EP 8
スポンサー様の鉄拳制裁
ポポロ村に赴任して初めての休日。
私は宣言通り、リーザの『マネージャー兼スポンサー』として、村の中央広場に立っていた。
「五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイッ!」
広場の中心で、赤い芋ジャージを着たリーザが、みかん箱(タローマートでもらってきた空き箱)の上に立ち、タローマン製の拡声器を片手に熱唱している。
歌っているのは『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』という、タイトルからして強欲さが滲み出ている自作のコール曲だ。
「銅でもない〜♪ 銀でもない〜♪ 狙い打つのは、真鍮のゴールドぉっ!」
圧倒的な声量と、人魚族特有の透き通るような美しい歌声。
歌っている内容は「お賽銭をよこせ」という身も蓋もないものだが、彼女の底抜けの明るさと、時折見せるウインクの破壊力は凄まじかった。
最初は遠巻きに見ていた農家のおばちゃんや、自警団の若い兵士たちも、少しずつみかん箱の周りに集まり、手拍子を打っている。
「絶対無敵のスパチャアイドル! 五円が積もれば山となる! ハイッ!」
「「ハイッ!」」
いつの間にか、観客たちから合いの手まで起こっていた。
リーザの足元に置かれた手作りのダンボール製『お賽銭箱』には、チャリン、チャリンと、銅貨や銅粒が次々と投げ込まれていく。
すごい。彼女は本当に、歌で人の心(とお金)を惹きつけている。
(……この調子なら、今日の夕飯は塩おにぎりじゃなくて、少しお肉が買えるかもしれない)
私はマネージャーとして腕を組みながら、うんうんと頷いた。
その時だった。
「――おいおい、昼間っからピーチクパーチクうるせえな。頭が痛てえんだよ」
不意に、観客の輪を乱暴に掻き分けて、一人の男が歩み出てきた。
薄汚れた革鎧を着て、腰に無骨な剣を下げたゴロツキ風の男だ。前髪の隙間から覗く目は血走り、見るからに機嫌が悪い。
広場の空気が、一瞬にして凍りついた。
「ここは俺たち『牙狼団』のシマだぜ? みかじめ料も払わねえで、勝手に商売してんじゃねえよ」
「あ、あの……私はただ、歌を……」
「あぁん? アイドルだか何だか知らねえが、底辺のゴミが目障りなんだよ!」
男は言うが早いか、リーザが乗っていたみかん箱を、容赦なく力任せに蹴り飛ばした。
「きゃあっ!?」
足場を失ったリーザが、無防備に地面へと投げ出される。
それと同時に、ダンボールのお賽銭箱もひっくり返り、集まった小銭がチャラチャラと石畳の上に散らばってしまった。
「ああっ……! 私の、私と皆さんの、大切な御縁が……っ!」
地面に転がったリーザは、擦りむいた膝を押さえながら、散らばった小銭をかき集めようと必死に手を伸ばした。
男はそんな彼女を嘲笑うように見下ろし、落ちていた五円玉(銅貨)を、わざと汚いブーツの底で踏み躙った。
「ケッ、ゴミ拾いでもしてろ。次ここで歌いやがったら、顔の形が変わるまで殴ってやるからな」
男が唾を吐き捨てた、その瞬間。
私の中で、何かが『プツン』と音を立てて切れた。
前世で、理不尽な上司に書類を顔に投げつけられた記憶。
女神ルチアナに騙され、借金百万円を背負わされた怒り。
そして何より、たった今、純粋に夢を追いかけている少女の努力を、不条理な暴力で踏みにじられたことへの、抑えきれない憤怒。
「……ちょっとアンタ」
気づけば私は、男の胸ぐらを掴んでいた。
「あァ? なんだテメェ、この女のマネージャーか何か――」
「人が一生懸命やってることを、笑って踏みにじるなァァァッ!!」
バゴォォォォンッ!!
私の右ストレートが、男の顎にクリーンヒットした。
元社畜OLの、スキルも魔法もない、ただの素人のパンチだ。
だが、日々のデスクワークで溜まりに溜まったストレスと、借金への怒りを乗せたフルスイングは、ゴロツキの巨体を大きくよろめかせた。
「ぐはぁっ!?」
男は無様に尻餅をつき、口の端から血を流して目を白黒させた。
周囲の観客たちから「おおっ……」とどよめきが漏れる。
私自身も、殴った右手がジンジンと痺れて痛かったが、顔には一切出さず、鬼の形相で男をねめつけた。
「さっさと失せなさい! 自警団のマンミアさんを呼ぶ前にね! あと、踏んづけた小銭は一枚残らず綺麗に拭いてから返しなさいよ!!」
「ひっ……! 狂ってやがる、このアマ……!」
私のあまりの剣幕に恐れをなしたのか、男は慌てて立ち上がると、「お、覚えてろよ! 後悔させてやるからな!」と三流悪役のテンプレ台詞を吐き捨てて、逃げるように広場から去っていった。
「ふんっ、逃げ足だけは一丁前ね」
私は痛む右手首を振りながら、大きく息を吐き出した。
やってやった。異世界に来て初めて、自分の意思で理不尽に立ち向かったのだ。
「り、リカ様……っ!」
地面に座り込んでいたリーザが、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、私にすがりついてきた。
「リカ様、怖かった……! ごめんなさい、私が調子に乗って歌っていたから……」
「馬鹿ね、リーザは何も悪くないでしょ。怪我はない? ほら、立つよ」
「うわぁぁぁん! 主人公様ぁぁ! スポンサー様ぁぁぁ!」
泥だらけのジャージのまま抱きついてくるリーザの背中を、私は優しくぽんぽんと叩いた。
散らばった小銭は、見ていたおばちゃんたちが「大丈夫かい、お姉ちゃんたち」と言って、一緒に拾い集めてくれた。ポポロ村の人たちは温かい。
「ほら、泣かないの。せっかくのアイドルスマイルが台無しでしょ。次あいつが来たら、また私が殴り飛ばしてやるから」
「はい……っ、はいっ! 私、もっともっと歌って、絶対にトップアイドルになって恩返ししますわ!」
涙と鼻水を拭いながら、力強く頷くリーザ。
私は「次あの子を泣かせたら、ただじゃおかないから!」と、逃げた男の背中が消えた路地の奥を、もう一度キッと睨みつけた。
◆
――その一部始終を、少し離れた食堂『ポポロ亭』の窓際から、じっと見つめている視線があった。
買い出しの準備をしていたダイン・アルシードは、手に持っていた野菜の入ったカゴを下ろし、広場で起きている騒ぎを静かに見守っていた。
野盗やゴロツキに絡まれていたのなら、本来であれば彼が駆けつけて、武力で制圧すべき場面だった。
だが、ダインが動くより早く、リカが前に出たのだ。
『人が一生懸命やってることを、笑って踏みにじるなァァァッ!!』
魔法も、闘気も持たない、か弱い女性。
それなのに彼女は、自分より遥かに大柄な武装した男に向かって、一切の躊躇いもなく拳を振るった。
他人のために、弱者を守るために。
その怒りは、純粋で、どこまでも気高かった。
「……リカさん」
ダインは、無意識のうちに窓ガラスに手を当てていた。
彼自身は、極度の小心者で、争いごとが大嫌いだ。だからこそ、自分の身の危険を顧みずに立ち向かえるリカの強さが、ひどく眩しく見えた。
(あんなに細い腕で……。怪我をしていなくて、よかった)
泣きじゃくるリーザの背中を優しく撫でるリカの横顔は、太陽の光を浴びて、キラキラと輝いているように見えた。
ドクン、ドクンと。
ダインの胸の奥で、今まで感じたことのない、熱くて甘い感情が脈打っている。
「なんて、勇敢で、優しい人なんだろう……」
ダインの困り眉がふにゃりと下がり、その頬は、熱を持ったようにほんのりと赤く染まっていた。
――逃げる男の背中を睨みつける私を、遠くからこんなにも熱く、焦がれるような視線が見つめていることに。
この時の私は、まだ全く気づいていなかった。
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