4-1 予兆
和馬だってリラの食育を任されたからには、色々と作戦を考えて来たのである。
ひとまず栄養は二の次にして子どもの好きな定番メニューを踏破したり、見た目を鮮やかにしたりデコったり、野菜の姿を隠してみたり、刻んだり、ごほうびをつけたり、宥めすかしたり持ち上げたり。過去(前世)の好みを辿りもしたし、味付けの違いに着目したりもした。
成果はほとんどない。でも、たまにリラの食べ物リストに新しいものが加わる。徒労感も大きかったけど、やりがいだってあった。
「でもなぁ……」
キッチンのシンクに頬杖を突きながら、和馬はぼやく。
夕食の準備は粗方終わった。くつくつと穏やかにスープが煮込まれる音が響く。
今日はポトフだ。次から次へと味替えを色々して、その勢いに乗せて完食させようという魂胆だ。だが。
「そこまでしなくても、食べそうなんだよなぁ」
そう、味を変えなくても最近のリラなら何とか食べてみせるだろう。
本来なら喜ばしいことだが、今一つ和馬はこの事態を素直に受け取れていなかった。
最近リラは頑なだ。以前と比べると断然食べるようにはなってきているが、義務感だけで食べているのが丸分かりで、味わうという工程はない。
難しい顔で、機械的に口に運ぶ。お皿が空になるまで。
いただきますとごちそうさまの合図の間に課せられた、日に三度の作業。そんな感じ。
「何がそんなに急に、リラを駆り立ててるんだか」
食べてくれないよりはいい。断然いい。動機や本人の気持ちとは別に、栄養だけは確実に身体に入ってきている。悪いことじゃない。
「でも、あんなの苦痛だろ」
和馬だって、あんな顔をして自分の作った食事を食べられるのは引っかかる。
どうせなら美味しく食べて欲しい。生きるのに最低限のラインはあると言っても、苦痛を強要したい訳じゃないのだ。
「別に、何があった訳でもないと思うんだけど」
変わったことはあっただろうか。
ここ最近の大きな変化と言えば、この家に新しい家族が増えたことだ。
シェパードのクルーク。リラは大層可愛がっているし、きっちりしつけにも励んでいる。
まさかクルークの手前、お手本を見せねばと思っている訳じゃないだろうな。
一瞬そんなことを思ったが、クルークはリラの食事の様子なんて見ていない。完全にそこは分けられている。多分、クルークの存在とリラの変化には関係がない。
「でも別に、他に変わったところもないしなぁ」
リラは普段通りに生活している。口達者で、ちょっと生意気で、時に和馬よりずっと物知りで、うるさい環境は好まない。この屋敷で、特に不満もなさそうに毎日を過ごしている。
精神的に不安定ということもない。そういうことがあれば、和馬よりもずっと先にグウェンが気付いているはずだ。放っておく訳がない。
少なくとも、取り繕える程度には、リラは己をコントロールしている。
「オレの考えすぎか……?」
単純にリラが頑張ろうとしているだけかもしれない。その努力がちょっと本人のキャパを超えているから、和馬の目に違和感を与えるのかもしれない。
「うん、考えすぎかもな」
色々と作戦を考えていたけど、リラが自ら食べようとし始めたことで日の目を見なかったものもある。そういうのを、自分が変に惜しんで、リラを見る目も曇っているのかもしれない。
「美容に良くない、って路線で攻める作戦、効果があったか試してみたかったとこだけど」
リラは自他共に認める美少女だ。その美少女ぶりを自慢に思っているようでもある。だから、偏食してると今は若さで誤魔化せても将来還って来るぞ、お肌のハリにはこういう食べ物がいいんだぞ、とアプローチしたら、さすがのリラも食べるということに気を遣い始めるのではと思ったのだが。
「まぁ何にしろ、もう少し様子見かな」
鍋の様子を見るために立ち上がる。
リラの食が進もうと進ままいと、味を変える趣向は取り入れよう。
“美味しい”の種類が増えてくれれば良いと、そう思う。




