EP 5
時限切れの無銭飲食と、リキ兄貴の鉄拳制裁
ルナミス帝都、第一歓楽街。
不夜城のごとく魔導ネオンが輝くその一角にある、最高級キャバクラ『ルナティック・バタフライ』のVIPルームは、今夜も一人の「成功者」の熱気に包まれていた。
「あはははっ! さあさあ、ドンペリ……じゃなくて、最高級のエルフワインをどんどん開けちゃってよ! 今夜の会計は全部僕が持つからさ!」
ふかふかのベルベットのソファの中央にふんぞり返っているのは、ポマードで髪をテカテカに撫で付けた青スーツの男――鮫島剛だった。
彼の両脇には、露出度の高いドレスを着た獣人族や魔族の美しいホステスたちがぴたりと寄り添い、鮫島のグラスに次々と高価な酒を注いでいる。
「すごぉい、サメジマさん! こんな高いお酒、ポンポン開けちゃうなんて!」
「サメジマさんって、一体どんなお仕事をされてるんですかぁ?」
ホステスたちに甘い声で持ち上げられ、鮫島の承認欲求は天元突破していた。
ポポロ村の広場で、あの世間知らずのバカなエルフから『純度百パーセントの黄金インゴット(推定十キロ)』を巻き上げてから三日。
帝都に戻った鮫島は、すぐさまインゴットの一部を削って換金しようとしたが、「こんな巨大な金塊、裏ルートじゃないと足がつくぞ」とビビり、まずは金塊そのものを担保に歓楽街で豪遊しまくるという、最高に頭の悪い手段に出ていた。
「僕かい? 僕はね、時代を創るネオ・ITコンサルタントさ。君たちも、夜の世界で消耗してないで、僕の『サロン』に入りなよ。成功のバイブスとマインドセットさえインストールすれば、不労所得でこんな遊び、毎日できるようになるんだぜ?」
中身のない横文字を並べ立ててドヤ顔を決める鮫島。
彼は完全に有頂天だった。
前世では底辺の情報商材屋としてコソコソ生きてきた自分が、異世界では最強のスキル(偽装だが)を持ち、莫大な黄金を手に入れ、こうして美女を侍らせている。
俺は選ばれた人間なんだ。異世界チョロすぎワロタ。
「さあ、そろそろお開きにしようか。ボーイ! お会計!」
鮫島が指を鳴らすと、黒服を着た厳ついオークの店長が、恭しく革張りのバインダーを持ってきた。
「サメジマ様、本日は誠にありがとうございます。お会計、特別サービス料と最高級ワイン十本を含めまして……金貨五百枚(約五百万円)となります」
金貨五百枚。一般庶民の年収を軽く超える暴利である。
だが、鮫島は鼻で笑った。
「ふん、安いもんだ。これで払うから、お釣りは君たちで取っておきな!」
ドンッ!!
鮫島は、足元に置いていたボストンバッグから、眩い光を放つ『純金インゴット』を取り出し、大理石のテーブルの上に叩きつけるように置いた。
重厚な金属音が響き、ホステスたちから「きゃああっ! すごい! 本物の金塊!」と黄色い歓声が上がる。
店長も、その黄金の輝きに息を呑み、鑑定用のモノクル(片眼鏡)を取り出した。
「こ、これは……素晴らしい純度です。間違いなく、金貨数千枚以上の価値が――」
――その時だった。
ルナが善意で生み出した錬金術の黄金。
その効果時間である『三日(七十二時間)』のタイマーが。
今、この瞬間に、ジャスト・ゼロを迎えた。
ピキッ……。
店長がインゴットに手を伸ばそうとした瞬間、黄金の表面にヒビが入った。
そして、キラキラと輝いていた純金のメッキが、まるで乾いた泥が剥がれ落ちるようにパラパラと崩れ去っていく。
あとに残ったのは。
「…………へ?」
鮫島が間抜けな声を漏らす。
テーブルの上にあったのは、数千万円の価値を持つ黄金などではなく。
その辺の道端に転がっている、泥と苔がこびりついた、ただの『薄汚い巨大な石ころ』だった。
シーン……。
VIPルームが、水を打ったような静寂に包まれた。
ホステスたちの笑顔が引きつり、オークの店長の顔からスッと血の気が引いていく。いや、血の気が引いたのではない。極限の怒りでドス黒く変色していったのだ。
「……お客様?」
「え? あ、あれ!? おかしいな、さっきまで確かに純金だったのに! ほ、ほら、照明の加減で石に見えるだけで……!」
「ふざけるなァァァァァッ!!!」
店長の怒号が、キャバクラの店内に轟いた。
「テメェ、金貨五百枚の飲み代を、その辺の石ころで払おうってのか!? 舐めてんのかコラァ!!」
「ひぃっ!? ち、違う! 僕は騙されたんだ! あのバカなエルフ女に!!」
「おい野郎ども! こいつ無銭飲食の詐欺師だ! つまみ出せェ!!」
店長の合図とともに、奥の控室から屈強なミノタウロスや鬼人族の用心棒たちがドカドカと雪崩れ込んできた。
パニックになった鮫島は、恐怖で股間をちびりそうになりながらも、最後の悪あがきに出た。
「く、来るな! 僕に触ると怪我するぞ! 僕のステータスを見ろ!!」
鮫島はユニークスキル『ステータス偽装』をフルパワーで発動させた。
彼の頭上に、魔導の光で巨大なステータス画面が投影される。
【職業:滅竜大魔導士・極】
【HP:99,999 / 攻撃力:99,999】
【称号:神を殺せし者 / 歩く核弾頭】
「ど、どうだ! 僕の戦闘力は九万九千だぞ! 僕が本気を出せば、こんな店一瞬で消し炭に――」
迫り来る用心棒たちが、その異常なステータス数値を見て一瞬「ギクッ」と足を止めた。
どんなに胡散臭くても、システムの文字情報がそう告げている以上、本能的に警戒してしまうのがこの世界に生きる者の性である。
鮫島は「いける!」と確信し、虚勢を張ってガハハと笑おうとした。
「あァ? なんだ、騒がしいな」
その時。
さらに奥の、最も格式高い『ロイヤルVIPルーム』の扉が開き、一人の男がカポカポと足音を立てて出てきた。
いや、その足音は革靴ではない。……便所サンダルだ。
男は、一切の妥協なくポマードでビシッと固められた黄金のリーゼントヘアを揺らし、背中に『第6聖獣 麒麟降臨』というド派手な刺繍が入った金色の光沢ジャージを着ていた。
誰もが息を呑むような超絶美形(国宝級イケメン)でありながら、その全身から漂うのは、路地裏の最強ヤンキーのような圧倒的で凶悪なオーラ。
口には昭和の香りがする煙草をくわえ、紫煙を細く吐き出している。
第六の聖獣・次元超越者――麒麟(陸奥騎麟)、通称『リキ兄貴』である。
「リ、リキの頭! すいやせん、こいつが石ころで無銭飲食かまそうとしやがって……!」
「あ? 石ころだァ?」
オークの店長が即座に直立不動でお辞儀をする。どうやらこの店は、リキ兄貴の舎弟分がケツ持ちをしている店らしい。
リキ兄貴は面倒くさそうに頭を掻きながら、テーブルの上の石ころと、頭上にふざけたステータスを表示している鮫島を見比べた。
「おい、青スーツの唐変木。てめぇ、俺が美味ぇ酒飲んで気分良くサウナの余韻に浸ってるところに、みっともねぇ真似して騒ぎ起こしてんじゃねぇぞ、コラ」
ドスの一番低いところで響く、地を這うようなリキ兄貴の声。
だが、鮫島は完全に相手を見誤っていた。
相手はただのジャージを着たヤンキーだ。自分の『攻撃力99,999』のハッタリを見れば、チンピラなどすぐにビビって逃げ出すに違いないと。
「フン、なんだ田舎のヤンキーか。僕のステータスが見えないのかい? 神を殺せし者の僕にケンカを売るなんて、コンプライアンス的に――」
「ピーチクパーチクうるせぇ口だな。歯ァ食いしばれや」
鮫島がイキり散らして指を突きつけようとした、その瞬間。
リキ兄貴の姿が、フッと空間からブレて消えた。
次元超越移動。
次にリキ兄貴が出現したのは、鮫島の鼻先わずか一センチのゼロ距離だった。
「ひっ!?」
鮫島の顔面が引き攣る。
リキ兄貴の右拳――そこに嵌められたメリケンサックが、バチバチと紫銀色の極大の電撃(無次元の聖雷)を纏い、空気を焼き焦がす音を立てていた。
「ステータスがなんだって? 男なら、四の五の言わずに拳で語れや!!」
ドッバァァァァァァァァァンッッ!!!
リキ兄貴の『聖雷・鉄拳制裁』が、鮫島の顔面にクリーンヒットした。
【HP:99,999】の文字など、ただの空中のホログラムに過ぎない。鮫島の実態は、スライムにぶつかっただけで骨折する運動不足の三十五歳である。
物理・魔法耐性をすべて無視する神をも穿つ雷光が、鮫島の全身の細胞を駆け抜けた。
「あばばばばばばばばばばばッ!?」
凄まじい雷鳴と閃光がキャバクラの中に弾け飛び、鮫島の体は完全に宙に浮き上がった。
青スーツは一瞬で黒焦げになり、テカテカの七三分けはアフロヘアーのように爆発。
そのまま鮫島の体は、キャバクラの分厚いマホガニーの扉をぶち破り、帝都の路上へとロケットのように吹き飛んでいった。
ズッシャァァァァ……!!
路上を数十メートル転がり、ようやくゴミ捨て場の前で停止する鮫島。
口から黒い煙を吐き、全身の骨が悲鳴を上げている。ステータス偽装の効果も切れ、頭上には情けない【HP:1(瀕死)】の文字が点滅していた。
「チッ。威勢がいいのは数字だけか。くだらねぇ」
ぶち破られた店の入り口から、サンダルを履いたリキ兄貴が顔を出し、呆れたように煙草の灰を落とした。
そして「おい店長、あいつの身柄は借金取り(ゴルド商会)にでも売り飛ばしとけ。俺は飲み直すわ」と言い残し、悠然とVIPルームへと戻っていった。
「うぅぅ……あ、あ、ああ……」
裏路地のゴミ溜めの中で、顔面を陥没させた鮫島は、痛みに涙と鼻水を垂らしながら身をよじった。
手に入れたはずの数千万の黄金は消え、無銭飲食で裏社会に目をつけられ、すべてを失った。
「許さねぇ……! あのバカなエルフ女……! 絶対に……絶対にタダじゃおかねぇ……ッ!」
鮫島の濁った瞳に、逆恨みという名のドス黒い炎が宿る。
彼は血反吐を吐きながら、自分を騙した(と勝手に思い込んでいる)あのエルフの女がいるであろう方向――辺境の『ポポロ村』へと向けて、ボロ雑巾のように地を這い始めた。
だが、彼はまだ気づいていなかった。
ポポロ村に向かえば、このヤンキーの鉄拳など可愛く思えるほどの、さらなる地獄(物理と重火器)が待ち受けているということに。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




