4-11 望むことはそう多くはなく
ぐしゃぐしゃの顔で告げた言葉は、けれどあまりに絶対的に現実を抉っていた。
「――――」
グウェンの方も思わず虚を突かれた顔をする。それから、堪えるような、苦しそうな切なそうな顔をする。
何か言いたげに唇が微かに開かれたが、結局言葉は出て来なかった。言うべき言葉が、見つからなかったのだろう。
リラが生きていた前世、グウェンはどんな姿だったのだろう。
少なくとも今よりはずっと若かったはずだ。
では、今世初めて彼を見た時、リラはその姿をどう思ったのだろう。
あまりの違いを、受け入れられたのだろうか。彼女はずっと、自分を責めていたのではないだろうか。
和馬には、想像することしかできないが。
「人間とくらべたら、ずっと元気よ。できることもたくさんある。あなたは高貴な吸血鬼だから、そんじょそこらの若造にはまけないわ。しってる。でも、昔よりかくじつにおとろえているわ。むりはできないのよ」
きっとすごく不安だった。怖かった。人間よりは丈夫でも、吸血鬼としては衰えている。死なないなんて言い切れない。無理な生活は、よりその衰えを加速させるかもしれない。
彼女は、彼との約束があるから永い永い年月をかけて生まれ変わって来たのだ。生まれ変わって、そうして遠い記憶をひっぱり出してきたのだ。
「でも、私が、そうしたの」
リラは、今世はグウェンを幸せにしたい。とびきり幸せにしたいのだ。でも、現状自分はグウェンを困らせるばかりで、無理をさせるばかりで、全然幸せにできていない。そう思ったのではないだろうか。
だから、自分の方が無理をして、現状を変えようとした。美味しくなくても、食べれば良いと思った。そうしたら、栄養は摂れる。人間の身体が必要としているものを摂れる。
それを見ればグウェンも安心するだろうと。
来年になれば学校だ。給食がある。それに対する心配もなくなる。食事に不必要に付き合うこともない。安心できるなら、昼間だってもう少し休んでもらうことができるかもしれない。
だから、食べなくてはならない。時間はない。悠長なことは言っていられない。今すぐに、彼を安心させたくてさせたくてさせたくて。
「あなたがくすりを飲まなかったのは、私のせいでしょ」
リラには何か、前世からの大きな負い目がグウェンに対してあるのだろう。
「違う!」
けれどこの発言に、激しく彼は否定を示した。珍しいくらい、大きな声だった。
「違う、リラ嬢、それは違う。貴女のせいではない。私の意思だった。勝手に選んだ。受け入れるだけの度量がなかったんだ。私はひどく自分本位で、全体より個を選びたかった。どうでも良かった。そういう風に考えてしまう自分が本当に惨めで、情けなく、貴女との違いを見せつけら れて、意固地になって」
小さな拳を開いて、それからそっと握ってみせる。
「他の吸血鬼達を恨んだ。見ていると反吐が出た。同じになりたくなかった。でもそれは全部私個人の問題で、選択だった」
誤解のないように、真っ直ぐ伝わるように、真摯にグウェンは告白する。
「貴女のせいでは決してない」
「――――」
向けられた言葉を受け止めて、何度もしゃくり上げて、それからリラは途方に暮れたように呟いた。
「……どうしたらいいのか、わからない」
心許なさそうに言う。
「もうずっとそうなの。しっくりくる瞬間なんてないの。私はカミラなのに、もうそれだけじゃない。でも同じように“リラ”だけでできているわけでもない。時々、コントロールがきかなくなるわ。私の身体が、意思が、感情が、どちらにひっぱられているのか、わからなくなる」
人間の身体は、生き方は、抱える感情はとても不便よ、とそうごちた。
「じぶんが何者なのか、わからなくなる」
それはどんな心地だろうか。足場の固まらない、自分の形の定まらない不安はいつでもどこまでもリラの周りに纏わりついていて。
「私は、貴方がもとめている私のままで、いられている?」
その質問を聞いて。
あぁ、そうか、と和馬は傍から納得していた。
そうか、この二人はもうずっとお互いを探していたんだな、と。
前世とか生まれ変わりとか、本当に本当なのだと、すとんと頭ではなく感覚で理解した感じがした。
お互いがお互いを、今度こそ幸せにしたくて。だからこそ空回ってしまっている。
「昔と、そのまま同じでなくとも良いではないか」
グウェンはリラのはち切れそうな問いかけに、ゆっくりとそう答えた。
「私のことを覚えていてくれただけで、もう十分なのだよ。今ある生は、新しいものなのだから、状況は少し特殊かもしれないが、ゆっくりゆっくりカミラとリラが混ざり合って、いつか折り合いがつく日がくるかもしれない。きていい。そうだろう?」
彼は永い永い間を待ち続けた男なのだ。恐ろしく気が長く、そして多分執念深い。そして割に変化には柔軟だ。だから、今これだけ人間社会に溶け込んでみせている。
「私も、完全に昔のままの私ではない。こんなにおじいちゃんになってしまったし、人間社会にも随分馴染んだし、知り合いも昔とはすっかり変わった。こだわりがなくなった部分があれば、昔とまるで変わらない部分もある。それだけの時が流れた」
だからきっと、少しのことで今更揺らいだりはしない。諦めたり、放り出したりはしない。
「リラ嬢」
こんなはずではないと、少しの違いを論って否定したりしない。
「私はリラ嬢と何でも共有したい。悲しいことも苦しいことも難しいことも、全て。その過程すら全て共にしたい」
「……すべて……」
「そうだな、今度の生で、貴女に望むことがあるとすれば」
未だ止めどなく涙を流し続けるリラに、そっとグウェンは微笑んだ。
「もう何も、一人で決めてしまわないでおくれ」
自分のためにしてほしいことがあるとすれば、それだけ。
「それだけだよ。それだけで、十分だ」




