3-5 おでかけ
「リラ嬢、コートのボタンは上まで留めて」
赤いワンピースの上に、真白のコートを羽織る。玄関でもこもこしたこれまた白のブーツと格闘していると、グウェンが手を添えてくれた。それだけでするりと足は収まる。
「ほら、マフラー」
奥から追いかけて来た和馬が差し出してきたマフラーは、赤のタータンチェック。ふと見ると和馬は青のタータンチェックで、振り返ればグウェンは緑のタータンチェックだ。示し合わせた訳ではなかったけれど、思わぬお揃いとなっていた。
「ニット帽も被るかね。外は寒いよ」
差し出されたのは頭のてっぺんにぼんぼんの付いた、編み込み模様の入ったニット帽。
「うーん、せいでんきが起こるからいいわ」
少し考えてから、それはお断りする。
「それじゃあ行こうか」
差し出された手は素直に握り返しておいた。
これは致し方ない。子どもの義務というものだ。外には予期せぬ危険が沢山ある。
今現在この身体が人間の子どもである以上、最低限はそれに合わせた生き方をしなければならないと、リラはそう思っている。
「電車、ひさしぶりだわ」
「マジか」
「外出は車を用意するからね」
そう、今日は電車に乗って行くという。
リラはそもそもあまり遠出というものをしないのだが、それでも別に完全に屋敷に引きこもっている訳ではない。ただ、出かける際は近所への散歩か、グウェンが手配した車に乗ることが多かった。
ちなみに運転手はいつも同じで、グウェンの知り合いの猫又だという。とても上手に人間に化けているのだ。
電車は車と違って、あのレールの上を走る感覚が変わっていて面白い。
「それにしても、どこもかしこもかざり立ててるわね」
駅を目指してのんびり歩く。街中はそこかしこに金、赤、緑を中心とした飾り付けがされている。昼間なので電気が点いていないものも多いが、イルミネーションには欠かない。
「もう少しでクリスマスだからだよ」
それは分かっていたが、クリスマスとはここまで盛大に祝うものだっただろうか。街の雰囲気はいつもより浮かれている。
「日本人、イベント事に乗せられやすいからな。全力で愉しむんだよ。自分が信者じゃなくてもな。あれ? 吸血鬼的にクリスマスって、もしかしてご遠慮願いたい系?」
「そんなことはないが」
「嫌ではないけれど、どうでもいいものって感じかしら?」
そう、まるで関心がなかった。
お祈りも七面鳥もサンタクロースとやらも。全ては人間の習慣であるし。
「でもあのツリーはすごいわね」
駅前の広場に据えられた大きなモミの木。沢山の電飾と飾り、てっぺんには星と赤いベルベッドのリボン。
「リボンがかわいいし、きれいだわ」
星の根本で結ばれたリボンはそのままモミの木をぐるりと巻くようになっている。
「リラ嬢は赤が好きだね」
「そうね、いちばん心ひかれるわ」
赤い色は特別綺麗だと思う。眺めているとうっとりしてしまう。だから今日のワンピースも着ているだけで気分が上がっている。
やがて改札に差し掛かる。未就学児のリラは運賃不要だが、和馬が自分の分のICカードを持たせリラにタッチさせた。
身体を持ち上げられてピッとするのはいかにも子ども扱いといった感じだが、目新しい現代の技術を体感する方に興味を持っていかれてついつい乗せられてしまった。
「オレもこういうとこ来るのは久しぶりだなぁ」
やがて三人は目的地に着いた。ずらりと並んだケージの前で和馬は言う。
郊外のショッピングモールに入っているペットショップ。犬に限らず猫、ウサギ、鳥、モルモット等実に様々な種類の動物がいる。
「ここは随分充実してるな。広いし、犬猫だけじゃないし」
「和馬はペットを飼ったことは?」
「それが一度もないんだよな。せいぜい小学校のウサギ当番だったくらいだよ」
壁際に寄ると、ガラスを隔ててくりんとつぶらな瞳と目が合った。
「でもちょっと意外かも。じーさんのことだから、ブリーダーとかからを考えてるのかなって思ったけど」
「色々考えているんだがね。ペットショップは一度に色々な犬種が見られるし、ブリーダーも選択肢には入れているが、譲渡会というものもある。どこで縁があるかは分からないが、こだわらずに色んな場を見て回るのも、経験の一つになるかと思ってね」
グウェンと和馬が頭上であれこれ話しているが、リラの耳にその声はほとんど入って来ていなかった。本で見ているのと実物の威力は全然違う。
「リラ、上は?」
「見る」
そう言えば、ふわりと身体が持ち上がる。和馬の腕の中に落ち着けば、丁度いい具合に上の段のケージに入った子とも目が合った。
チワワ、ミニチュアシュナウザー、フレンチブルドッグ、ダックスフント。ここしばらくで身に付けた知識と答え合わせをしていく。
昔は犬を飼いたいなんて思ったことはなかった。というか、そもそも興味がなかった。でも今のリラは、目の前の仔犬に関心を奪われている。
「和馬、気が付くのが君の良いところだが、リラ嬢の定位置は私の腕の中なのだ」
「じーさん、無理はしない方がいいんじゃないか。腰にクると思うぞ」
「私をそこらの年寄りと一緒にしないでくれ」
夢中で眺めていると、グウェンがまた面倒なことを言い出した。
どちらに抱き上げられようが、あまりリラにこだわりはないと言うのに。そんなことを思っていたら、不意に身体が揺れる。和馬が小さく笑っていた。
「何かおかしいかね」
「いや、二人とも同じようなこと言うな、と思って」
「?」
視線を仔犬から和馬に移す。
「リラは私を子ども扱いしないでってよく言うし、じーさんはじーさん扱いするなって言うし」
「我々は見た目と中身が一致しないからね」
「見た目通りの扱いが必要なことだってあるとも思うけどなぁ」
「和馬、あっち」
考えるように言った和馬の肩をリラは掴んで、話の腰を思い切り折った。
「うん?」
後ろを振り返った拍子に、店内全体を見渡せた。ずらりと顔を並べた仔犬についつい意識を持って行かれたが、それ以外にも見る場所はある。
「あっち、まんなかに囲ってるところがある。あっちに行きたいわ」
「はいはい」
連れて行ってもらった先には、仔犬というには大きすぎる犬がいた。
「シェパードだわ」
「ほう」
サークルの内で大人しくお座りしているその身体は、リラとそう変わりないようにも思える。けれど瞳は理知的で、怖いという印象は抱かなかった。
「かわいい」
「そうだな」
「それに、きっと賢い子だわ」
この大きさになってもまだいるということは、きっと売れ残りなのだろう。紹介シートを見ると、当然生まれてからそこそこ経っていた。若いには若いが、壁際のケース内にいる子よりはきっと不利な状況にいる。
触れてみますか、とても賢い子で噛んだりしませんよ、と店員が近付いて来て勧める。
和馬とグウェンに左右を固められながら、リラはそっとそのシェパードに手を伸ばした。大人しいと言うよりは、こちらを気遣って驚かせないようにその場に留まってくれている感じがした。
「ふぁあ……!」
触れてみて、驚く。
「もふもふ……!」
二度、三度、怖々撫でていると、そっと頭を押し付けられる。もっと撫でてと言われているようで、その様子にますます心がめろめろにされてしまう。
「こちらの大きい子が良いのかね? 仔犬ではなく?」
すっかり意識が目の前の子に集中して、最初に見た仔犬達のことはすっかり隅の方に行っていた。問いかけの内容は、リラにどんな迷いも与えない。
「この子がいいの」
「ふむ」
初めからあまりこだわりがなかった。ピンと来たら、その子がおじいちゃん犬だったとしても構わない。この子と一緒にいたいな、という気持ちが全てだ。
「うーん、決まりかな」
「大分気に入ってるみたいだけど」
「もう少し色々見て回るのもアリだが、こういうのはタイミングだからな。次来た時に、前の子がいる保証はない訳だし。だが……」
「何か問題でも?」
少し渋い声をして、グウェンは至極真面目に和馬に問うた。
「このままだと、私よりあのシェパードにするすりもふもふしてしまうかもしれないことについてはどう思う?」
「心が狭いと思う」
ナイスツッコミである。グウェンは少し構ってちゃんがすぎるのだ。
「一番大切なのは、最後までちゃんとした環境で面倒みれるのかってことだと思うけど、そこをクリアしてるならその次に大切なのはリラの意見なんじゃ?」
和馬という一般的な人間が間にいるからこそ、常識的な毎日がきっと成り立っているんだろうなとリラは思う。きっとグウェンも思っている。
グウェンとリラ二人だけの生活をしていたら、今頃どうなっていただろう?




