4-2 確信
「ごはんだぞー」
という呼びかけに、リラはグウェンに抱きかかえられながらやって来た。
グウェンは隙あらばリラを甘やかすので、ちょっとの距離でもすぐに抱き上げてしまう。それを指摘すると、彼女は本来恭しく扱われるべき存在で前世からどうのこうのうんたらかんたら長々しく説明されるので、和馬は最近もうあまりうるさく言わない。
お子様用チェアに腰を落ち着けたリラは、自席の前に並べられた食器を見て言った。
「今日は器が小さいのね」
その代わり、数はいつもより多い。
「ちょっとずつ食べてもらおうと思ってるからな」
「?」
「鍋かね?」
卓上コンロをテーブルに設置して、ポトフの鍋を弱く火にかけているのでそう見えるかもしれない。
「まぁポトフもこうして食べりゃ、鍋の一種になるんだろうけど」
「ポトフか。まぁ随分作ったものだね」
大きな鍋になみなみと。確かに三人で一回に食べ切れる量ではなかった。
「味が染みてからも色々アレンジ利くし、今日一日で食べ切らなくてもいいつもりで作ってるよ」
リラはやはり大して興味はないようなので、最初に一瞬皿に言及した後は手持無沙汰感満載で窓の外へぼんやり目線をやっていた。
「まずは普通の」
その様子を横目で見ながら、和馬はまずお玉一杯半くらいをよそう。ニンジン、玉ねぎ、じゃがいも、ベーコン。大きいのは避けて、リラ用に細かく刻んでいるものを掬う。
「ほらリラ」
それから手早くグウェンの分と自分の分もよそって、それから両手を合わせた。
「いただきます」
「「いただきます」」
先んじて言えば、それに二人が続く。リラも当然両手を合わせる。どれだけ初っ端から食べないと駄々を捏ねる時だって、欠かしたことはない。リラはこういうマナーはとても大切にする。
「どうだ?」
ひと口含んだリラに訊けば、
「ふつう」
と素っ気ない返事が返ってくるだけ。まぁ通常営業である。
それでも手は止めず、機械的に口に運んでいく。
試しに噛む回数を見ていると、きっちり二十五回。何度か数えたが、判で押したように二十五回。
これは絶対に自分の中で手順を決めて、それを淡々とこなしているだけだ、そうに違いない。
和馬はそう確信しながらも、一杯目が空になってから声をかけた。
「次の味を試してみるか」
「次?」
「うーん、これは? カレーパウダーをちょっと混ぜてみる」
これにはきっぱりとした返事が返ってきた。
「カレーのはいや」
「やっぱりか……」
これは分かっていたのでまぁいい。スープカレーならどうかな、と思っただけだ。
「しげきぶつのかたまりなんだもの」
リラはカレーを好まない。
辛いものがダメという感じでもないのだが、刺激物と言ってみせる辺り、複雑なスパイスの香りがあまり合っていないのかもしれない。といっても、それほどスパイシーには思えない、子ども用の甘口レトルトカレーなどでも首を横に振るのだが。
「じゃあこれは。トマトスープ風」
トマトピューレとケチャップでも使うかと最初は思ったが、今日はちょっと手抜きをした。トマトスープの素、いわゆる粉末スープを使うことにする。量も調節しやすいし、余った分も注ぐお湯の量を調節して後から使える。缶一個を開けるよりずっとお手軽なのだ。
「なるほど、便利だな」
そう言いながらグウェンも真似る。
「じーさん、後からそこにある袋、そうそれ、ピザ用チーズを好みの量振って、ちょっと待って溶かしてから食べてもイケる」
「ふむ」
「リラはチーズ、そんなに得意じゃないだろ」
「うん」
元の味を少し薄目に作っているので、後から味を加えてもちょっと濃い目かな、くらいで済むのだ。ちなみに一杯目、グウェンと和馬の皿には追いこしょうをして味をプラスした。リラは元々薄味好みだから、あれくらいでも不足は感じていないはずだ。
「どうぞ」
そう言って差し出せば、リラは一杯目よりはゆっくりペースではあったものの、黙々とスプーンを動かし続けた。咀嚼の数は、やはり毎度きっちり二十五回。
最後にシチュールーを溶かし三杯目を差し出したら、閉口しながらもそれまで食べ切ってみせたので、やはりこれは何かおかしいと和馬は確信した。
だっていきなりではないか。それに、決して美味しそうではないではないか。
あれだけ頑なに拒否してきたのだ。それはそれはひどい拒絶ぶりだったのだ。和馬の心が何度大荒れし、疲れ果て、折れそうになったことか。言葉と態度のその両方で、正しいかどうかはさて置き、リラは自分なりの“正当な理由”で食事を嫌がってきたのである。
それなのに手のひらを返したようにこんなに大人しく、避けたがる味ははっきりしているとは言え、諾々と差し出されたものを受け入れるなんて。
人はそんな急に変われない。変わったのだとしたら、そこには何か明確な理由が、きっかけがあるはずだ。
けれど、表面的には何も変わったことはなかった。リラが変わるようなエピソードは何もなかった。
ということは、内面的な変化が起きたということか。
リラの心の内だけで何かがあったのか。
「ごちそうさま」
無表情に再び手を合わせてみせるリラを見つめてから、視線を向かいに滑らせる。
その先では、グウェンもじっと何かを探るような目をしていた。
そうだ、和馬がこれだけ確信しているのだ。グウェンが何も気付いていない訳がない。




