EP 6
懲役400年の男と、首輪の恐怖
ポポロ村役場での生活が始まって数日。
私はすっかり、異世界の事務員としての日常に順応しつつあった。
「リカちゃん、これ……先月分の農家さんの補助金申請の控えなんだけど……」
「キャルル村長、それは『未決裁ボックス』じゃなくて『不備ありボックス』です! 印鑑……じゃなくて、拇印の漏れがあるので、もう一度差し戻してください。あと、口元に血が滲んでますよ! 拭いて!」
「あわわわ、ご、ごめんなさぁい!」
ウサギ耳をぺたんと垂らして涙目になるキャルル村長に指示を出しながら、私は羽ペンを走らせる。
前村長が残したカオスな書類の山は、私のエクセル的思考に基づく徹底的なファイリングとフォーマット化により、徐々にではあるが『まともな役所の書類』へと姿を変えつつあった。
前世の社畜経験が異世界でここまで役に立つとは、人生何が起こるか分からない。
「ふぅ……よし。これで今日の午前中のタスクは完了、と」
私は伸びをして、凝り固まった肩を回した。
息抜きに、役場の窓辺から外の景色を眺める。
ポポロ村の広場は今日も平和だ。タローマンの袋を提げた農家のおばちゃんが歩き、路地裏ではリーザが野良犬と何かを巡って威嚇し合っている。……あれは見なかったことにしよう。
のどかな昼下がり――のはずだった。
ガシャン、ガシャラッ。
ジャラッ……。
不意に、重々しい金属音が広場の端から響いてきた。
なんだろうと目を凝らすと、十人ほどの集団が、一列に並んで歩いてくるのが見えた。
いや、『歩かされている』という表現が正しい。
彼らの足首には太い鉄の鎖が繋がれており、その周囲を、厳ついドワーフの看守たちが鞭を片手に取り囲んでいる。
「歩け! ドンガン地下大炭鉱のノルマは終わっとらんぞ!」
看守の怒号が響く。
囚人たちだ。
その光景自体もファンタジー世界特有の生々しさがあったが、私の目を釘付けにしたのは、囚人の列の最後尾を歩く一人の男だった。
タローマンで売っているような色褪せた作業ツナギを着た、四十代くらいのおじさん。無精髭を生やし、顔は煤で真っ黒に汚れている。
まるで、日本の工事現場にいそうな雰囲気だ。
だが、彼の首には、他の囚人にはない『異様なもの』が装着されていた。
黒光りする金属製の、ゴツい首輪。
所々に赤い魔力のような光が明滅しており、ただの拘束具ではない不気味さを放っている。
「……エグい光景やろ?」
不意に、背後から声をかけられた。
ビクッとして振り返ると、そこには見慣れない青年が立っていた。
仕立ての良い着流しを粋に着こなし、手には純金製の算盤。
そして何より目を引くのは、頭に生えたピンと立った猫耳と、口元にくわえた細長い煙管だ。
「え、あ、あなたは……?」
「おっと、挨拶が遅れたな。ワテはニャングル。ゴルドスマイル銀行・ポポロ村支店の支店長をやらせてもろてます。キャルルの幼馴染で、この村の財務顧問みたいなもんや」
ニャングルと名乗った猫耳の青年は、コテコテの関西弁で自己紹介をした。
ゴルドスマイル銀行といえば、この村の広場にある一番立派な建物だ。お金を扱うトップが、こんな若くて胡散臭い……いや、猫耳のイケメンだとは。
「リカさん、やな? キャルルから聞いとるで。前村長が残した負の遺産を、たった数日で綺麗に整理しとる『超絶有能な事務官』が入ったってな。ホンマ、助かっとるわ」
「い、いえ、私はただ当たり前の整理をしただけで……」
「その『当たり前』ができる奴が、この世界には少なすぎるんや」
ニャングルはふぅ、と煙管から紫煙を吐き出し、窓の外――重い足取りで歩く囚人の列へと視線を戻した。
「特に、あの首輪巻かれとるオッサンとかな。あれも、リカさんと同じ『転生者』やで」
「えっ!? あの人も、日本から……!?」
「せや。『火原 元』っちゅう名前らしいわ」
ニャングルは算盤の珠をパチパチと弾きながら、火原という男の転落人生を語り始めた。
「あいつはな、神様から『コピー』っちゅうユニークスキルをもろうて転生してきたんや」
「コピー……つまり、何でも複製できるってことですか? それって、すごくチートじゃ……」
「アホ。スキルがチートでも、使う人間の頭がポンコツやったら意味ないねん」
ニャングルは鼻で笑った。
「あいつのコピー能力は、構造を理解してへんモンを複製すると、中身がスッカスカの『劣化版』になる欠陥品やったんや。でもあいつは、調子に乗って武器屋の名剣やら、魔導防護服やらを片っ端からコピーして、露店で安売りしよった」
「それって……」
「せや。一時はボロ儲けしたらしいけどな。あいつの売った『見掛け倒しのパチモノ』のせいで、実戦中に剣が折れたり、防具が貫通したりして、冒険者や警備兵に大怪我する奴が続出したんや」
私は息を呑んだ。
命を預ける道具が不良品だった時の恐ろしさは、想像に難くない。
「結果、ドワーフの鍛冶ギルドやら帝国の内務省やらがブチギレてな。詐欺と過失致死傷で電撃逮捕や。損害賠償額、しめて金貨八千枚――日本円にして、約八千万円やな」
「は、八千万円……!」
「払えるわけないわな。やからあいつは、ドンガン地下大炭鉱の最下層で、懲役四百年の強制労働(奴隷刑)を言い渡されたんや」
ニャングルが煙管の先で、窓の外の火原の首を指し示した。
「あの首輪は『デトネーター・リング』っちゅうてな。脱走したり、看守に逆らったりしたら、魔導火薬が爆発して首が吹っ飛ぶ仕組みになっとる。一生、灼熱の地底でツルハシ振るい続けるだけの人生や」
懲役四百年。
それはつまり、死ぬまで一生、首輪をつけられたまま地獄のような炭鉱で働き続けるということだ。
ゾワリ、と。
全身の産毛が逆立つような悪寒が背筋を駆け上がった。
他人事じゃない。
私だって、女神ルチアナに騙されて『借金九十九万九千円』を背負わされているのだ。
毎月二十七日、六万八千円(年率十五%)の引き落とし。
もし、これを滞納したら。
あの時、スマホのAI『賢者君』が言っていた言葉が脳裏に蘇る。
『支払いが遅延した場合、天界の黒服天使レスラーが取り立てに伺い、シーラン国の「マグローザ漁船」へとドナドナされます』
「……ひっ」
想像してしまった。
屈強な黒服にスーツケースに詰め込まれ、荒れ狂う海の上で、カニに指を挟まれながら一生強制労働させられる自分の姿を。火原のおじさんの首輪が、明日は我が首に巻かれているかもしれない恐怖を。
「……リカさん? どないしたん? 顔真っ青やで」
「な、なんでもありません! ちょっと、借金の取り立てが怖いなって思っただけです!」
「借金? あんた、借金あるんか?」
「は、はい……ちょっと、悪徳女神に騙されまして……約百万ほど……」
私が正直に打ち明けると、ニャングルは少し驚いたように目を丸くし、そして、フッと口角を上げた。
「なんや、嬢ちゃんもワケアリか。けどな、ワテから言わせりゃ、あの火原のオッサンと嬢ちゃんは全く違うで」
「違う……?」
「あいつは、自分の利益のために他人の命を危険に晒した。信用を担保にせえへん商人は、遅かれ早かれ首輪巻かれて穴掘る運命なんや」
ニャングルは算盤を懐にしまい、私を真っ直ぐに見据えた。
その猫目には、金にがめつい商人としての冷徹さと、筋を通す者への敬意が同居していた。
「でも、嬢ちゃんは違う。キャルルのために、この村のために、汗水流して真っ当に帳簿整理しとる。その『信用』は、絶対に嬢ちゃんを裏切らへん。借金百万くらい、真っ当に働けばすぐ返せる額や」
「ニャングルさん……」
「ま、金に困ったらウチの銀行に来ぃや。嬢ちゃんなら、特別金利で融資したるで」
「あ、それは大丈夫です。利子が増えるのはもう懲り懲りなので」
「即答かいな! ワテ、結構ええ事言うたやろ!」
ニャングルがずっこけるのを見て、私は少しだけ笑ってしまった。
強張っていた肩の力が抜ける。
そうか。
私は、あの火原という男みたいに、ズルをして儲けようとしたわけじゃない。ただ、理不尽に借金を背負わされただけだ。
だったら、やるべきことは一つしかない。
前世で培った事務能力をフル活用し、この村で真っ当に働き、お給料をもらって、借金を全額叩き返す!
そして、絶対に、絶対に定時退社して、温かいお布団とダインさんの美味しいご飯を満喫するんだ!
「……借金を返せなきゃ、お嬢ちゃんもあぁなるで」
背中を向けたニャングルが、最後に冗談めかして言った言葉。
その言葉に、私は首筋に冷たい刃を当てられたような悪寒を覚えつつも、力強く頷いた。
「絶対に、定時退社して借金を返します! 黒服天使なんかに、私の人生は渡しませんから!」
決意を新たに、私は再びデスクに向かった。
まずは今月の給料日。そして二十七日の最初の引き落としに向けて。
私の、異世界・限界公務員サバイバルは、まだ始まったばかりだ。
読んでいただきありがとうございます。
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