていく。洋菓子・和菓子売り場は、その向こうだ。
和馬が後ろからそんな二人の様子を眺めていると、リラは一応売り場をぐるりと見回し、観察していた。
「よくもこんなにいろいろと思いつくものだわ……」
と和馬が期待した感想とはちょっと違う呟きが漏らされていたが。
やがて目当てのエリアに辿り着き、売り場はより一生華やかになる。
「じーさん、そろそろ降ろしてやったらどうだ? 間近で見た方が伝わるものもあるだろうし、リラの身長ならまぁギリショーケースの上まで見えないこともないだろうし」
身長が足りない時だけ持ち上げてやればいい。
それもそうだね、とリラの足が地上に着き、三人でぐるりと売り場を巡った。
「気になるものがあれば買ってみよう。洋菓子も良いが、和菓子もいいものだよ。季節に合わせた美しい作品もある」
ゆっくり歩いていれば、時折ふらふらとリラの足は自然にショーケースに引き寄せられた。物珍しそうな目を向ける。
「ふしぎだわ」
「言ってた通り、綺麗だろ」
蜜で艶出しされたイチゴ、繊細な曲線を描く飾りのチョコレート、ピスタチオグリーンの美しいクリーム。宝石箱のようにきらきらしている。
「どうせ食べちゃうのに。食べたら、なくなっちゃうのに」
「ただの栄養じゃないからだよ。目で見て楽しんで、味の違いを比べて、お腹いっぱいになって。その全部が詰め込まれてるんだよ。ただ腹にものが蓄積されるだけじゃなくて、思い出になっていくんだ」
和馬の言葉に、人間って妙にこだわりが強いし、あれこれ意味を求める生き物なのね、とリラは返した。
どこか他人事のような呟きだったが、結局ぐるりと売り場を二周して、リラはこれにしてみる、と自分で食べる物を選んでみせたのだった。




