EP 3
情報商材屋の誤算と、3日間の時限爆弾
ポポロ村は、交通の要衝である。帝国、獣人王国、魔皇国を繋ぐ緩衝地帯という立地ゆえに、様々な種族や商人、冒険者たちが日々この村を行き交っていた。
それはつまり、「金と欲望」の匂いを嗅ぎつけるハエのような輩が集まりやすい場所でもあるということだ。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! そこを行く駆け出しの冒険者諸君! まだ危険なゴブリン狩りで日銭を稼いで消耗してるのかい?」
村のメインストリートから一本外れた広場で、胡散臭い男が声を張り上げていた。
ポマードでテカテカに撫で付けた七三分け、薄っぺらい銀縁メガネ。無駄に光沢のあるポリエステル100%の青スーツに、先端が尖った安物の革靴。手首には露骨に色が剥げかけた『金メッキの高級風腕時計』がギラギラと太陽光を反射している。
「スキルが弱いんじゃない、君たちの『マインドセット』がバグってるんだよ! この『サメジマ・アドベンチャー・サロン』に入会すれば、誰でも初月で金貨百枚! 自由な不労所得ダンジョンハック術を伝授してあげるよ!」
男の名は鮫島 剛。
前世は悪徳情報商材屋、異世界に転生してからは自称「ネオ・ITベンチャー起業家兼Webマーケティングコンサルタント」を名乗る、詐欺師の親玉である。
彼の周りには、「誰でも月収金貨百枚」という甘い言葉に釣られた、数人の若く純朴そうな冒険者たちが集まっていた。
「へ、へえ……金貨百枚? それって本当ですか?」
「もちろん! 僕はね、SSSランクの冒険者であり、総資産は金貨百万枚を超えているんだ。ほら、僕のステータス画面を見てごらん」
鮫島が胸を張って見せた魔導端末の画面には、確かに『職業:滅竜大魔導士 / HP:99,999 / 称号:神童』といった、到底人間業とは思えない最強のステータスが羅列されていた。
当然、これは彼のユニークスキル『ステータス偽装』によるただの「文字の書き換え」である。実際はスライムに体当たりされただけで骨折するほどの紙装甲なのだが、情報弱者の若者たちは「すげぇ!」と目を輝かせて完全に信じ込んでいる。
「成功者のバイブスを感じろ! 迷う時間はコストだよ? 入会金はたったの金貨十枚! 今すぐサインしなよ!」
「き、金貨十枚……。分かりました、お願いします!」
「僕も!」
鮫島は、次々と契約書にサインする若者たちから入会金を巻き上げながら、内心で「ギャハハ! 異世界チョロすぎ、情弱狩り放題じゃん!」と高笑いしていた。
――そんな彼の視界の端に、とんでもない「獲物」が映り込んだ。
(ん……? なんだあの女)
広場の隅を、一人のエルフの少女が歩いていた。
透き通るような白銀の髪に、明らかに国家予算レベルの金がかかっているであろうパステルグリーンの特注ドレス。手には神々しい光を放つ巨大な杖を持っている。
彼女は周囲の露店を珍しそうにキョロキョロと見渡しており、その様子は完全に「世間知らずのお金持ちのお嬢様」そのものだった。
(ビンゴだ! あの服の生地、あの杖の細工……間違いない、どこかの国の超絶VIPか大貴族の娘だ! これはデカいシノギになるぞ!)
鮫島は若者たちを「テキストを読んでおくように」と適当にあしらうと、顔面全体に薄っぺらい営業スマイルを貼り付けて、エルフの少女――ルナ・シンフォニアへと足早に近づいていった。
「おや、そこの麗しいお嬢様! もしかして道に迷われましたか?」
「あら? あなたは……?」
「僕は鮫島。世界を飛び回るビジネス・コンサルタントさ。お嬢様は、何か特別な『出会い』を求めているようなオーラを感じるね」
ルナは足を止め、小首を傾げた。
鮫島の胡散臭い青スーツとポマードの臭いにも、彼女は一切の警戒心を見せず、ふわりと慈愛に満ちた笑顔を向けた。
「まあ、ビジネスのコンサルタント様なのですね。私、お友達を探しているのですけれど、この村は少し道が複雑で……。何か特別なもの、ですの?」
「その通り! 僕のサロンでしか手に入らない、最高に特別なアイテムがあるんだ」
鮫島は懐から、一本の古い『掛け軸』を取り出して広げて見せた。
そこには、達筆な字で『感謝』『行動』『マインドセット』といった、前世の自己啓発セミナーで使い古されたようなペラペラの精神論が並んでいるだけだった。
「これを持てば年収金貨百枚! 成功者のマインドセットが宿る、古代魔導帝国から伝わる伝説の掛け軸さ。これを持っているだけで、迷いも悩みもすべて消え去り、最高の人生が約束されるんだよ。……君のような高貴なお嬢様にこそ、ふさわしい逸品だ」
「伝説の掛け軸……! 悩みも迷いも消え去るのですね!」
ルナの瞳が、パァァッと輝いた。
「ええ! 本当なら金貨二百枚は下らない国宝級のアイテムなんだけど……今日は特別だ。君のような未来のオピニオンリーダーに出会えた記念に、たったの金貨五十枚で譲ってあげるよ!」
「金貨五十枚……。まあ、そんなにお安くしていただけるなんて、なんて親切な方なのでしょう!」
チョロい。圧倒的にチョロい。
鮫島は内心でガッツポーズを決めた。
「でも、私、今は手持ちのお金がございませんの」
「えっ?」
「ですから、少しだけお待ちいただけますか?」
ルナはそう言うと、足元に転がっていた『大根ほどの大きさの石ころ』を両手で拾い上げた。
そして、持っていた杖の先端で、コツン、とその石を叩く。
ピキィィィィンッ!!
まばゆい光が広場を包み込んだかと思うと、鮫島の目の前で、薄汚い石ころが、一瞬にして眩い輝きを放つ『超高純度の純金インゴット(推定十キロ)』へと姿を変えた。
「「「…………は?」」」
鮫島は、自分の目を疑った。
魔法で物質を変化させることはこの世界でも珍しくないが、これほど巨大な質量を、一瞬で、しかも完全な『黄金』に作り変えるなど、帝国筆頭の錬金術師でも不可能な神業だ。
「さあ、こちらが代金ですわ。金貨五十枚には少しおつりが来るかもしれませんが、親切にしていただいたお礼です。全部お受け取りくださいな♡」
ルナは、ずしりと重い純金の塊を、鮫島の胸に無造作に押し付けた。
「お、おおお……っ!? お、重い! ま、本物の金だ……!!」
鮫島は、よろめきながらも純金のインゴットを抱きしめた。
その重み、冷たさ、輝き。鑑定スキルなど使わなくてもわかる。これは正真正銘、純度百パーセントの黄金だ。日本円にして数千万円、いや億を下らない価値がある。
(ギャハハハハハ!! 大当たりだ!! あの女、石ころを金に変えるバグみたいな能力持ってやがる! それにしても、こんなペラペラの掛け軸に純金十キロ払うなんて、本物のバカだ! 情弱の金持ち最高ぉぉ!!)
鮫島は、歓喜のあまり震える口元を必死に抑え込んだ。
「あ、ありがとうございます、お嬢様! この掛け軸は君のものだ! どうか、最高の人生を歩んでくれたまえ!」
「ええ、大切に飾らせていただきますわ♡ さようなら、親切な青い服のコンサルタント様」
ルナが優雅にお辞儀をして去っていくのを見届けるや否や、鮫島はインゴットをボストンバッグにねじ込み、広場から脱兎のごとく駆け出した。
「やったぜ! これだけあれば、帝都の歓楽街で一生遊んで暮らせる! もうあんなガキ相手にチマチマ小銭稼ぐ必要もねぇ! さらばだポポロ村、俺は真の成功者になるんだァ!」
鮫島は、ほくほく顔で帝都へ向かう魔導定期バスの乗り場へと向かっていった。
彼が背負うバッグの中で、黄金のインゴットが鈍い光を放っている。
――しかし。
浮かれきっている鮫島は、一つだけ重大な事実を知らなかった。
彼が相手にしたのは「世間知らずのお嬢様」ではなく、世界を滅ぼしかけた「天然の破壊神」であったこと。
そして、ルナが錬金術で生み出したその黄金が、**『三日(七十二時間)経過すると、ただの薄汚い石ころに戻る最悪の時限爆弾』**であるという事実を。
チクタク、チクタク。
ほくほく顔で去っていく詐欺師の背中で、彼が手にした黄金のタイマーは、すでに破滅へのカウントダウンを静かに刻み始めていたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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