4-10 違う生き物
「どうして努力していることをみとめないのよ! わるいことしてるわけじゃない。必要なことでしょ。ちゃんとがんばって食べてる! それをひていされたら、これ以上どうしようもないじゃない!」
「リラ嬢……」
それはそうだ。リラは努力している。己を押し殺す方法を二人は良しとしていないが、でもそうだ、まずはその努力を認めるべきだった。そのことに言われて初めて気が付かされる。
「確かに、私達はリラ嬢が食べてくれることを望んでいる。人間の身体には食べることが必要だからね。だが、私達は食事をただの義務や作業にしてほしいのではないのだ。人生を豊かにする一つの要素にしてほしいと、美味しいという感覚を知ってほしいと、そう思っている」
だからそんなに自分を追い込まなくてもいいのだと、グウェンは言った。
「 “美味しい”が分からないなら、それはそれでいいではないか。変に焦る必要は全くないのだよ。和馬も色々と試してくれている。リラ嬢が少しでも抵抗なくものを食べられるように。そのペースで構わない」
「それじゃおそいの!」
けれどどれだけ優しく、諭すように言ってもリラの苛立ちや焦りを溶かすことはできない。叫んでみせたリラの瞳は潤みに潤んで、決壊は間近だった。
二人の会話は、どこか噛み合っていない。和馬は何となくそう思った。
そうだ、リラが言う“必要”の中身をグウェンも和馬も分解しようとしていない。
悠長、遅い、とリラは言う。何に対して、そうなのか。焦らなくていいとグウェンも和馬も思うが、リラが焦っている理由は二人が予想もしないところにあるのではないか。
ふと、和馬は先ほど自分が言ったことを思い出した。父親とのことを、グウェンに話したその内容を。
「……認識が、合っていないんじゃないか。どうしてそうするのか、お互い分かってないんじゃないか。リラには何か、急がなきゃいけない理由がちゃんとあるんじゃないか」
「……………………」
和馬の問いかけに、リラは頬を膨らませぐっと黙った。言いたくないというのもあるかもしれないが、何か喋ったらもうそのまま泣いてしまいそうなのかもしれない。
「リラ嬢?」
ぽたり、テーブルの上に水滴が落ちる。
「だって……」
グウェンの気配が途端に慌てたものになるが、和馬も同じだ。小さな子に泣かれるのは弱い。どうしたら良いのか分からなくなってしまう。
「だって、しかたがないでしょ」
一度流れてしまえば、もう本人止められない。次から次へとぽたぽたとまだら模様が描かれていく。
「私とグウェンはもうちがう生き物だもの。おなじようには、生きられない」
それでも、震える声でリラはそう心の内を吐き出した。
「グウェンにはグウェンに合った生き方があって、それは私のとはちがうの」
自分とグウェンの違いを、悲しいくらいはっきりと言い切った。
「なのに」
あぁそうか、と和馬は思う。リラはちゃんと、和馬に言っていたではないか。
「なのにグウェンは私の生き方に合わせようとする。それってすごくへん。よくないことだと思う」
この間、熱を出した時、ちゃんと教えてくれていた。
どうして自分は吸血鬼に生まれてこなかったのだろうと、グウェンはきっと無理をしていると。
「吸血鬼は、夜の生き物よ」
昼間は活動するものじゃない。だからお昼寝も真に必要としているのは自分よりグウェンの方なのだと。教えてくれていたではないか。
「人間とみっせつにかかわる必要もない。昼にねむり、夜を謳歌するの。美味しいものは、血液なのよ。こういう、手の込んだものじゃない。これは身にはならないの。時々、ひまつぶしに、口にするもの」
食べたところで害にはならない。けれど、同じだけ身にもならない。そう、吸血鬼にとって、人間の食事はただの嗜好品。
「でも、私が、食べないから」
だから、あなたは私に合わせて食べようとする。同じ時間を生きようとする。人間社会に溶け込もうとする。必要のない努力と無理を重ねている。
わざわざ言葉にしなくても、リラの言いたいことは十分伝わって来た。
「リラ嬢……」
リラは焦っていた。グウェンのことを想って。これ以上、彼に無理をさせたくなくて。
吸血鬼は人間よりずっと強い生き物だ。少しの怪我では死なない。滅する方法は酷く限られている。けれど、不老不死というのは完璧なものではないのだ。人間があまりに短い時間しか生きないから、彼らの命は永遠に完璧に見えるだけで。
「私があなたに合わせるのも、すくなくとも今はムリがあるわ」
グウェンが本来夜を生きるように、リラにも人間の子どもとしての生き方がある。大切な大切な成長期だ。栄養は大事だし、規則正しい生活も必要。彼女は陽の光の下を生き、夜になれば眠る。そうやって健やかな生活を作っていかなければならない。
「ちゃんと、昼間は眠るべきよ。食べるなとは言わないけれど、人間の食事よりもっと身になるものを食べなさい。イヤだけど、ほんとうにイヤだけど、血液パック? だけじゃなくて、ちゃんと提供者を、みつけるべきよ」
「リラ嬢」
グウェンが床に膝を付いて、俯いたその顔を覗き込む。シワの刻まれた手で、そっと小さな頭を撫でる。
「あぁ、リラ嬢。私のせいでそんなに心を痛めていたとは。無理をさせていたとは」
けれど、彼女の涙は止められない。震える声が、抱えていたものを吐き出す。
どうしようもない二人の違い。
「ちがうわ、私のせいなのよ」
同じ生き物には、生まれ変われなかったから。
「あなた、もうおじいちゃんだわ」




