3-10 リラ嬢のクリスマス
「リラ嬢、ではクリスマスプレゼントだよ」
そう言ってグウェンが玄関扉を開いた先には、いつぞやのシェパードがちょこんとお座りしていた。
「!」
赤の革の首輪。そこから伸びるリードも赤で、先を握っているのは和馬だった。
あれから次の日には熱はすっかり引いて、リラは実に平和に日々を過ごしていた。
一日、一日過ぎる度に屋敷の中にもクリスマスの気配がやってきて、食堂の窓際にはクリスマスツリーが飾られていたし、暖炉の前には靴下が下げられた。クリスマスリースもグウェンと和馬と一緒に手作りした。
そうしてクリスマス当日。プレゼントがあるよ、とグウェンがリラの手を引いて玄関まで連れて来た。
この年頃だと夜の間枕元にこっそり置かれるのが通例なのかもしれないが、リラはサンタクロースがいないこと、あれは大人がそのフリをしていることを当然とっくに知っているので、そういう小細工は要らないのだ。
知性を宿した優しげな緑の瞳。身体は薄茶の毛で、顔や耳に少し黒が混ざる。
そっと近寄ったら、ふんふんと匂いは嗅がれたけれどそれ以上には無理にじゃれては来なかった。なので、リラの方から触れてみる。
ふかふかでもふもふ。抱擁すると、それに合わせてちょっとだけ体重をかけてくる。それもやっぱりリラが潰れないように加減されている。
「リラ嬢、彼に名前をつけなくては。何が良いと思う?」
「名前? そうね……」
そうだ、この子は今日から家族の一員になるのだ。当然名前が要る。これから何千、何万と呼ぶだろう、この子だけの特別な名前が。
わふわふと控え目に鳴く声、パタパタと床を叩く尻尾。シェパードもこれから始まるだろう新しい生活に興奮している。――――期待してくれている?
「……クルーク。名前はクルークにするわ。いいでしょう?」
「その子はリラ嬢の子だよ。だからリラ嬢に名付けの権利がある。クルーク、良い名前じゃないか」
グウェンがそう頷くので、ご満悦でリラはクルークに語りかけた。
「いい? クルーク、あなたの名前よ。たくさん呼ぶから、ちゃんとおぼえてね?」
ワオン! と調子良く鳴くのは、こちらの言っていることを察しているからか、単にタイミングが良かっただけか。
「あの、当然のように出て来たカタカナのお名前ですけど、ちなみにどういう意味があるんで?」
和馬の疑問にはグウェンが答えた。
「ドイツ語で賢い、だね」
「うへぇ、さすがの名付けで」
「和馬」
「なんだ?」
名付けの由来はそのまんまだ。捻りがないかもしれないけれど、きっとこの子はとても理知的に育つ。それが分かるからこその名付け。
リラは一旦クルークの身体を離し、腰に両手を当ててえへんと和馬に向かって宣言した。
「クルークのごはんは、私の担当よ。まいにち、絶対」
言っておかないと、和馬は人間のごはんのついでに流れで全てやってしまいそうだ。
「やる気があるのはいいことだけど、犬のごはんの前に自分のごはん問題もどうにかしてほしいな」
「それはそれ、これはこれ。私が言ってるのは、犬ってじょれつのなかで生きるものなんでしょ? そういうのは、さいしょがかんじんだから、しっかり線引きしておきたいの」
クルークはリラのクルークだ。リラがご主人様だ。そこの認識が違ってしまって、和馬やグウェンをご主人認定されては面白くない。
「おぉう、ちゃんと勉強してるな。ちなみにリラの理想の序列はどうなってるんだ?」
訊かれたので、頭に描いていたピラミッドを上から解説してみせる。
「私、グウェン、クルーク、和馬」
「オレは犬より下か」
すかさずツッコミが入ったが、さすがにリラとて和馬を新入りのクルーク以下の扱いをしたりはしない。
「下じゃないわ。いっしょなだけよ」
「一緒なんかい。それでもまだ複雑ですけど……」
それでも和馬は不満げだったが、ふと思いついたように訊いてきた。
「じゃあイザックは?」
それはリラにとって、予想外の質問だった。考えもしていなかったのだ。
「イザックは……あれはじょれつの外じゃない? イザックは私の眷属ではなくて、グウェンの配下にいるし、ピンチヒッターみたいなものだし、蝙蝠だし」
「蝙蝠と犬の違いは何なんだ。オレは二人の蝙蝠の扱いがちょっとよく分からないぞ」
そう言われて、グウェンとお互い顔を見合わせる。
蝙蝠がどういう存在か。考えたこともない。
「なにかしらないけれどそこにいる、みたいな」
「いるからいるだけで、特別な何かではないと言うか」
と言ったら、和馬の顔がますます微妙なものになった。




