3-11 あの頃の二人が知らなかったことを、一つずつ
「オレ、今日ちょっと初めてイザックに同情したかも」
「いや、どうでもいい訳ではないのだが。愛着もあると言えばあるのだが」
「そうそう、あたりまえすぎる、みたいな?」
「貶してる訳ではない」
「そうそう、数にいれないのは、そうね、もはや一心同体、みたいなものだからよ」
取り繕ってる感が半端なかったかもしれない。和馬はちょっとの間微妙な顔をしていたが、やがて気を取り直したようでグウェンに向かって言った。
「取り敢えず、クルークに必要なものの準備をしよう」
「そうだな。リラ嬢、この子は番犬になってもらおうと思っているから、前々から話している通り基本的には外飼いのつもりだ。けれど冬の間はひどく冷えるし、日本の夏は厳しいからね。その季節は玄関がこの子の主な寝場所だ。冷暖房機も、ちゃんと用意したから大丈夫だろう」
「うん」
「日中は庭を自由に散歩してもらおう。私と和馬はまずサークルを組み立ててるから、リラ嬢はそこの毛布を寝床用に良いサイズにしておいておくれ。あとは、完成するまでクルークが退屈しないように相手をしていてほしい」
「わかったわ」
リラの犬とするからには、できることは全部するつもりだ。けれど小さな身体ではできることも制限されている。リラは大人しく毛布を整えることから始めた。
散歩も本当は一緒にしたいけれど、外の散歩では一人でリードは持ってはいけないと言われている。賢そうな顔立ちの犬ではあるし、ペットショップでは少々薹が立っていた子ではあるが、まだまだ子どもと言える年齢だ。はしゃぐこともあるだろうし、外には沢山の刺激があって、何が起因となって驚いて走り出したりしてしまうか分からない。
そんな時、小さなリラが一人でリードを持っていたら、簡単に吹き飛ばされたり引き摺られたりしてしまうだろう。リードを持つお許しが出ないの、は仕方がないことだった。
「わっ」
毛布を整えていたら、腕の下からクルークが潜り込んで来た。
かまってかまってと言うようにチラリとこちらを見上げる。可愛い。
「しかたないわね」
首回りをもしゃもしゃしていると、
「はしゃぎすぎてまた熱出すなよー」
からかい混じりの和馬の声が響いた。
「出さないわよ」
これからこの子がいることが普通になるのだ。毎度毎度熱を出していたらやっていけない。
そうだ、撫で回すのも良いけれど、ブラッシングをしてあげたらもっと喜ぶんじゃないだろうか。隅にまとめてある荷物一式の中に、ブラシもあったはずだ。
リラがそう思い至って腰を浮かせたところに、カシャカシャシャシャシャとけたたましい連写の音が響く。
「グウェン……」
「じーさん……」
サークルを組立途中のはずのグウェンが、爛々と目を輝かせながらスマホをこちらに向けている。
「いや、あんまり可愛くて。可愛いリラ嬢ともふもふの生き物が合わさると、魅力無限大だな」
リラは知っている。最近グウェンが一眼レフとやらのカタログをしげしげと眺めていることを。
よく分からないが、より本格的なカメラを導入しようとしているらしい。もちろん、リラの姿を撮るために。
「リラ嬢の興味が犬に全て行ってしまったらと心配していたが、これだけ破壊力のある可愛らしさが生み出されるならおつりが来るかもしれない」
「その緩み切った顔、事情を知らない人間からみたら完全事案だから、頼むから外ではキリットダンディなおじいさんでいてくれよ。オレは警察にお迎えには行きたくないぞ」
分かっている分かっているとグウェンは言ってみせるが、ちょっと信用ならないなとリラは思っている。多分和馬も。
でも、グウェンが活き活きとした良い顔をしているので、咎めはしない。今この瞬間が楽しいと言うのなら、それで良い。
「でもリラも嫌がらないよな、写真撮られるの。無断で、しかも不意打ちでなんて嫌じゃないか?」
和馬の問いには、
「いついかなる時、どんなしゅんかんを切り取っても私はかわいいからだいじょうぶよ」
と返しておく。
「いつも思うけど、その自信はどこから来るんだろうな」
「違うって言うの?」
「いや、美少女ですけど」
訊き返せば、和馬は秒で認めた。
「でしょ?」
驕りでもナルシズムでもない。可愛いものは可愛い、それだけのことだ。
リラが自認しなくても、他人が勝手に判断していく。
「ねぇ」
「うん?」
「せっかくだから、みんなできねんに写真を撮りたいわ。グウェンだって、気合いを入れればちゃんと写真にうつれるでしょ?」
思いつきで口にしたのだが、良い考えだと思った。
そうだ、リラだけではなく、皆で撮れば良い。グウェンも一緒に映れば良い。
思い出は、誰かと共有するものだから、後から見返す時には沢山の情報が写っていた方が良いだろう。語れるものが、きっとそれだけ増える。
「それはいい考えだね」
「写真とか、久しぶりだな」
二人が頷く。
「えっと、セルフタイマーにすれば良いのかな。どこに設置するといい塩梅になるだろうか」
「いやいや、それよりじーさん前に自撮り棒買ってなかった? 今こそアレの出番だと思うんだけど」
「おぉ、そうだな」
バタバタと二人がツールを整えて、それからリラを挟むように寄って来る。クルークは何をしているのか訳が分かっていないのだろう、リラの腕の中で少し不思議そうな顔をしていた。
「よし、撮るぞ」
和馬の掛け声に合わせてレンズの方へ顔を向ける。
写真を撮る、なんてあの頃は考えもしなかった。
出来立ての技術で、それは人間のものでしかなくて、そもそも吸血鬼は他の何かに映るということが基本的には守備範囲外であったし。
これは今リラが人間で、技術の発展した現代に生まれ落ちたからこそ発生している事態なのだろう。
思い出を焼き付けて、後からそれを振り返るというのがどういう習性なのか、どういう感覚なのかリラは知らない。きっとグウェンも、今それをまさに学んでいるところではないだろうか。
なら、一緒に新しいことを一つ一つ試していきたいと、胸の内でリラはそっと思った。
あの頃の二人が知らなかったことを、一つずつ。




