4-14 はじめてのお花見
帰って来れば、丁度良い時間だった。和馬はグウェンと一緒にキッチンに入り、朝一から準備していたお重を取り出し、コップに飲み物、と運び出すものを取り揃えていく。
「どうかな、と思っていたが、今日は陽気でお花見日和だ」
「確かに。風が冷たくなくて良かった」
リラは庭でクルークと戯れている。イザックが近くで見守っているので、グウェンも安心してこちらの作業を手伝えていた。
「さて、選んだスイーツはお口に合うかな」
「どうだろう」
荷物を抱えて庭に出ると、リラの前でクルークがちょこんとお行儀良くお座りをしていた。
「賢いでしょう。もうお手もおすわりもごろんも覚えたのよ」
自慢げに、そう言われる。
「ごろん?」
訊き返すと、まぁ見てなさいとリラが試しに“クルーク、ごろん”と言ってみせた。わんこはそれに従ってごろりと仰向けに腹を晒してみせる。相当懐いているし、気を許していることが窺える様子。
「確かに賢いし、何と言うか」
随分従順なわんこである。
「クルーク、今日は特別だから、クルークにもお裾分けよ」
そう言って、イザックからおやつを受け取って口許に差し出す。
「リラ、手洗って来いよ、こっちももうすぐ準備できるから」
らんと目を輝かせて飛び付くクルークとリラの戯れを微笑ましく思いながらも言うと、
「リラお嬢様、こちらへ」
イザックが誘導して屋敷の中へ連れて行った。本当に、リラに対しては恭しい執事のように完璧なキャラを演じてみせる。
リラが戻って来た頃には、一番大きな桜の木の下にレジャーシートも敷いていたし、お重も飲み物も、全ての用意が整っていた。
「わざわざつめたの? 家は目と鼻の先のきょりなのに?」
「こういうのは形から入るのが大事なの」
いただきます、と三人揃って手を合わせると、
「これは私が作ったんだよ」
さっそくグウェンがラップに包まれたおじゃこと枝豆、しゃけマヨ、炒り卵と刻んだハムのてまり型のおにぎりを指す。
「ふーん」
リラはあまり興味がなさそうだったが、グウェンの手前炒り卵とハムのおにぎりを手にとってみせた。
ちなみにここにイザックはいない。ヤツは人の姿は取ってみせるが、グウェンのように人間の食べ物は口にしない。嗜好品にもしないらしい。そもそも人間の食べ物は全く受け付けないのだとか。やはり主体は蝙蝠なのである。
「どうだね、美味しいかね」
「…………ふつう」
意気込んで訊いたのに、素気のない返事。リラは殊食事に関しては全くお世辞が言えない。
「まぁまぁじーさん、リラの“普通”は上々だよ、な」
そう言って、和馬は自分の作ったおにぎりを握らせる。おにぎり、というかそれはオムライスだった。チキンライスを同じように小さなてまり型にして、薄く焼いたたまごでぐるりと包んでいる。
「あぁ、待った待った、それまだ完成じゃないから」
のろのろと包みを開けたグウェンに静止をかけて、今度はリラの方を向く。
「オムライスにはやっぱり仕上げにケチャップだよな」
チキンライスはケチャップで味付けしているので、そのままでも最低限味はついているが、落ち込んだグウェンには元気になる魔法が必要だろう。
「ほい、リラ。それからな……」
「めんどうなことを言うわね」
「ちょちょっとやったらおしまいじゃないか」
冷蔵庫から持ってきたケチャップ容器。
「ほら、グウェン、ちょっとこっちに差し出してみなさい」
リラがそれを逆さに両手で握って、グウェンの傍まで寄って行く。
「せっかくのお花見なんだから、そんなけいきの悪い顔しないでよ」
小さなオムライスの上に、割に器用に赤色の軌跡が引かれて行く。
「おぉ……」
やがて完成したハートマークに、分かりやすくグウェンのテンションは上がった。びっくりするほどチョロい。
「和馬がやれって言うからそのマークにしただけなんだから」
リラはリラで、ツンデレのテンプレートみたいな返事をしてみせた。
「食べるのがもったいないよ」
「食べたらじーさんの一部になるんじゃないの」
「それもそうだな、素晴らしい発想だな」
自分で言っておいて何だが、深く頷くグウェンを見ているとやべーな、と思わずにはいられない和馬だ。
「……へんなの」
「なにが」
一方リラはそんなグウェンの様子など全く気にも留めずに、重箱から選んだ一品を口に含んでそう呟いた。
「ハンバーグ、あんまりすきじゃないんだけど、これはそんなにイヤじゃない」
それを聞いて、和馬は心の内で小さくガッツポーズをする。
試みたことに手応えがある喜びは、確実にリラが教えてくれたものだった。なかなか手強い困ったお嬢さんではあるけれど、和馬はそれに鍛えられている一面もある。
いつものより薄い色合いのハンバーグを示しながら、違う理由を説明してみせる。
「リラは肉々しいの苦手だろうから、ちょっと方向性を変えてみた。タネの半分をおからに変えてみたんだよ。あっさりしてるだろ」
「おから?」
「うーん、大豆製品。豆腐の仲間。というか、豆腐を作る過程でできるもの。ヘルシーでダイエット向けな食品」
「ふーん」
「おから単品だとちょっと淡泊だけどな。他のと混ぜ合わせるといい塩梅になる」
あの夜、心の内を吐露して、リラの中で何か整理はついただろうか。
口を挟めるような状況ではなかったし、そういう立場にもなかったので、和馬はただ遠巻きに眺めていただけだ。
二人が互いの違いを、それ故生まれていたズレを修正することはできただろうか。
リラは、少し落ち着いたように思う。この屋敷に来た頃と比べれば、食べるための努力はうんとしている。でも、先頃のようなあの切羽詰まった感じはもうない。
食べてみるけれど、合わない時は合わないと言う。どうもマイルールがあるらしく、どんなに嫌と思っても、三口は食べてみることにしているらしい。それは、きっと無理のない範囲での適正な努力だ。
何が嫌、というのを言語化しようとしてくれるから、和馬だってその対応を考えやすい。正直まだまだ偏食の傾向は強くて道のりは長いと感じているが、本人の意識が変わって来ているのだから、粘り強く取り組めばいつかは望んだ状況に辿り着けるだろう。
「そろそろデザートにするか」
冷蔵庫から取って来ようと腰を浮かせると、横から白い箱がにょきりと出て来た。差し出してきたのはイザックだ。
「おう、有難う……」
「別にお前のためではないが」
リラと違ってこちらのツンは別に可愛くも何ともない。デレが存在していないし、していたらむしろ怖いし。
そっと置いた箱の蓋を開ける。中から顔を覗かせたのは、キラキラと輝く色とりどりのゼリーだった。




