EP 2
世界一周ゲームと、リアル貧乏神の押し付け合い
ポポロ村の村長宅。
普段は公務に追われて過労で血を吐いている限界ウサギ耳村長・キャルルの家は、今日に限って言えば、帝都の場末のギャンブル場のような殺伐とした空気に包まれていた。
「ああっ! 私の……私が汗水垂らして買い占めた『帝都タピオカミルクティー屋』が……勝手に売られていきますわぁぁ!」
「ギャハハハハ! 貧乏魚ちゃん、ゲームの中でも極貧じゃん! サイコロの目も運も最悪〜!」
広々としたリビングの中央。魔導スクリーンに映し出されているのは、ルナミス帝国で大流行している国民的ボードゲーム『梅太郎伝説DX〜世界一周電車旅〜』のプレイ画面だった。
サイコロを振ってマンルシア大陸の各都市を巡り、物件を買い占めて総資産を競うという平和なルールのゲームだが、このゲームには一つ、恐ろしいシステムが存在する。
誰かが目的地に到着した際、一番遠くにいたプレイヤーには『貧乏神』が憑りつき、毎ターン容赦なく物件を売り飛ばし、借金を背負わせてくるのだ。
「キィィィィッ! 許しませんわこの手羽先女! 次のターン、特急サイコロを三つ振って、絶対にあなたにこの貧乏神を擦り付けてやりますの!!」
「やれるもんならやってみなよ〜! キュララちゃんは『防衛カード』持ってるもんね〜♡ キャルルちゃん、悪いけどそっちに行くね!」
「ヒィッ!? 私のほうに来ないでよ! 私はただ、平和にポポロ村の農業物件だけを買ってターンエンドしたいだけなのに!」
画面の中で、リーザの赤いコマにへばりついている醜悪な貧乏神が、キュララのコマへ、そしてキャルルのコマへと、激しい擦り付け合いの対象になっていた。
半額もやし生活の鬱憤をゲームの総資産で晴らそうとするリーザ、他人の不幸で白米が三杯食えるキュララ、そしてとばっちりで物件を焼かれるキャルル。
まさに、女たちの醜い業と欲望が煮詰まった地獄絵図である。
ガチャリ。
三人がコントローラーを握りしめ、血走った目で画面を睨みつけていた、まさにその時だった。
村長宅のリビングのドアが、ノックもなしに静かに開いた。
「ごきげんよう、皆様♡ 相変わらず、仲良く遊んでいらっしゃいますのね」
鈴を転がすような、どこまでも甘く、おっとりとした声。
そして、むせ返るような芳醇な花の香りが、部屋の中にフワリと漂い込んできた。
ピタッ。
キャルル、リーザ、キュララの三人の動きが、文字通り完全に停止した。
魔導スクリーンから流れる「貧乏神が悪さをしています!」というコミカルなBGMだけが、虚しくリビングに響き渡る。
三人は、油を差していないブリキのおもちゃのように、ギギギ……と首をドアのほうへと向けた。
そこに立っていたのは、最高級のパステルグリーンのドレスを纏い、巨大な世界樹の杖を抱えた白銀髪のエルフ――ルナ・シンフォニアだった。
「お久しぶりですぅ♡ キャルル様、リーザ様、キュララ様。帝都のファミレスでお茶をして以来ですわね。皆様に会いたくて、ポポロ村まで遊びに来てしまいましたの」
「「「…………ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」」」
三人の絶叫が、村長宅の窓ガラスをビリビリと震わせた。
キュララの顔からは配信者としての余裕が消え失せ、キャルルのウサギ耳は恐怖でペタリと頭に張り付き、リーザに至ってはコントローラーを取り落として後ずさりしている。
「ル、ルナぁぁ!? なんであなたがこんな辺境の村にいるのよ!」
「帝都から来るなら事前に魔法通信石で連絡しなさいよ! 逃げる準備ができないじゃない!」
「リーザ様、フルーツバスケットの賄賂でコーポの合鍵渡したのあんたでしょ!? 責任取りなさいよ!」
パニックに陥る三人。
それもそのはずである。彼女たちは、ルナミス帝国時代からルナの規格外のヤバさを骨の髄まで味わってきた被害者同盟なのだ。
子供が寒いと言えば森へ火炎龍を撃ち込み、道路が汚いと言えば巨大ゴーレムを出して陥没させる。善意100%で災害を引き起こす、歩く大天災。
それが、ルナ・シンフォニアというエルフの本性であった。
「まあまあ、皆様ったらそんなに喜んでくださるなんて。私も嬉しいですわ♡」
三人の恐怖の絶叫を「熱烈な歓迎」と脳内変換したルナは、ふわりと微笑みながらこたつに近づいてきた。
そして、魔導スクリーンの画面を覗き込み、小首を傾げる。
「皆様、ゲームの中とはいえ、随分とお金にお困りのご様子でしたわね。『貧乏神』というのも、大変そうですわ」
「……え、ええ。まあ、ゲームのシステムだからね」
「ふふっ。でも、安心してくださいな。皆様がそこまでお金を必要としているのでしたら……私、とっても良い解決策を思いつきましたの♡」
ルナが胸の前で両手を合わせ、天使のような……いや、本物の天使が震え上がるほどの、完璧な慈愛の笑顔を浮かべた。
嫌な予感しかしない。三人の背筋に、極寒の吹雪のような悪寒が走る。
「皆様の、腎臓を売りましょう!」
「「「…………はい?」」」
「私が聞いたところによると、闇市場では健康な臓器が高値で取引されているそうですわ! ですから、皆様に片方ずつ腎臓を提供していただき、私がすぐに世界樹の神聖魔法で『再生』させますの!」
ルナは、まるで「みんなでクッキーを焼きましょう」とでも言うようなテンションで、とんでもない提案を口走り始めた。
「もちろん、再生したそばからもう一度摘出すれば、無限に売却できますわよ! これで皆様も、ゲームの中だけでなく、現実でも大金持ちになれますわ♡ さあ、手術の準備をしますから、そこのテーブルの上に横になってくださいな」
「ヒィィィィィィッ!! コンプラ違反! 完全にアカウントBAN対象だよ! 配信乗せたら一発でチャンネル吹っ飛ぶわ!」
キュララが顔面を蒼白にして後退る。
「何が無限に売却ですの! 痛いのは私達じゃありませんの! 完全に闇の臓器ブローカーの思考ですわ!」
「ひ、ひぃぃぃ……っ! だからルナを入村させちゃダメだって言ったのにぃぃ!」
圧倒的な『純粋な狂気』を前に、ゲームの貧乏神など児戯に等しかった。
ルナは杖を構え、先端からポワァァ……と、癒やし(再生用)の神聖な緑色の光を放ち始めている。
「さあさあ、遠慮なさらないで。誰からになさいます? 痛みは一瞬ですわよ♡」
じりじり、と距離を詰めてくる天然のサイコパス。
このままでは、麻酔なしで生きたまま臓器を摘出され、回復魔法で治されてはまた摘出されるという、無間地獄の錬金術の素材にされてしまう。
極限状態に追い詰められた時、人間の……いや、種族の醜い生存本能が牙を剥いた。
「ル、ルナ! 腎臓を売るなら、この泥棒猫の手羽先天使になさい!」
「はぁっ!? なんで私よ!」
リーザが、隣にいたキュララを力いっぱいルナのほうへ突き飛ばした。
「天使族の臓器なんて、闇市場のコレクターが喉から手が出るほど欲しがる超絶レアアイテムですわ! きっと私の人魚の腎臓の百倍は高く売れますの!」
「ふざけんじゃないわよ! 天使の腎臓なんて売ったら天界の監査が入るわよ! それに、レア度で言ったらリーザのほうが上じゃない! 腎臓売るなら、この寄生魚にしなさいよ!」
キュララがリーザの芋ジャージの襟首を掴み、ルナの前に引きずり出そうとする。
「ちょっと二人とも! 私の家で醜い言い争いやめてよ!」
「「キャルルは黙ってて(ですわ)!!」」
キャルルが仲裁に入ろうとした瞬間、リーザとキュララの矛先が、一斉にウサギ耳の村長へと向けられた。
「そもそも、キャルルちゃんは月兎族の村長なんだから、村の財政のために率先して身を削るべきでしょ! ほら、この暴力兎の腎臓を使いなよ!」
「そうですわ! 月兎族の回復力なら、ルナの魔法を使わなくても勝手に腎臓が生えてくるかもしれませんの! コストゼロですわ!」
「なっ……! 生えてくるわけないでしょ! 私の腎臓なんてウサギサイズだから高く売れないわよ! 無理無理無理!」
ゲームの中で貧乏神をなすりつけ合っていた三人は、今、現実世界で『天然の破壊神への生贄』を擦り付け合う、血で血を洗う修羅場を展開していた。
友情など、わずか一秒で消し飛んだ。あるのは「自分だけは助かりたい」という剥き出しのエゴイズムだけである。
「まあまあ……皆様、お互いに譲り合うなんて、本当に素晴らしい友情ですわね♡」
ルナは、三人の醜い責任転嫁の争いを、両手を頬に当てて感動の眼差しで見つめていた。彼女の目には、この地獄絵図が「私が私がと遠慮し合う、美しい自己犠牲の精神」に変換されているらしい。
「私、感動いたしましたわ。誰から選ぶか迷ってしまいますけれど……ふふっ、それでは公平に『じゃんけん』で決めましょうか♡ さあ、最初はグー!」
無邪気に右手を掲げるルナ。
その神々しい笑顔の裏に隠された、臓器摘出への並々ならぬモチベーション。
「「「…………終わった」」」
キャルル、リーザ、キュララの三人は、もはや逃げ場がないことを悟り、絶望に打ちひしがれた顔で力なく右手を上げた。
ポポロ村の休日は、やはり一筋縄ではいかない。
押し寄せる「善意の臓器売買」の恐怖から、果たして三人の腎臓は無事に生き残ることができるのか。
村長宅には、ゲームの呑気なBGMと、命を懸けたじゃんけんの掛け声だけが、いつまでも虚しく響き渡っていたのだった。
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