EP 3
初任給25万円と、ポポロ・コーポB302号室
スポンサー様と私を崇める赤ジャージの地下アイドル・リーザを足元に引きずりながら、私はダインさんの案内で森を抜けた。
「あの……重くないですか? 僕が背負いましょうか?」
「大丈夫です。這ってでもついていきますから! スポンサー様の足首は、私の命綱ですの!」
「いや、歩けるなら自分の足で歩いて! 怖いから!」
ズサザーッ、と土に引きずられるリーザをペシペシと叩きながら歩くこと数十分。
木々が開けた先に、煌々と明かりが灯る集落が見えてきた。
「着きましたよ。ここが僕たちの住む、ポポロ村です」
ダインさんが微笑みながら指差した先を見て、私は思わず目を瞬かせた。
ファンタジー世界の村といえば、藁葺き屋根の家や、薄暗いランプの灯りを想像していた。
だが、私の目に飛び込んできたのは、やけに見覚えのある原色の看板たちだった。
『24H営業 ファミリーレストラン ルナミスキング』
『コンビニエンスストア タローソン』
『魔導工具から安全靴まで! ホームセンター タローマン』
「えっ……ファミレス!? コンビニ!? なんで異世界に地球のチェーン店みたいなのがあるの!?」
「ああ、ルナミス帝国やこの辺りの文化は、百年前に建国した初代皇帝様がもたらした『概念』で発展したそうですよ。とても便利ですよね」
ダインさんはにこやかに答えるが、私の頭は混乱の極みだった。
聞けば、転生者である初代皇帝が『100円ショップの概念』という謎スキルで近代化を推し進めた結果、このようなハイブリッド・ファンタジー世界が完成したらしい。
(……マグローザ漁船とかいうカオスな借金取りがいる時点で薄々勘付いてたけど、この世界、ファンタジーと近代文明がごった煮になってるんだわ)
驚きつつも、コンビニやファミレスがあることに現代人の私は強烈な安心感を覚えていた。これなら、異世界でもなんとか生きていけそうだ。
「リカさん、これからどうしますか? もし行く当てがないのなら、村役場に行ってみるといいかもしれません。今は人手不足で、常に働き手を募集していますから」
「役場……! 行きます! 私、仕事を探さないといけないんです!」
借金百万円を返すためには、一刻も早く安定した収入源を確保しなければならない。
私の鼻息の荒さにダインさんは少し驚いたようだったが、「では、案内しますね」と優しく先導してくれた。
◆
深夜だというのに、ポポロ村役場の窓には煌々と明かりが点いていた。
「村長。夜分遅くにすみません、ダインです。仕事を探している方をお連れしました」
ダインさんが控えめにドアをノックして中に入ると、そこは、元社畜の私が見慣れた『地獄の光景』だった。
部屋中を埋め尽くす羊皮紙やバインダーの山。乱雑に積まれた書類の塔が、ジェンガのように今にも崩れそうになっている。
その書類の山の奥から、「ううぅ……」という呻き声と共に、フラフラと立ち上がった影があった。
「ダイン君……? ごめんね、今、ちょっと……決裁の手が離せなくて……」
現れたのは、白銀の長髪に愛らしい兎の耳を生やした美少女だった。
年齢は私より少し下、二十歳くらいだろうか。ラフなパーカー姿だが、その顔色は土気色を通り越して真っ青だった。目の下には、私に負けないくらい立派なクマができている。
「キャルル村長、また徹夜ですか!? 顔色が最悪ですよ! もう休んでください!」
「だ、大丈夫……。前村長が資金を持ち逃げしたせいで、帳簿がメチャクチャで……税の計算と、自警団の弾薬の発注を明日までにやらないと……ゴホッ!」
吐血した!?
可愛い兎耳の村長さんが、口元を押さえて鮮血を吐き出している! 限界を通り越して命の危機だ!
「いや休んで! 死にますよ!?」
「でも……この計算を終わらせないと、村の予算が……っ」
震える手で羽根ペンを握ろうとするキャルル村長。
その痛々しい姿を見た瞬間、私の中に眠る『総務課事務員』としての血が騒いだ。
こんな非効率な作業環境、見過ごせるわけがない!
「ちょっと失礼します! そこの書類、貸してください!」
「えっ? わわっ!」
私はキャルル村長の手から書類をひったくると、机の上の山を猛スピードで仕分け始めた。
「まず、これは領収書! こっちは稟議書! 混ざってるから探すのに時間がかかるんです! 月別に分けて、項目ごとにインデックスを作ります。こっちの税金計算、手計算でやってるんですか!? このフォーマットなら、表にして一括で計算した方が早いです!」
「えっ、あ、はいっ……!?」
「ダインさん、そこのバインダーの束をアルファベット順に並べてください! リーザ、あなた暇でしょ、この紙の端と端を揃えてホッチキス……じゃなかった、クリップで留めて!」
怒涛の指示出し。
前世で、無能な上司のケツ拭きを一人でこなしてきた私の事務処理能力が、異世界の役場に火を吹いた。
私は残高千円のスマホの電卓アプリを起動し、超高速で税の計算を叩き出していく。
「――はい! 今月分の帳簿の整合性、取れました! 弾薬の発注書も作成済みです! 決裁印をお願いします!」
わずか一時間後。
カオスだった村長室の机は、ピカピカに整理整頓され、すべての書類が美しくファイリングされていた。
「…………」
キャルル村長は、ぽかんと口を開けたまま、私の作った完璧な帳簿を見つめていた。
やがて、その大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「す、すごいです……! 私が三日三晩徹夜しても終わらなかった作業が、たった一時間で……っ!」
「事務仕事の基本は、いかに探す時間を減らし、フォーマットを統一するかです。あとは気合とエクセル的思考があればなんとかなります」
「エクセル……? よくわかりませんが、リカさんと言いましたね! あなた、神様ですか!?」
「いえ、元社畜です」
「あなたを、ぜひ我がポポロ村の役場に採用させてください! お願いします!」
キャルル村長は、私の両手をがっしりと握りしめた。
「前村長が逃げてから、事務方が私一人しかいなくてパンク寸前だったんです! 初任給、手取りで二十五万円出します! 危険手当もつけますし、残業代もフルで出しますから!」
「手取り二十五万!?」
私は目を見開いた。
スマホの借金の引き落としは、月に六万八千円。手取り二十五万あれば、生活費を引いても十分に返済していける額だ!
それに、残業代がフルで出るなんて、前世のブラック企業では考えられない好待遇である。
「やります! ぜひ働かせてください!」
「ありがとうございますっ! 明日から、よろしくお願いしますね!」
私たちは固い握手を交わした。
こうして、異世界転生初日、私は無事に『ポポロ村役場職員』という安定した公務員の座をゲットしたのである。
◆
その後、キャルル村長の手配で、私は村が管理するアパートに入居することになった。
『ポポロ・コーポ』という木造三階建ての物件で、家賃は光熱費込みで月三万円という破格の安さだ。
「ここが、リカさんの部屋になる『B302号室』です。女子寮の棟なので安心ですよ」
案内してくれたダインさんが、鍵を渡してくれた。
「ありがとうございます、ダインさん。今夜は助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いえ、お気になさらず。……あの、リカさん」
ダインさんは、ふと困ったような眉を下げて、私の顔をじっと見つめた。
「もし、何か困ったことや、怖いことがあったら……広場の『ポポロ亭』という食堂にいますから、いつでも僕を呼んでくださいね。走って駆けつけますから」
「えっ……」
「では、おやすみなさい。明日からの役場のお仕事、応援しています」
ダインさんは柔らかく微笑むと、控えめに手を振って帰っていった。
その背中を見送りながら、私はドキンと跳ねた心臓を押さえた。
(……なんなの、あの人。普段はあんなに優しくてオドオドしてるのに、いざという時は素手で剣を握り潰すくらい強いなんて。過保護でカッコいいとか、反則でしょ……)
頬の熱を冷ましながら、私はガチャリとドアの鍵を開けた。
1LDKの部屋は質素だが、一人で暮らすには十分な広さだ。ベッドにはタローマンで買ったらしき、ふかふかの布団が敷かれている。
『ブルルルルッ……ドゴォォン!』
「ひっ!?」
ふいに、隣の部屋(301号室)から、馬が嘶くような声と、壁を蹴り破るような凄まじい衝撃音が響いた。木造の壁がミシミシと軋む。
(な、何!? 隣に馬でも住んでるの!? 壁薄すぎない!?)
一瞬ヒヤリとしたが、まあ、家賃三万円なら文句は言えない。
私は気を取り直し、残高千円のスマホをテーブルに置くと、そのままふかふかの布団に勢いよくダイブした。
「ああぁ〜……天国……」
色々と濃すぎる一日だった。
謎の女神に借金百万円を押し付けられ、野盗に襲われ、最強の料理人に助けられ、限界村長を救済し、就職先を決めた。
借金の不安はあるけれど、ダインさんやキャルル村長といった優しい人たちに出会えた。この村なら、きっちり定時退社して、平穏なスローライフを送れるかもしれない。
「明日から、頑張ろっと……」
心地よい疲労感に包まれ、眠りに落ちそうになった、その時。
――ピチャ……、ピチャッ……。
静かな部屋に、不審な水音が響いた。
音の出処は、どうやらお風呂場らしい。
「え……?」
私は跳ね起きた。
部屋の鍵はしっかり閉めたはずだ。まだ水道の蛇口もひねっていないのに、なぜ水音がするのか。
恐る恐るベッドから降り、お風呂場のドアノブに手をかける。
息を呑んでドアを薄く開けると――暗闇の浴室の中に、見知らぬ人影がうずくまっていた。
読んでいただきありがとうございます。
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