3-8 新しい発明
「リラ、リラ」
意味もなくベッドの上で寝返りを打ち続けていると、軽いノックと共に和馬が部屋に入って来た。
「昼ごはん、食べれるか」
昨日の晩からすっかり寝入っていたので、朝ごはんは抜かして昼食の時間になっていた。
ベッドの傍に置かれたサイドテーブルにお盆が置かれる。温かそうな湯気をくゆらせた器が一つ。
昨日の夜からあまりものを食べていないので胃は空いているはずだが、特別空腹は感じていなかった。食べたくないという強い拒絶がある訳ではないのだが、食べたいとも思わない。空腹感そのものが麻痺している感じだ。
そのまま匙を差し出されるのかと思ったら、その前に、と和馬はエプロンのポケットから何か取り出した。
「熱計るぞー」
そうして和馬の手のひらにすっぽり収まるサイズのそれを、耳に差し込まれる。と思ったらすぐにピピッと電子音が鳴って外された。
「うん、昨日より下がってる。微熱の域かな。風邪じゃなかったみたいだな」
そういや鼻も咳も出てないし、と言われて、確かにとリラも思う。
慣れない外出と動物達とのふれあいに、テンションが上がりすぎてしまったのかもしれない。実に子どもっぽいが、風邪じゃないのなら病院に行かずに済みそうなので、それは良かった。
リラは病院が苦手だ。注射は痛いし、飲み薬は変な味がするし、よく分からない機器を色々使われるし。
医者なんて、吸血鬼であった頃にはまるで無縁の存在だった。だからこそ今こんなに苦手意識があるのかもしれない。
そう言えば。
「変なの」
和馬の手の内にあるものに目を向ける。
「何が」
「そんなので一瞬ピッとしただけで熱が測れるなんて」
あんなちょっとの時間で、しかも耳から正確な熱が測れると言うのだ。不思議で仕方がない。
「だよなー、オレの小さい頃もこんなんはなかった。今も普通に使われてるけどさ、脇の間に挟むヤツで、時間ももうちょっとかかったし」
なんと、和馬が小さい頃なんてほんのちょっぴり昔のことでしかないだろうに、少しの間で色んなものが生み出されていく。
「でも子ども用にはこういうの、便利だよな。世の中の進歩ってすごいすごい」
すごいすごいと言ってはみせるけど、和馬の言うすごいとリラの言うすごいではその度合いが全く違うだろう。人間にとって新しいものを生み出し使いこなしていくことは、きっとある意味当たり前のことなのだ。
だが、長くを生きる生き物は変化に対して疎い。時間があるから、より良くしようとか効率的にとか、そういう考え方に至らない。
人間ってよく分からない。
変わっているし、愚かにも思えるし、儚い存在だけれど他のどの生き物より革新的だ。
「さて、次はこっち。あーんしてやろうか」
サイドテーブルに立て掛けてあった、折り畳み式のローテーブルをベッドの上に広げられる。マットレスが固めなので、バランスはそう悪くない。その上にお盆が移される。
「自分でできるわ」
伸びて来た和馬の手を躱して、リラは匙を手に取る。
器には白いおかゆ。けれどその上にしゃけフレークと、細かく刻まれた水菜が乗せられている。
「まぁ食べられるだけでいいから」
まだ熱があるからか、和馬も今日は最初から優しい。
「…………あれ」
ひと口含んでから、気が付いた。
「あじがついてる」
しゃけフレークにはもちろん味が付いている。でもその塩気だけではなかった。おかゆ自体に薄く味が付いている気がした。
「お、気付いた? ちょっとだけにはしといたけど、中華スープの顆粒をな、混ぜてみたんだ」
言われれば、その味だと思った。
「本当に元気がない時は何の味もないおかゆの方が流し込みやすいかもだけど、ちょっと回復してきた頃だとそれじゃ単調すぎて逆に食が進まないだろ。まぁでも、濃いと胸にくるかもしれないから、ちょっとだけな、味付けしておいた。どう?」
食べやすかった。
和馬の言う通りだ。しばらくものを食べていなかった口には絶妙な味付け。
それに水菜も柔らかい感触の中にシャキシャキ感が加えられて、食べていてメリハリがある。細かく刻んでくれているから、それほど顎は使わなくて済む。
「和馬は」
「うん?」
「きっと、いいだんなさんになるわね」
そう言ったら、目を丸くされた。
「どうした、藪から棒に。なんだ、料理ができるからいい主夫になるって?」
「そういう単純ないみじゃないわよ」
確かにこれだけ料理が上手なら、喜ばれることは多いだろう。けれど和馬は単に美味しい料理をサラッと作れてしまうだけではない。どうしたら食べやすいだろうかと、体調や気持ち、相手の状況を丁寧に掬い上げて形にしてみせるのだ。そういうのは、簡単にできることじゃない。
「きづかいができるって、なかなかの高ポイントよ」
「ホントにどうした。さっきの体温計壊れてたのか? まだ熱があるんじゃ」
「しつれいね」
確認するように額に手を伸ばしてくる和馬にそう言いながらも、リラはそれほど気分を害してはいなかった。むず痒そうな顔をする和馬が面白い。
「褒めたって何も出ないぞ」
「でないの?」
「いや、三時のおやつが豪華にはなる」
「それはべつに……」
それほど心惹かれる提案ではない。リラは普段の食事だけではなく、甘味も等しく興味の範疇外だ。チョコもクッキーもケーキも、ほしいと思うことはない。
「ここは目を輝かせてもらいたいところなんだけどなぁ」
お盆を回収しながらぼやかれるが、虫歯のリスクも下がるしそうぼやかれることでもない気がするのだが。
「まぁいいや。胃の方は大丈夫みたいだし、三時に軽くつまめるものでも持って来るよ。それまでに何かあったらこれな」
和馬がまたエプロンのポケットを探る。
「なにこれ?」
今度出て来たのは体温計ではなく、平べったい丸型の何かだった。
「呼び出し用のボタン。ほら、マークのついてるこの真ん中を押すと、オレの方に知らせが来るようになってるから」
「ふーん……?」
そう言えば、昔は屋敷内で人を呼ぶのにベルを鳴らしたものだが、そういうのと同じだろうか。
「おすだけでいいのね?」
「うん、それだけでいい」
それにしても、和馬のポケットからは何でも出て来る。どれだけのものを仕込んでいるのだろうか。




