第三章 天然破壊神の降臨と、情報商材屋の爆死
天然破壊神の迷子と、怪しすぎる黄金
ポポロ村の午後は、基本的にのどかだ。
村の中心を通るメインストリートには、香ばしく焙煎されたポポロ・コーヒーの匂いと、大人の嗜好品であるポポロシガーの甘い煙の香りがふわりと漂っている。畑の方に目をやれば、農家のおじさんが「ギャーギャー」と騒ぐ人参マンドラと追いかけっこをしているし、荷馬車を引くジオ・リザードがのんびりとあくびをしている。
そんな平和な風景の中を、私、ポポロ村役場・総務課の秋野リカは、片手にバインダーを抱えながら歩いていた。
本日の業務は、村の特産品である『月見大根』の収穫量チェックと、農業ギルドへの書類提出である。
午前中のデスクワークを完璧にこなし、午後の外回りも順調。私の首から下げた『エンジェルすまーとふぉん』の決済アプリには、現在【ご利用残高:931,000円】という相変わらず胃が痛くなるような数字が表示されているが、それでも日々の地道な労働のおかげで、少しずつ、本当にミリ単位だが完済へ向かっている。
「よし、この分なら今日も定時退社できそうね。ダインさんが夕飯に何を作ってくれるか、今から楽しみ……」
私がホクホク顔で役場への帰路についていた、まさにその時だった。
「……あら? 困りましたわ。ここはいったい、どこなのでしょう?」
前方の交差点で、周囲の土埃にまみれた景色から完全に浮きまくっている『異物』が立ち止まっていた。
思わず足が止まる。
そこにいたのは、信じられないほど美しい少女だった。
透き通るような白銀のロングヘアが、秋の微風に揺れてキラキラと光を反射している。新緑を思わせる大きな瞳と、長く尖った耳。エルフだ。それも、ただのエルフではない。
彼女が身に纏っているのは、最高級のシルクと幻獣の糸で織り上げられたであろう、淡いパステルグリーンのふわふわとしたお嬢様ドレス。所々に本物の生花や若葉があしらわれており、彼女が動くたびに、むせ返るような芳醇な花の香りが周囲に漂う。
そして彼女の右手には、見ているだけで目が潰れそうなくらい神聖なオーラを放つ、巨大な『木製の杖』が握られていた。
(……な、なにあの人。歩く国家予算みたいな格好してるんですけど)
元社畜の私の直感が、激しい警鐘を鳴らしていた。
あのドレスの生地面積だけで、私の借金百万なんて軽く三回は完済できるに違いない。
絶対に目を合わせてはいけない。関わってはいけない。田舎の村にこんな超絶VIPが一人で歩いている時点で、何かのトラブルの匂いしかしない。
私はバインダーで顔を隠し、気配を殺してスルーしようと抜き足差し足で交差点を曲がろうとした。
「あの、そこの親切な事務員様。少々よろしいでしょうか?」
完璧なタイミングで、鈴を転がすような美しい声が私を引き止めた。
終わった。
私はビクッと肩を揺らし、営業スマイルを顔面に貼り付けて振り返った。
「は、はい! 何かお困りですか?」
「ええ、実は私、知り合いを訪ねてこの村へやって来たのですが……少し目を離した隙に、道がわからなくなってしまいまして。方向音痴で困っておりますの」
ふわりと微笑むエルフの少女。
その笑顔があまりにも無邪気で可愛らしく、同性の私でも一瞬ドキッとしてしまうほどの破壊力がある。
悪意など一ミリも存在しない、純度百パーセントの『善意と天然』で構成されたようなお嬢様だ。
「そうだったんですか。ポポロ村は最近開拓が進んで道が複雑ですからね。……ちなみに、そのお知り合いというのは?」
「キャルル様と、リーザ様と、キュララ様ですわ。以前、帝都のファミレスでよく女子会をしておりましたのよ」
私は、その三人の名前を聞いて盛大にずっこけそうになった。
いつも過労で血を吐いている限界ウサギ耳村長と、半額もやしを巡ってスーパーで死闘を繰り広げる極貧地下アイドルと、他人の金で特上寿司を食う守銭奴天使。
目の前の超絶清楚なお嬢様と、あの我が村が誇るカオスな三連星が、まさかの『お友達』だというのか。異世界の交友関係、どうなっているんだ。
「ええと……キャルルさんたちのお知り合いだったんですね。キャルルさんなら、今日は役場が休みなので『村長宅』にいるはずですよ。リーザとキュララも、さっきゲーム機を持って村長宅へ遊びに行くと言っていたので、三人ともそこにいると思います」
私はバインダーを指し棒代わりに使い、「このメインストリートをまっすぐ行って、タローマートの角を右に曲がった突き当たりの大きな家です」と丁寧に道を教えた。
「まあ! 皆様そこにいらっしゃるのですね! ご親切に教えていただき、本当にありがとうございます♡」
エルフの少女は、パァァッと顔を輝かせ、胸の前で両手を合わせた。
その仕草だけで周囲にキラキラとした光の粒子が舞い散るような錯覚を覚える。
「あの三人には、帝都時代からとてもお世話になっておりますの。リーザ様には美味しい雑草サラダの作り方を教えていただきましたし、キャルル様にはお会計のたびに峰打ちをしていただいて……ふふっ、懐かしいですわ」
「……峰打ち?」
聞き捨てならない物騒な単語が聞こえた気がしたが、私はあえて突っ込まないことにした。
定時退社のためには、深入りしないことが鉄則である。
「では、私はこれで……」
「あっ、お待ちになって!」
私が一礼して立ち去ろうとすると、彼女は慌てたように私を引き止め、足元に転がっていた『大根ほどの大きさのただの石ころ』を拾い上げた。
「道案内のお礼もせずに別れるなど、私淑に反しますわ。これは、ほんの気持ちです。どうかお納めくださいな」
彼女が右手に持っていた神々しい杖の先端で、その汚い石ころをコツン、と叩く。
その瞬間だった。
ピキィィィィンッ!!
眩い光が弾け、石ころの表面が波打つように変質していく。
泥と苔にまみれていたただの石が、わずか一秒で、寸分の狂いもない見事な長方形の『超高純度の純金インゴット(推定10キロ)』へと姿を変えたのだ。
「ええええええええっ!?」
私は目玉が飛び出そうになるほど驚愕し、思わず素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「さあ、どうぞ♡ これで美味しいお肉でも召し上がってくださいね」
エルフの少女は、ずしりと重い純金の塊(日本円にして数千万円は下らない)を、まるでポケットティッシュでも配るような気軽さで私に押し付けてきた。
私の脳内にある『元・経理担当』のエクセルが猛スピードで警告音を鳴らし始める。
石を金に変える錬金術!? いや、それ以上にヤバいのはこの状況だ。
見ず知らずの他人に突然10キロの純金を手渡される。
こんなもの、どう考えても『贈与税の申告漏れ』『資金洗浄』『贈賄罪』のトリプルコンボである。もし女神ルチアナにバレたら、「不当な利益を得た」として借金が十倍に跳ね上がりかねない。
それに、こんな重い黄金の塊を無造作に作り出すなんて、経済の流通バランスを根底から破壊するテロ行為だ!
「い、いやいやいやいや!! 結構です! 結構ですから!!」
「遠慮なさらないで? 私はルナ・シンフォニア。植物たちとお友達の、ただの通りすがりのエルフですわ。お金にお困りなら、もっと大きな岩を黄金に変えましょうか?」
「そういう問題じゃないんです! 私は公務員ですので、一般の方からの金品の受け取りはコンプライアンス的に固く禁じられております! 利益相反になりますから!」
私は全身を激しく横に振り、差し出された純金インゴットを両手で全力で押し返した。
「そ、それでは! キャルルさんによろしくお伝えください! お気をつけて!」
私はバインダーを胸に抱え、ヒールのあるパンプスにもかかわらず、学生時代の五十メートル走の自己ベストを更新する勢いでその場から全力ダッシュで逃亡した。
「あらら……なんて奥ゆかしい方なのでしょう。やはりポポロ村の皆様は、無欲で素晴らしい方ばかりですわね♡」
背後から、ルナと名乗った少女のおっとりとした感心の声が聞こえた。
角を曲がり、完全に彼女の視界から外れたところで、私はゼェゼェと息を切らしながら膝に手をついた。
「はぁ……はぁ……な、なんだったのあの人。息を吐くように経済を崩壊させようとしてたわよ……」
私は額の汗を拭いながら、自分の危機管理能力の高さに安堵した。
危ないところだった。あんな出所不明の金塊を受け取ってしまえば、確実に良からぬトラブルに巻き込まれていたはずだ。やっぱり、お金というものは自分で汗水垂らして、定時にきっちり上がって稼ぐのが一番安全で尊いのである。
私は「完璧にトラブルを回避した」という謎の達成感を胸に、役場への道を急いだ。
――その時の私は、まだ知らなかったのだ。
あの美しきエルフの少女が、過去に世界を滅亡の危機に追いやった『天然の破壊神』であること。
そして、彼女が善意で生み出したあの黄金が、『三日経過するとただの石ころに戻る、最悪の時限爆弾(偽金)』であることを。
ポポロ村の平穏な休日は、彼女の来訪によって、またしても終わりを告げようとしていた。
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