表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/54

4-14 はじめてのお花見




 帰って来れば、丁度良い時間だった。和馬はグウェンと一緒にキッチンに入り、朝一から準備していたお重を取り出し、コップに飲み物、と運び出すものを取り揃えていく。



「どうかな、と思っていたが、今日は陽気でお花見日和だ」

「確かに。風が冷たくなくて良かった」



 リラは庭でクルークと戯れている。イザックが近くで見守っているので、グウェンも安心してこちらの作業を手伝えていた。



「さて、選んだスイーツはお口に合うかな」

「どうだろう」

 荷物を抱えて庭に出ると、リラの前でクルークがちょこんとお行儀良くお座りをしていた。

「賢いでしょう。もうお手もおすわりもごろんも覚えたのよ」

 自慢げに、そう言われる。

「ごろん?」

 訊き返すと、まぁ見てなさいとリラが試しに“クルーク、ごろん”と言ってみせた。わんこはそれに従ってごろりと仰向けに腹を晒してみせる。相当懐いているし、気を許していることが窺える様子。

「確かに賢いし、何と言うか」

 随分従順なわんこである。

「クルーク、今日は特別だから、クルークにもお裾分けよ」

 そう言って、イザックからおやつを受け取って口許に差し出す。

「リラ、手洗って来いよ、こっちももうすぐ準備できるから」

 らんと目を輝かせて飛び付くクルークとリラの戯れを微笑ましく思いながらも言うと、

「リラお嬢様、こちらへ」

 イザックが誘導して屋敷の中へ連れて行った。本当に、リラに対しては恭しい執事のように完璧なキャラを演じてみせる。



 リラが戻って来た頃には、一番大きな桜の木の下にレジャーシートも敷いていたし、お重も飲み物も、全ての用意が整っていた。



「わざわざつめたの? 家は目と鼻の先のきょりなのに?」

「こういうのは形から入るのが大事なの」

 いただきます、と三人揃って手を合わせると、

「これは私が作ったんだよ」

 さっそくグウェンがラップに包まれたおじゃこと枝豆、しゃけマヨ、炒り卵と刻んだハムのてまり型のおにぎりを指す。

「ふーん」

 リラはあまり興味がなさそうだったが、グウェンの手前炒り卵とハムのおにぎりを手にとってみせた。

 ちなみにここにイザックはいない。ヤツは人の姿は取ってみせるが、グウェンのように人間の食べ物は口にしない。嗜好品にもしないらしい。そもそも人間の食べ物は全く受け付けないのだとか。やはり主体は蝙蝠なのである。

「どうだね、美味しいかね」

「…………ふつう」

 意気込んで訊いたのに、素気のない返事。リラは殊食事に関しては全くお世辞が言えない。

「まぁまぁじーさん、リラの“普通”は上々だよ、な」

 そう言って、和馬は自分の作ったおにぎりを握らせる。おにぎり、というかそれはオムライスだった。チキンライスを同じように小さなてまり型にして、薄く焼いたたまごでぐるりと包んでいる。

「あぁ、待った待った、それまだ完成じゃないから」

 のろのろと包みを開けたグウェンに静止をかけて、今度はリラの方を向く。

「オムライスにはやっぱり仕上げにケチャップだよな」

 チキンライスはケチャップで味付けしているので、そのままでも最低限味はついているが、落ち込んだグウェンには元気になる魔法が必要だろう。

「ほい、リラ。それからな……」

「めんどうなことを言うわね」

「ちょちょっとやったらおしまいじゃないか」

 冷蔵庫から持ってきたケチャップ容器。

「ほら、グウェン、ちょっとこっちに差し出してみなさい」

 リラがそれを逆さに両手で握って、グウェンの傍まで寄って行く。

「せっかくのお花見なんだから、そんなけいきの悪い顔しないでよ」

 小さなオムライスの上に、割に器用に赤色の軌跡が引かれて行く。



「おぉ……」



 やがて完成したハートマークに、分かりやすくグウェンのテンションは上がった。びっくりするほどチョロい。



「和馬がやれって言うからそのマークにしただけなんだから」

 リラはリラで、ツンデレのテンプレートみたいな返事をしてみせた。

「食べるのがもったいないよ」

「食べたらじーさんの一部になるんじゃないの」

「それもそうだな、素晴らしい発想だな」

 自分で言っておいて何だが、深く頷くグウェンを見ているとやべーな、と思わずにはいられない和馬だ。



「……へんなの」

「なにが」



 一方リラはそんなグウェンの様子など全く気にも留めずに、重箱から選んだ一品を口に含んでそう呟いた。

「ハンバーグ、あんまりすきじゃないんだけど、これはそんなにイヤじゃない」

 それを聞いて、和馬は心の内で小さくガッツポーズをする。

 試みたことに手応えがある喜びは、確実にリラが教えてくれたものだった。なかなか手強い困ったお嬢さんではあるけれど、和馬はそれに鍛えられている一面もある。



 いつものより薄い色合いのハンバーグを示しながら、違う理由を説明してみせる。

「リラは肉々しいの苦手だろうから、ちょっと方向性を変えてみた。タネの半分をおからに変えてみたんだよ。あっさりしてるだろ」

「おから?」

「うーん、大豆製品。豆腐の仲間。というか、豆腐を作る過程でできるもの。ヘルシーでダイエット向けな食品」

「ふーん」

「おから単品だとちょっと淡泊だけどな。他のと混ぜ合わせるといい塩梅になる」



 あの夜、心の内を吐露して、リラの中で何か整理はついただろうか。

 口を挟めるような状況ではなかったし、そういう立場にもなかったので、和馬はただ遠巻きに眺めていただけだ。



 二人が互いの違いを、それ故生まれていたズレを修正することはできただろうか。



 リラは、少し落ち着いたように思う。この屋敷に来た頃と比べれば、食べるための努力はうんとしている。でも、先頃のようなあの切羽詰まった感じはもうない。

 食べてみるけれど、合わない時は合わないと言う。どうもマイルールがあるらしく、どんなに嫌と思っても、三口は食べてみることにしているらしい。それは、きっと無理のない範囲での適正な努力だ。



 何が嫌、というのを言語化しようとしてくれるから、和馬だってその対応を考えやすい。正直まだまだ偏食の傾向は強くて道のりは長いと感じているが、本人の意識が変わって来ているのだから、粘り強く取り組めばいつかは望んだ状況に辿り着けるだろう。



「そろそろデザートにするか」

 冷蔵庫から取って来ようと腰を浮かせると、横から白い箱がにょきりと出て来た。差し出してきたのはイザックだ。

「おう、有難う……」

「別にお前のためではないが」

 リラと違ってこちらのツンは別に可愛くも何ともない。デレが存在していないし、していたらむしろ怖いし。



 そっと置いた箱の蓋を開ける。中から顔を覗かせたのは、キラキラと輝く色とりどりのゼリーだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ