4-12 少しずつ
「で、お嬢様は?」
「この通りだよ」
翌朝、いつまで経っても部屋から出て来ないと思ったら、リラはベッドの中で布団を引っ被って籠城していた。
「なんでまたこんな……」
昨日のことがあるから気まずいのか? と思いながらも、和馬は丸々した塊りに声をかける。
「ほら、リラ、朝ごはんだぞ。そろそろ布団から出て来たらどうだ。今日はこの部屋で食べてもいいから」
言いながら、手にしていたお盆はサイドテーブルに。けれど返って来た声はきっぱりとした拒絶に包まれていた。
「ぜったいに、イヤ」
「何がそんな嫌なんだよ」
その疑問に答えたのは、本人ではなくグウェンの方だった。
「何でも昨夜泣いたせいで目がひどく腫れているから、そんな顔を晒したくないのだと」
目が、腫れているから。
「絶対にすっごくひどいことになってるの。イヤったらイヤ」
「何歳でも女の子は乙女だなぁ……」
自分では思いつきもしない予想外の理由に、驚くというか感心するというか。
「まぁいいや。そういうことならオレ達は部屋から出て行くから、そうしたらちゃんと朝食食べるんだぞ」
丸団子からはうんともすんともつかない、くぐもった返事が聞こえて来た。
「あ、それから」
グウェンの背中を押しながら部屋を後にしかけて、ふと思い出して振り返る。
「まだなにかあるの」
「そろそろさ、桜が見頃だよな」
「さくら? あぁ、あの庭にもある、うすピンクの花のこと?」
そう、この屋敷にも桜の木は数本あって、この数日で次々とその蕾を綻ばせ始めていた。
「せっかくだからお花見しないか? 屋敷の内なら他の人も来ないし、のんびりできると思うんだけど」
そう提案すると、すぐさまグウェンは頷いて同意を示した。
「それは良い案だ。風流で良いと思う。日本は四季を楽しむ趣向が色々とあって、そういうところは本当に素晴らしい」
「弁当作って、レジャーシート広げてさ」
いつもと違う雰囲気で摂る食事も良いものだ。わくわくは、空腹の次にスパイスになると思う。
「それで、まぁ弁当は作ろうとは思ってるけど、デザートはな、なかなか手がかかるから既製品でもいいかなぁと」
「まぁ和馬の負担が重くなってもいけないし、それで良いのでは」
そもそもなのだが、和馬だって簡単なものなら作ってみせるが、スイーツはちょっと専門外なのだ。経験値が少ない。だから下手に和馬が作るより、もっと美味しいものは世の中にいくらでもあるので、リラだってそっちを食べてみた方が良いと思うのだ。
「それで、せっかくだからデパ地下のスイーツなんてどうかな、と思って」
昨夜の一件を受けて、和馬もちょっと考えてみたのだ。
「思うんだけど、リラは他の人間が作った料理を試してみるべきじゃないか」
「と言うと?」
「オレの料理を食べてくれるなら、それはそれで嬉しいよ。オレの作ったものならまぁいいかって、信用できるって言うなら、作ってる甲斐もあるけど」
昨夜、リラは言った。他の人より和馬の料理は信用できると。リラにとって、和馬の作るものはそれだけで抵抗が少ないのだ。
めげずに努力し続けて来て良かった。そうは思うが。
「でも、いつでも、いつまでもオレがリラの料理を作れる訳じゃないし。信用してもらえるのは嬉しいけど、オレの料理の腕がこの世で一番の訳でもないし。何て言うのかな、もっとこう、色んな選択肢や味や安心感を、知るべきじゃないのかなって。視野は広く持った方がいいと言うか」
「まぁそうだな、経験は重ねて悪いものではないし」
「リラがまだ知らないだけで、世の中にはもっと沢山の食べ物があって、その数だけ味付けもある。そういうのを学ぶのも大切なことかなって」
他の食事を知る機会を増やすことも必要だ。案外、食べられるものが思わぬところに転がっているかもしれない。
それにデパ地下は歩いているだけでも楽しい。色とりどりの料理がずらりと並ぶショーケースは、目を楽しませてくれるだろう。
「来週の水曜が創立記念日で学校が休みなんだ。桜もきっといい感じだよ。その日に行こう」
「どうしてもうお花見もでぱちか? も行くことになってるのよ」
不満げな声がベッドの方から届いたが、和馬は勢いのまま押し切ることにした。
「休日のデパ地下は混みすぎてて移動するのも一苦労だ。リラなんて、あっという間にぺしゃんこだよ。創立記念日が良い時期にあってラッキーだった」
「そんなになの?」
リラの声が更に嫌そうな色に染まったので、しまった失言、と慌てて言い募る。
「平日なら大丈夫だって」
「…………ほんとうでしょうね」
「デパ地下スイーツは楽しいぞ。キラキラしてて可愛くて、リラの好きそうな感じだと思うけどなぁ」
「私、あまいもの、そんなに好きじゃないけど」
「見るだけでも! 楽しいから! なぁ、じーさん?」
「うん、気に入るものがなかったらそれはそれで良いし、確かに和馬の言う通り繊細で美しいスイーツは沢山あるよ」
「…………ほんとうでしょうね」
「本当、本当」
強めに言い切って、じゃあ決まりだからな、と今度こそ二人は部屋を後にした。
その日リラは昨日までと違って朝食を半分くらい残していて、本当は完食してくれるのがいいのだろうが、それを見てなんだか和馬は安心してしまった。
リラも肩の力の抜き方を、ちょっと掴んで来たのかもしれない。
そういう風に思えたから。




