3-7 今世こそ
一番大切な相手に、何も相談しなかった。背負わせてはいけないと、どうせ結論など決まり切っているのだからと、全て自分で決めた。決めたことを押し付けた。
結局、その結果を背負わせることになった。
「恨んでいるなど……」
皆一緒に滅びてしまえば良かっただろうか。それも一つの選択肢だっただろうか。
グウェンは薬を飲まなかった。発症しなかったから。けれど、病の種はどの吸血鬼の内にもあるものだった。それを淘汰しなかったから、ゆっくりと時間をかけてではあるものの、不老の力が弱まって、だから今こういう姿でいるのだろう。
「そうだな、けれど一緒に連れて行ってもくれず、分かっていて長い長い夜にたった独り私を残していくなんて、酷いひとだとは思った」
カミラが再びこの世に生れ落ちるまで。
気の狂いそうな夜に延々縛り付けた。それでも、その永い時の中で、彼は心を変えられなかった。ずっとカミラだけだった。他を選びはしなかった。
純粋な愛が孤独に長く晒されて、その内に歪められて恨みつらみに変わっていても文句は言えないと思ったが、今ここにいるグウェンはあの時と変わらずカミラに微笑みかけ、その心を柔らかく向ける。その精神力には恐れ入る。
「……人間に、生まれ変わるなんて思わなかったわ」
「そうだね」
「次は貴方と一緒に、貴方のためだけにと思ったけれど、人間って沢山制約があるのよ。面倒だわ。それに、それほど寿命だってないし」
同じ生き物に生まれ変われば良かったのに。贅沢な願いかもしれないが、そう思ってしまう自分がいる。
なのに、男は言うのだ。優しい声音で、否定よりも肯定を好む。
「それでも人間で良かったと思うよ。例え犬や猫、他のものに生まれ変わっていても絶対に見つけ出したと断言できるが、それでも人間で良かった。同じ言葉を使って意思の疎通ができる。生きる時間も吸血鬼と比べるとちっぽけかもしれないが、それでも生き物としてはそれなりに持ち時間がある方だ」
きっと、一緒に。次は一緒に。
グウェンも今度は一人取り残されることを良しとしないだろう。カミラも、グウェンが何を選択しても止めたりはしない。
「……貴方、もしかしてあれ以来、他の吸血鬼達と一切の交友を断っていたりしない?」
そしてふと思いついて、そう訊ねてみる。
グウェンは曖昧な笑みを浮かべて、肯定も否定も口にはしなかった。けれど、それだけで分かってしまう。
「許せなかったのね」
だってそれは望んだ未来ではなかったから。彼以外の彼をとりまく吸血鬼達は悉くカミラを踏み付けにし、その犠牲の上にのうのうと生き永らえたヤツらだから。
彼らが何かを楽しみ、笑い、未来を得ることを、グウェンは受け入れられなかっただろう。彼にとってそれはカミラが遺したものではなく、カミラを奪ったものとしてしか映らなかったのだろう。
本当に酷いことをした、と痛感する。過去に引き戻されたとしてもきっと同じ選択をしただろけれど、きっともう一度選択するならば、今度はグウェンはどうしたいのかと訊ねただろうに。
けれど、過去をずっと引き摺ってグウェンが孤立しているのは気にかかる。どこかで上手く呑み込めるようにならないだろうか。
何かあった時、頼れる相手は必要だろうとも思う。普段の様子を見ているに、吸血鬼との交流を断った反面、他の種族との交流は広がっているようではあるが。
「例えばもし、私が古代種じゃなくて。あの時病に罹っていて。そうしたら貴方きっと願ったわ。何をしても薬が欲しいって。他に古代種の吸血鬼がいたら、全体のために犠牲になってくれって。きっと思ったわ。違う?」
「…………」
立場が違えば物事の捉え方は反転する。たまたまあの時、二人がとても特殊な立場にいただけ。
あぁ、けれど、今更そんなことを言っても仕方がない。
「…………意地悪なことを言ったわね」
ごめんなさい、と謝る。
「目の前にある事実だけが全てだわ。もしも、なんて想像しても何もならない。貴方がいて、私がいて、私は古代種で、あの時犠牲になる選択をした。沢山の命を救ったという考え方ができれば、他の吸血鬼は私の命を踏み付けにして生き永らえたという見方もできる。貴方にとっては後者の方が近い考えで、貴方が私を失ったことは絶対的な事実」
彼の過ごしてきた長い時間を、カミラは知らない。煮詰まっているだろう感情に、外から手を出そうだなんて傲慢だ。
「カミラ」
触れていた手に、その手が重ねられる。記憶よりもシワが多い手は、自分のものよりずっとずっと大きくて。こんなに大きさに違いがあったものだろうか。
「熱があるのに、そう沢山話していては身体に障る」
腕を布団の中に戻される。頭をひと撫でされる。
「その身体は、それほど丈夫にできていないのだよ」
言われて、思い出す。あぁそうか、この身体はまだ小さいのだ。人間の身体なのだ、と。
「グウェン」
泣きたいような気持になる。何故かは分からない。
実はカミラはこの身体があまり好きではない。生き物として幼いからか、リラの意識がそうさせるのか、コントロールが効かないことが多い。泣いたり、癇癪を起こしたり、本来の自分なら絶対にしないようなことを仕出かす。もっと気高くいたいのに、それを許してくれない。
それは、仕方のないことなのだろうか。こんな自分に、グウェンはがっかりしていないだろうか。
「グウェン、貴方、今幸せ? これで良かった? 私、貴方にちゃんと必要なものを手渡せている?」
貴方の孤独を、埋められている?
「幸せだよ。本当に、心の底から。待っていて良かった。意味のないことなどなかった。報われたのだと、そう感じている」
それなら、良いのだけれど。
もっと言わなければならないことがある気がする。伝えたいことが沢山ある。
けれど熱に思考は溶かされていくし、瞼もどんどん重くなっていく。
「ぐうぇん」
今度は、今度こそは貴方をとびきり幸せにするわ。約束する。
誓いは、きっとちゃんと声にはできなかったはずだ。けれど薄れていく意識の端に、耳に心地良い低温が響いた気がした。
「今も昔も、貴女と共にあることだけが私の幸せの全てだよ、カミラ。――――いや、リラ嬢」




