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3-6 そして夜のうちに混ざり合う




 久々の遠出をしたその夜、リラは熱を出して寝込んでしまった。

 外出に興奮したのか、疲れが溜まってしまったのか。元々、熱は出やすい体質ではあったので、珍しいことではなかったのだが。

 けれどこの屋敷に来てからは、随分と調子良く過ごしていたから、久々の熱は不必要にしんどいという感覚をリラに与えた。



 今日は休日で、熱に気が付いたのは陽が沈んでからだった。近所の所に珂は休診だしひと晩様子を見てみよう、と枕元でグウェンと和馬が話しているのが微かに聞こえた。



 思考が長くは続かない。あのシェパードは、その場で即決はしなかった。ひと晩ふた晩考えてみよう、それでもと思うなら迎えようと話し合ったのだった。

 でも、身体がこんな調子じゃ、まともに考えていられない。

 意識は途切れたり浮上したりを淡いところで繰り返す。



「リラ嬢?」



 夜半、そう呼びかけられた時には頭の中は違和感でいっぱいだった。



 リラ嬢? 誰のことだ、それは。



「しんどいのかね」

 額、頬、顎へと濡れタオルが当てられる感覚がする。この甲斐甲斐しい手はよく知っている。

「リラ嬢」

「その名で呼ばないで」

 口から零れ出た言葉に、どれくらい自分の意思があるのかは分からなかった。勝手に喋っている気もする。



「――――カミラ?」



 少し間を置いて、そっと探り探りといった声音で呼ばれた。

 そう呼びかけられたら、そう、私はカミラよ、そう呼びかけるのが正解でしょと思う自分がいる。でも、それが正解なのかは、すぐにまた分からなくなる。



 ずっとそうだ。心と身体と記憶と知識のバランスがめちゃくちゃで、自分でもどうしようもない。

 自分はカミラであると思うし、だからこそ記憶が戻った時にあれだけ感じていた齟齬を解消できたとそう思ったのに、なのにまだどこか据わりが悪い。リラの意識はカミラの記憶を邪魔だと言う。

 多分本当に小さい頃からよく熱を出していたのは、この二つの意識のせめぎ合いが常に身体の内で起きていたことも原因だと思う。混乱するし、とても消耗する。けれど解消する術はない。



 いつか、折り合いがつくものなのだろうか。どちらかがどちらかの意識を飲み込むのだろうか。それとも、上手く融け合うのか。

 ――――分からない。その時自分は一体何者になるのだろう。“自分”とは一体何を指すのだろう。

 けれど、ひとまず今宵はどうにもカミラの意識の方が勝っているようだった。



「グウェン」

 手を伸ばす。記憶の距離感で伸ばすのに、届いてくれない。察した向こうが屈んでくれて、その頬に指が触れる。

「……随分、おじいちゃんになっちゃったのね」

 びっくりしたのだ。初めてその姿を見た時。それから、本当にどうしようもない男だなぁと思ったのだった。

「馬鹿ね、私の血から作った薬をちゃんと飲まなかったの?」

 そう言ったら、グウェンは困ったように微笑んだ。



 あの時。吸血鬼という種族の中でとある病が深刻に広まったあの時。



「薬が一人分しかなかったら、間違いなく私は貴方に飲ませていたのに」

 薬の精製に必要だったものの一つは、古代種の吸血鬼の血液だった。古くから生きる純潔の古代種はもう少ない。数えるほどしかいなかった。カミラは、その内の一人だった。

「貴女を犠牲にしてまで生き永らえたいとは、欠片も思わなかった」

 そう、一人二人のためではなく、種全体に対して、少なくとも発症してしまった者達にとって薬は必要だった。となれば必要とされる量も必然増える。



 吸血鬼は概ね不老不死だ。けれど、それは完璧なものではない。

 死ぬに至る手段が少ないというだけで、何をしても絶対に死なないという意味ではないのだ。



「幸い私は発症していなかった。予防薬として飲むか飲まないかは、選択の自由があった。だから、選ばなかった。その後も運よく発症はせず、難を逃れることができた。老化の弊害はあったが、それはささいなことだと」



 あの時、はっきりと求められた訳ではなかった。皆、なかなか言い出せなかったのだと思う。

 言える訳がないのだ。カミラはそれだけの地位にいた。畏れ敬われる立場。周りを率いて行く立場。

 けれど時間の問題だったと思う。追い詰められれば、誰かは口にしただろう。命を狙われることになったかもしれない。もちろん、それを返り討ちにするだけの力はあったが、それは問題の解決ではなかった。

 誰に言われたのでもない。様々なことを熟考した上で、結論を出した。良いか悪いかは分からない。けれど、他人に何かを強要される前に自分でケリをつけたかった。



 グウェンは言うだろう。

 周りの誰も口にはしなかったかもしれない。けれど、それだけだ、と。



 口にせずとも伝わるものは伝わる。あの時、カミラの周りを取り巻いていた空気。それだけで十分圧力になったはずだと、強要されたのだと、それは罪だとグウェンは言うだろう。

 確かに、そういう空気がなかった訳ではないのだが。



 グウェンは一度も怒らなかった。少なくともカミラに対しては怒らなかった。けれど。



「……私を恨んでいる? 貴方を置いて逝ってしまった私を。有無を言わさず、決断した私を」





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