4-4 しかし心当たりはなく
「やはり和馬もそう思うかね」
認識にズレはないらしい。
「何か心当たりはないのか。じーさんが一番リラと一緒にいるし、理解してるし、観察してるだろ」
和馬はどうしても日中は不在にしているし、リラのことを人間の視点からしか見ることができない。吸血鬼ならどういう考えや感じ方をするだろうと、想像してみようとしない訳じゃないが、残念ながらそもそも自分の発想力に自信がない。
「それが、ピンと来るものがないのだよ」
けれど吸血鬼側から返って来た言葉も、残念なものだった。
グウェンが匙を投げてしまったら、もうどうしようもない。
けれど思い当たる節がないからと言って、何もないことにはできないのだ。
「どれだけ手こずったと思ってるんだ。リラの偏食にはリラなりの理由があって、それってそんなに簡単に解消されるものだったっけ?」
何かは、あるはずなのだ。
「分かっている。今の状況は無理矢理言い聞かせて食べているだけで、克服して、美味しいと思って食べている訳じゃないのは確実だ。顔を見ていれば誰にでも分かる」
「食事がただの作業なんだよな」
手を動かして、口に含んで、二十五回咀嚼して、味や食感は全て無視して飲み込むだけの作業。
繰り返していればいつかは終わる。そこに味わうという過程はない。
「食べてはほしいけど、あぁいうのを望んでた訳じゃないんだよな……」
「無理をすればどこかでガタが出る。身体に栄養が回っても、心が潰れてしまってはそれはそれで大問題だ」
「いつからあんな感じになった?」
二人で首を捻る。
少しずつ、ほんの少しずつ、リラの食事情が改善されてきている、その手応えはあった。でもそれは微々たる進歩で、ふとした折りに比較的素直に食べられるものリストに仲間入りするメニューが出る、と言った程度のものだったのだ。
「冬になってからなのは間違いない」
「目に見えてというか、こっちが違和感に気付くレベルになったのは、正月くらいかな……」
「ということは、恐らくじわじわリラ嬢が行動を変えている期間があったはずで、それを考慮すると十二月、クリスマス辺りか……?」
その時期、何かあっただろうか。
和馬の中で、またクルークが家族に加わったという変化点が浮かぶ。クルークを理由にするには無理がある、とこの間自分で結論付けたばかりなのに。
「今のところ、食事以外で気になる挙動はないと思っているが」
「それは同意」
そこで、一旦会話が途切れる。二人して一応考え込んではみるが、あまり意味はないだろう。手詰まりなのだ。
「……理由を上手く聞き出せれば良いのだが」
やがてグウェンが溜め息混じりに呟いた。
「だが彼女が自分の中の衝動を言語化できていない可能性もあるし、理由がはっきりとあっても話したがらないかもしれない」
そうだ、多分リラ自身も自分を持て余しているのだ。
人間の自分を。吸血鬼ではない自分を。
そして、前世の記憶があるとは言え、五歳児なのである。リラはとてもませているが、五歳児らしい年相応の反応を見せることだってある。グウェンに再会するまでは己の偏食を言語化できなかったように、今回も何かあるのかもしれない。
しかし、とグウェンの溜め息が重なる。
「彼女は頑固だぞ。これと決めたら恐ろしく心を固めてしまう。そうそう翻しはしない」
それはリラのことであり、前世の彼女のことでもあるのだろう。
「下手に機嫌を損ねると、そこから元の状態に戻ってもらうまでが大変だ」
「それはまた……」
随分前世の彼女には苦労したのだろう。大変だなと和馬などは思うのだが、グウェンの口許にはどこか懐かしそうな笑みも小さく浮かんでいる。
「まぁちょっと難しそうだけど、放ってもおけないし、こっちで理由を見つけられないならさりげなさを装って聞き出すしかないよな」
「そうだな」
頷きながら、目配せをされる。
察して開きかけた口を閉じ直すと、数瞬後に談話室の扉が開いた。
コートと手袋とマフラーを装備したリラ嬢のご登場である。その背後にはイザックも控えていて、彼の腕には男物のコートが掛かっていた。
イザックのものではない。グウェンのだ。
「もうすぐきっと春なのに、今日は冷えるみたいだなぁ」
差し出されたコートに袖を通しながら、相変わらずの穏やかなのんびりとした声でグウェンは言う。
先程までの、深刻そうな表情をサッと隠して。




