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4-8 思いもよらぬことだったので




「和馬」

「ホントすみません」

「いや」

「弁償します。どれだけ高価なものか分かってないけど」

「別にそこまでは」



 キッチンの床に散乱した大小の破片。

 ロイヤルブルーに金の縁、見るからにお高そうなお皿だった。



「珍しいな。まぁ手が滑ることくらい、誰にだってあるものだが」

 破砕音を聞きつけて、隣の食堂で新聞を読んでいたグウェンが駆けつけて来たのだ。

「それだけ反省してるということは、ちょっと上の空だったのかね」

「まぁ……その、仰る通りで」

 気もそぞろになっていたのは事実だ。

「取り敢えず、片付ける。ご飯はもうできてるから、ちょっとだけ待っててほしい」

 繊維がすっかり毛羽立って、もう使い捨ての布巾として切り分けてしまおうかと思っていたタオルがあった。和馬は引き出しからそれを取り出して、まずは大きな破片を包んでいく。

「……無粋なことを聞くかもしれないが」

 入口に凭れ掛かりながら様子を窺っていたグウェンが口を開く。



「この間、家に帰った時に何かあったかね」

「いや、別に」



 大きな破片を片付けたら、タオルごとビニール袋の中へ。

 隅の可動式のキャビネットを開ければ、メモ帳、筆記用具、ラベリング用のマスキングテープ、はさみなどの文具が入っている。時折料理や片付けに使うものだ。その中からガムテープを引っ張り出して来て、適当な長さに切ったら床面をペタペタして細かい破片を拾っていく。

「進路のことでちょっと相談しに帰っただけだよ。ちゃんと話せたし、問題なかった」

 細かいところはうやむやにしたままだったが、ひとまず伝えることは伝えたし、大きな反対もなかった。そういう認識でいる。

 ただ、それとは別に。

「喧嘩なんてして、そのままで帰って来たのではないだろうね」

「まさか」

 父親に言われた言葉が、鳩尾にじわじわと効いていた。



“だってお前は俺と暮らしてると窮屈だろ”



 そんな風に思っているとは、思われているとは夢にも思わなかった。

 だから、今まで何を決めても大きく反対したことがなかったのか。高校生の身分で住み込みで、なんて普通なら大反対されそうなことを言っても諾としたのか。



 一緒にいるのが窮屈だと、和馬は出て行きたがっていると、そう思っていたから。

 いつから、そんな風に思っていたのだろう。



「ただちょっと……」

 興味がないんだろ、と言った。どうでもいいと思ってるんだろうと。

 全く同じように父親も和馬に対して思っていたのかもしれない。

「そもそも分かってたつもりだったんだけど。一緒に暮らしてて、親子だけど、ちょっと淡泊なんだって。お互いあんまり興味ないんだって」

「…………」

「でも、それが普通になりすぎてて、どうしてそういう風になってるのかロクに考えたことなかったなって、ちょっとそういう気付きを得ただけだよ」

 仲良し親子になりたいという訳ではないのだが、知ろうとしなさすぎたことで、お互い想像だけで全てを済ませて来たのかもしれない。

 和馬は別に、窮屈などと思ったことはなかった。感じていたのは自立の必要だ。少なくとも、全力で甘えられるような存在ではなかったから。

「認識ってのはさ、やっぱちょいちょい合わせとかないと、結構な齟齬を生むもんだな」

 そんな風に思われてたなんてとも思うので釈然としない部分もあるのだが、だが今回それが分かって、逆にちょっとすっきりした部分もある。

「ごめん、そういうことをつらつら考えてたから、ちょっと注意散漫だった」

「認識を合わせるのが大切だと言うのなら、君はもう少しちょくちょく家に帰ってみるべきでは? 住み込みという条件は付けているが、帰省するなという訳ではない」

「それはどうかなー、もう今更って感じもあるんだよ。修復したい何かがある訳じゃないから。今の距離感がオレにとっての普通だし」

 グウェンの提案は雇用主からの言葉としては有難いものだったが、和馬に今必要なものではなかった。それに、自分の親子関係よりも気になるものが今はある。



 チラリ、コンロの上の鍋を見遣る。

 今宵はハンバーグ。濃い味があまり好きでないことは知っているので、大根おろしと醤油ベースのとろみ餡で和風ハンバーグにしてみた。



 リラはこれも、黙々と食べてみせるのだろうか。





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