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4-3 変化




「危ないからじっとしてろよー」

「わかってるわ。それより、ふかづめにはしないでね」

「了解了解」



 土曜の昼下がり。談話室にぱちんぱちんと軽快な音が響く。

 和馬は膝の上に乗せたリラの小さな手を取り、更に小さな爪に慎重に爪切りを当てていく。

 外はまだ寒いが、室内は少し頬が火照るくらいの温度だ。談話室には本格的な暖炉がある――――が、この冬ついぞ使うことはなかった。何でも暖炉は面倒だし、火事のリスクも高まる、とのことらしい。今は便利で効率の良い暖房機器がいくらでもあるではないか、と。

 まぁその通りである。本格的な暖炉を経験できるかと、ほんの少しだけ残念な気持ちになったのはここだけの話。



「じーさん、そんなに見られてると気が散るんだけど」

「いつになったらその仕事を任せてもらえるのかと思ってね」

 リラの爪切りは、いつの間にか和馬の仕事になっていた。

 実は吸血鬼はほとんど爪が伸びず、爪切りという行為を極々稀にしかしないらしい。

そう聞いて、いきなり小さい子の小さい爪を任せるのは怖いな、と思って自分がやると名乗り出たのだ。だが、よく考えると和馬は一人っ子で、弟妹の爪切りをしたという経験値があった訳でもなんでもない。名乗りを上げたものの、やはり最初の頃は緊張した。



「グウェンはクルークのつめ切りをすれば? 犬もつめ切りしなきゃなんだし」

「私は単に爪切りがしたいのではないのだが……」

 丁度良いじゃないと言いたげな雰囲気のリラだったが、残念ながらグウェンが望んでいるのはそこではない。



 彼女には彼女にはどうにも鈍感なところがあって、グウェンのひたむきな情をそこそこの頻度でスルーしてみせる。

 いや、もしかすると、向けられる関心の高さを重荷に感じてわざと知らんふりしているのかもしれない。



「あ、そうだ」

 右手を終えて、左手へ。

 その途中でふと思い出して和馬は言った。

「じーさん、オレ、来週家に戻っていい? ちょっとさ、まぁ親と話しなくちゃいけないから」

「構わないよ」

 許可はあっさり出る。

 来月は四月。遂に三年生になってしまう。所謂受験生だ。進路関係の調査なども増え、面談の予定だってある。

 将来の方向性について、いくら何でも最低限父親と話をしておかなければと思っていた。

「食事はまぁ、作り置きがあるから」

「一食二食、へいきよ。ねぇ、グウェン?」

 リラがまたらしくもないことを言ってみせる。一食二食、食べなくても平気という意味か、和馬以外の作ったものでも食べてみせるという意味か。

「それで、がっこうはどうなのよ?」

 そしてまた、あまりされない質問をされた。



 普段、和馬の学生生活など気にも留めないのに。



 何でも知りたくなる時期なのだろうか、などと思いながらも答える。

「学校は、もう一週間もすれば春休みになる」

 そういうことを聞いてるんじゃなくて、と焦れたような声。

「えっと……まぁ楽しい、かな? 自由にやってるよ」

「あのさわがしいのは、どうなったの?」



 あの騒がしいの。

 何か把握されているエピソードでもあっただろうか。和馬は首を捻る。



 騒がしいの。

 学校に行けばあれだけ人がいるのだ、騒がしいヤツなどいくらでもいるが。――――と思ったところで、心当たりに気が付いた。

 アレだ。随分前だ。夏頃の話じゃないか?

 リラを連れてスーパーまで行った時、ちょっと面倒な女子生徒と出くわしてしまったアレ。



「別に、どうもなってないよ」

 あの後、よくよく確認してみれば、彼女とその友人はどうも一緒のクラスらしかった。派手な女子グループに所属していて、和馬はあまりそこのグループとお近付きになることはなかったので、顔まではよく把握していなかったのだ。

 でも、今はもう例の彼女は見分けが付いている。

「なってないの? あれだけはっきり言ってやったのに?」

 リラは不満そうな、不可解そうな顔をしていたが、実際はそんなものだ。

「そうだよ、何にもない」

 和馬もあの翌日辺りはちょっと身構えていたのだが、調子に乗ってと絡まれたりすることがなければ、あの態度は酷いと糾弾されることもなかった。

 引き攣った顔で一瞬見られたが、その後はなかったことにしたいのか、不自然なまでに目が合わなくなった。実害は何もない。リラと和馬という見た目にも目立つ組み合わせについても、面白おかしく話され噂になった形跡はなかった。

「だから学校生活はすこぶる平和さ。気の合う同士で、ゆるーくやってるよ」

「ふーん、そんなものなのね」

 意外とちょっと前の何てことないエピソードでもちゃんと覚えてくれているんだな、と感心しながら、左手小指の爪を切り揃え終えた。

「はい、終わり。完了。今回も健康で綺麗な爪でした」

 言うと、膝の温もりが掻き消える。ぴょんと飛び降りたリラは、グウェンの方へ問いかけた。

「クルークと遊んできても?」

「いいが、その前にきちんとコートやマフラーをつけておいで。まだまだ寒いからね」

 リラが部屋を出ていくと、グウェンはチラリと和馬の方を見遣った。

 いい機会だ、と思って和馬は切り出す。



「最近リラ、随分変じゃないか」




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