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3-1 面倒くさい生き物





 何かを強要されるのは大嫌いだ。



 お腹が空く、というのは今も昔も生き物として当然だけれど、欲求の消化の仕方はよく分からない。

「リ~ラ~」

 今日も今日とて和馬とリラの攻防戦は続いていた。

 食卓に並んだ食パン、ハムエッグ、ミニトマト、ヨーグルト、ココア。

 きっとどれも普通の人間には“美味しそう”なもののはずなのに、リラの食指はピクリとも動かない。むしろ目の前にすると胃の辺りがどんよりした気分になってきて、フォークを持つ気にもならなくなってしまう。

「ほら、まずはココア、液体から」

「…………」

「食パンにはチョコレートクリームを塗ってやろう、そうしよう」

「…………」

 無言の抵抗を貫いていると、せめて何が嫌か言ってくれよと訴えられたので、もそもそとリラは答えてみせた。



「あまいのがいや」



 言うと、えぇ、と困った顔をされる。



「何だかんだ言って子どもは甘いもの好きじゃないのかよ……」

「チョコレートは、ちょっとあますぎるわ。胸にくるかんじがにがて」

「うーん、うーん、アレなんだよなぁ、薄々分かっちゃいるけど、どの方向であっても濃い味が嫌なんだろ」

 悪いなぁという気持ちがリラにだってない訳ではない。

 人間が料理を作る工程にはとっても手間がかかっているのだ。ちょっと血を拝借、と噛み付けば終わりというものではない。栄養バランスとか言って、実に色んな種類のものを食べなくてはならない。本当に、食事というものには労力がかけられている。

 和馬が手を尽くしていることは理解しているから、その点に関してはリラだって罪悪感を抱いたりはする。食材だってもったいないと思う。これまた育てるのにとても手間がかかっているのだから。



 でも、無理なものは無理だ。嫌なものは嫌だ。頭が、心が、胃が拒絶するのだ。

 人間の食べ物は複雑な味がして、種類が多くて、見た目も食感も何もかもが様々で、それに追いつけないのかもしれない。見た瞬間に全部違う、と思ってしまう。



 違う、これじゃない、と。



「リラ嬢」

 向かいの席で新聞に目を通していたグウェンが、こちらを見る。

「どうしても気が向かないかね」

 彼の顔を見ていると不思議な気持ちになる。不思議、というか複雑と言うべきかもしれない。



 安堵、懐かしさ、愛おしさ、違和感、切なくて、少し悲しくて。

 でも、問答無用で全てを預けたくなるような、どうしようもない信頼感。

 色々な感情がごちゃ混ぜになる。



 目に映るその顔は記憶にあるものとは随分違うけれど、でも優しげにこちらを真っ直ぐ見る緑の瞳に変わりはない。あぁ、これはグウェンなのだ、とすぐに納得がいく。



「ヨーグルトをひと口試してみてはどうかい。発酵食品というのは色々と面白いものだよ」

 そう言われて、リラは白い物体に目を落とした。液体と固体の中間のような、トロッとした謎の食べ物だ。牛から取れる牛乳の仲間だと言う。

 発酵食品、という言葉にもあまり馴染みがないが、そう言えばチーズもそれに当たるらしい。

 チーズなら前世でも二三度口にしたことがあるが、同じ乳製品で発酵食品だといのに、見た目も味も全然違う。訳が分からない。

「リラ嬢にはまだ早いかもしれないが、私はこの国に来てから納豆というものにハマってね」

「なっとう?」

 それは知らない食べ物だ。

「大豆という豆を発酵させたもので、独特の匂いと粘り気があって、ぐるぐる掻き混ぜてその粘り気を増してから食すのだが」

「なにそれー……」

 話を聞いていても食欲は湧かない。むしろ減退した。

「まぁ少し独特な食べ物だなぁと、私も始めて見た時は思った。そちらのヨーグルトは、納豆に比べるとクセも少ないのではないかと思うよ。ハチミツなんかをかけても良いらしいが、リラ嬢はあまり甘くすると好みに合わないか」

「…………」

 もう一度、ヨーグルトに目を落とす。無害そうな見た目をしてはいるが。



 白いものって、あんまり食べ物って感じしない。



 例外として最近シチューには抵抗がなくなってきたけれど、そういう風に思ってしまうのは前世の性か。赤ばかり食していたから。

 しかし、あれもこれも手つかずで貫くのは、さすがに和馬に悪い。ひと口くらい、食べてみるべきかもしれない。



「どーぞ、お嬢様」

 リラの葛藤を見抜いたように、和馬がタイミングを見計らってスプーンを差し出してきた。

「っ」

 ひと匙、掬ってみる。匂いを嗅いでみると甘いような気もするが、それこそココアやチョコレートなんかとは全く違う種類の糖度を感じた。

 えい、と勢いよく口に放り込む。味わうという概念はなく、そのままぐっと飲み込んでしまう。なるほど、ヨーグルト、あまり噛むという工程が必要ないところは美点だと思う。



「よし、えらい!」

「ぽんってしないで!」



 頭に触れられた手に、リラはすかさず抗議した。

 食事の度にいちいちぽんぽん触れらえるのは好きではない。というか、気安いにも程がある。

 和馬のことは嫌っていないが、ちょっとレディに対しての対応はなっていないんじゃないかと常々思っているのだ。



 もうひと匙、気力でヨーグルトを掬いながら、リラは胸の内で大きな溜め息を吐く。

 人間って、本当に色々面倒くさい。





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