3-9 “もう一度”があるのなら
そうして三時きっかりに、再び和馬は戻って来た。
先ほどとは違う銀の盆を持っていて、その上にはわざわざ同じく銀のドーム状の蓋まで乗せている。中身をまだ見せたくないらしい。
「なんだかずいぶんぎょうぎょうしいわね」
「演出が大切なこともある」
「じしん満々なのね?」
再び設えられたローテーブルに今度はクロスまでかけられて、それからお盆がでんと置かれる。
「どうぞ、お嬢様」
和馬はそう言いながら、リラの目の前で蓋を開けてみせた。
「――――きれい」
現れたそれを見て、思わず息を呑む。無意識に言葉は零れ落ちていた。
ころんとした丸型のグラスに注がれた無色透明の液体は、絶えず気泡を上げている。その中に賽の目切りにされた色とりどりの欠片が沈められていた。
赤、青、緑、黄色、透明。
ステンドグラスみたい。いや、それもいいけれど違う。これは昨日見た――――
「クリスマスのイルミネーション、目が釘付けだったから」
そう、クリスマスツリーの電飾みたいだ。小さくて鮮やかな灯りが、グラスの内に閉じ込められている。
「赤だけたくさん色があるわ」
グラスを手に取ってくるりと回してみながら、そのことに気付く。
濃いもの、薄いもの、青みの赤、黄みよりの赤。少しずつニュアンスの違うものが散りばめられている。
「赤色が一番好きな色なんだろ」
「うん……」
そう、リラは赤色が一等好きだ。前世の記憶の影響かリラ自身の好みかは分からないが、赤い色に特別心を惹かれる。
「これ、なにでできてるの?」
「寒天だよ」
「かんてん?」
「うーん……ゼリーの仲間みたいなもんかな。原材料は海藻だったりするんだけど。ゼリーよりはちょっと歯ごたえがある」
「ふーん」
「液体の方はサイダー。リラはサイダーいけたっけ?」
「なんかしゅわしゅわぱちぱちするやつでしょ」
口の中が騒がしくなるのでそんなに得意ではないが、面白いと言えば面白い感覚のする飲み物である。
「入れてからしばらく放っておいたから、いくらか抜けてマイルドになってると思うけど」
差し出されたスプーンを受け取る。
食べるよりは眺めていたいもののような気もしたが、せっかく作ってくれたのだからとひと口放り込んでみた。
「うっ」
ぱちん! と弾ける感じがして、舌が委縮する。反射的に眉間にぎゅっとシワが寄る。
「やっぱお子様には炭酸強かったか……?」
刺激が強かったのは事実だが、お子様発言が気に食わなくて、リラはぐっとそのまま飲み込んだ。
「甘いけど、ぱちぱちするから、そのいきおいでながしこめるかんじ?」
強がってそういう風に言ってしまう。
「そうか、食べれる感じか!」
そうしたら思いの外和馬が喜んでみせたので、後には退けなくなってしまった。仕方なく二匙目を口に入れる。
しゅわしゅわする。でも甘い。刺激が嚥下を後押しし、甘みが残った刺激を緩和する。
うん、食べれなくはない。やっぱりちょっとしゅわしゅわしすぎな気もするけれど。
「そう言えば、グウェンは?」
ふと気になって訊いてみた。お昼ご飯の後、一度顔を覗きに来たが、それ以降は見ていない。昨日の夜中も来ていたようだし、何か会話をした気もするが、その内容は判然とはしなかった。
「さっき電話が掛かってきて、今応対中だよ」
電話。誰からの電話だろうか。
「おひるね、してないの?」
「リラが一緒じゃないのに?」
問えば和馬は何故そんな必要が? という顔で返してきた。いつもリラのお昼寝にグウェンが付き合っているだけだろう、と。
ちがうわ、とリラは返す。
「ほんとうは逆なの。グウェンのおひるねに、私がつきあうの」
「えぇ?」
リラの発言に、和馬は苦笑する。
彼の中では“リラは子ども”という意識しかないのだろう。グウェンのことはそこらのおじいちゃんと同じに思えているのかもしれない。実際、グウェン自身がそのように振る舞っている。和馬にその違いをあまり見せないから、仕方がないことなのかもしれない。
「ねてないでしょ」
でも、リラは知っている。吸血鬼のことならよおく知っている。
「グウェンは、吸血鬼なのよ。吸血鬼は、夜が本分なの。ほんとうは――――」
「あ……」
それを訊いて、和馬にも理解が及んだようだった。
吸血鬼のグウェンにとって、本当は昼間は活動時間帯じゃない。目が冴えるのは夜で、この時間帯は休んでいるべきなのだ。それが普通なのだ。
「でも、私にあわせて」
人間として生まれてきてしまったリラに合わせて、彼は自分の生きる時間を変えている。
「きっとムリしてる。じゅうぶんに、休めてない」
この身体がお昼寝を必要としているのは事実だと思う。だけれど、そういう事実とは別に、リラはグウェンが“お昼寝にするかね?”と言えば必ずそれに諾と頷いてきた。自分の眠気の有無に関わらず、絶対に拒否はしないと決めていた。
少しでも、休んでほしくて。
「和馬……」
「うん?」
「どうして、私」
考えても仕方のないことを、考えてしまう、
「私、吸血鬼にうまれなかったのかしら」
ようやく巡り巡って見えたと言うのに、互いの生き方が違いすぎて、一緒にいようと思ったらどちらかに無理を強いてしまうなんて。
「そうしたら、おんなじように生きていけたのに」
昼に起きている分グウェンが夜にきちんと休んでいるかと言うと、それも怪しいところだ。
だって、夜は目も身体も覚醒してしまう。
だが吸血鬼がいくら頑丈にできているとは言え、何年も何年もこんな生活が続けば身体を悪くするだろう。ではリラが夜型生活になれば良いと思っても、成長期の間に不規則な生活はきっと歓迎されない。
リラの今世の目標は、グウェンを幸せにすることだ。
けれどグウェンの幸せとはリラの幸せと直結しているから、リラは健やかで明るい人生を歩まねばならない。健康は大切だ。人間の身体は脆いから、無理はできない。グウェンもきっと許さない。
できることが、少なすぎる。
でも。
「…………」
手にしていたグラスに目を落とす。
分かっている。本当は、分かっている。
グウェンのためを想うなら、この偏食だって早く治すべきだ。心配させているのだから。何より、きちんと食べないと健康に影響するのだから。
だから、リラはきちんと食べなくてはならない。分かっている。
相も変わらず違和感はある。美味しいの定義も分からない。
けれど最近のリラは少しずつ変わってきていた。そのことに、傍にいる二人は気付いているだろうか。
私の食べ物じゃない、とリラは最近言わない。言っても仕方がないし、自分の身体はどうしたって人間なのだと分かってはいるから。
駄々をこねても、吸血鬼だったあの頃にはもう戻れない。埋められないものが沢山ある。今のこの身体を受け入れて、生きていかねばならない。
目的を履き違えてはいけないのだ。
“もう一度”があるのなら、その時は全てグウェンのためにと決めていた。
それを叶えるためには、リラは食べなくてはならない。人間としての生き方を学び、受け入れなければならない。




