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借金転生した元社畜、残高千円のスマホで辺境村の事務員になる〜気弱な最強騎士に胃袋を掴まれ絶対防衛で溺愛されています〜  作者: 月神世一


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EP 9

遅れてきた黄金聖騎士と、マグローザ漁船への片道切符

「愛と! 正義と! マネーのための黄金聖騎士! ゴッドチューバー・キュララ、ただいま見参ッ!」

 旧ドンガン鉱山の廃倉庫。

 吹き飛ばされた鉄扉の向こうから、キラキラと輝く白銀のアーマーを身に纏い、背中から神々しい光の羽を展開させたパステルピンクの天使が、完璧なキメポーズで舞い降りた。

 魔法少女アニメのクライマックスのような、無駄に壮大なBGMが鳴り響いている。

「さあ、悪い魔獣さん! 撮れ高とPVのために、このキュララちゃんが退治しちゃうぞ! 覚悟しなさ――……」

 ビシッと杖(実はアサルトライフル)を突きつけたキュララだったが、その言葉は途中でピタリと止まった。

 彼女の視線の先にあるのは、粉々に吹き飛んだキメラの残骸である細かな氷の結晶と、まだ煙を上げている黒焦げの地面。

 そして、ロケットランチャー(RPG-7)を肩に担ぎ、フゥと硝煙を吹き飛ばしている元社畜の事務員(私)の姿だけ。

「……って、あれぇ!? 敵は!? 私の見せ場は!?」

「何のために三分もかけて変身したんですの!? この空気読めない手羽先天使!」

 真っ赤な芋ジャージを着たリーザが、呆れ果てた顔でツッコミを入れる。

「キィィィィッ! 何よその言い方! せっかく同接八十万人の前で最高のアーマーをお披露目しようと思ったのに! 撮れ高が、私のPVがぁぁぁ! 弁償してよ貧乏魚!」

「誰が貧乏魚ですの! あなたがちんたらリボンなんて結んでるからいけないんですわ!」

 ギャーギャーと取っ組み合いの喧嘩を始めるトップ配信者と極貧地下アイドル。

 私は肩に食い込んでいた重いロケットランチャーをキュララのポーチに突っ込んで返し、深く、深くため息をついた。

「……もういい。帰りますわよ」

 定時退社後の貴重な時間を、こんな茶番でこれ以上消費したくない。

 私が踵を返そうとした、その時だった。

「おや、えらい賑やかやな。ワテの出番はもう終わっとるみたいやけど」

 夜の闇の中から、カツン、カツンと下駄の音を鳴らして歩いてきたのは、煙管をくわえた猫耳の青年――ゴルドスマイル銀行ポポロ村支店長のニャングルだった。

 彼は廃倉庫の惨状と、腰を抜かして震えている詐欺師・火原の姿を交互に見比べ、ニヤリと口角を上げた。

「なんや、嬢ちゃんたち。ただの詐欺師かと思ったら、とんでもない大物ネズミを捕まえとるやないか」

「ニャングルさん? 大物って、こいつがですか?」

「せや。おい、そこの角刈り。その首に巻いてる赤いスカーフ、ちょっと取ってみい」

 ニャングルの鋭い声に、火原はビクッと肩を震わせ、「ひぃっ!」と首元を手で隠そうとした。

 だが、それより早くダインさんが動き、氷の冷気を纏った手で火原のスカーフを無造作に剥ぎ取った。

「あっ……!」

 火原の首元から現れたのは、黒光りする無骨な金属製の首輪だった。

 中央には、不気味に点滅する赤いランプがついている。

「やっぱりな。それは『ドンガン地下大炭鉱』の重犯罪奴隷につけられる、脱走防止用の爆破首輪や」

「奴隷の……爆破首輪?」

 私が眉をひそめると、ニャングルは煙管の煙をプカァと吐き出しながら、手元の純金製算盤をチャキッと鳴らした。

「こいつの本名は火原。粗悪なパチモノ武器を大量にコピーして売り捌き、冒険者を死にかけさせた知的財産侵害と詐欺の罪で、金貨八千枚……日本円にして約八千万円の損害賠償を抱えとる。支払い能力ゼロで奴隷落ちして、懲役四百年の刑を受けとった正真正銘の『クズ』や。最近、裏組織の手引きで脱走したって手配書が回っとったんやけど……まさか、こんな辺境の村で霊感壺売りなんてセコいシノギしとるとはな」

「は、八千万円の借金……! 懲役四百年……!」

 その桁違いのスケールに、私は思わず絶句した。

 私の背負わされた百万の借金が可愛く思えるほどの、完全な自業自得による絶望的な負債額。

 火原は顔面を蒼白にし、ガタガタと震えながらキャルル村長の足元にすがりついた。

「た、頼む! 許してくれ! 俺はただ、底辺の生活から抜け出したかっただけなんだ! あの人魚の姉ちゃんの借用書も破棄する! 壺の代金もいらねえ! だから、警察と銀行にだけは引き渡さないでくれぇぇ!」

 鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして命乞いをする火原。

 普通の心優しい村長なら、ここで少しは同情してしまうかもしれない。

 だが、キャルル村長は月兎族の長い耳をピンと立て、どこまでも冷たい、氷のような瞳で火原を見下ろした。

「……リカちゃんを騙そうとして。リーザちゃんに法外な借金を背負わせて。あまつさえ、私の大切な村にキメラなんて放って、皆を傷つけようとした」

 キャルル村長の言葉は、静かだが、絶対的な怒りに満ちていた。

 彼女は、右手の親指を下に向けて、冷酷に言い渡した。

「ギルティ(有罪)」

「ひぃぃぃぃぃっ!?」

 火原が絶望の悲鳴を上げる。

 ニャングルが「ククッ」と悪魔のように喉を鳴らし、火原の首根っこを乱暴に掴み上げた。

「へぇ、村長直々の有罪判決や。これで大手を振って連行できるわ。安心せえよ火原、テメェの八千万の借金、ワテらゴルドスマイル銀行がきっちり回収したる。まずは北の海へ直行や」

「き、北の海……? ま、まさか……!」

「せや。死ぬまで船から降りられへん、伝説の『マグローザ漁船』や。一日二十時間労働で、魔獣クラスの巨大マグロと素手で格闘してもらうで。ま、四百年もあればいつかは完済できるやろ」

 マグローザ漁船。

 それは、私がこの異世界に転生した初日に、ニャングルから脅し文句として聞かされた「借金滞納者の行き着く地獄」の名前だった。

 あの時は震え上がったものだが、こんな悪党が送られると聞くと、これ以上ないほど相応しい罰に思えてくる。

「いやだァァァァッ! 蟹工船より酷い地獄なんて聞いてねえ! たすけてくれぇぇぇスリーの旦那ぁぁぁ!」

 夜の森に、男の情けない絶叫が響き渡る。

 ニャングルは暴れる火原を片手で軽々と引きずりながら、「ほな、事後処理はワテに任せとき」と闇の中へ消えていった。

 完全なる因果応報。ざまぁみろ、である。

「よしっ! これで私の五十万の借金もチャラですわね! やりましたわ!」

 リーザがガッツポーズをして喜んでいる。

 その横で、見せ場を失って落ち込んでいたキュララが、ふと自分のスマホの配信画面を見て「あっ!」と声を上げた。

「ちょっと見てみんな! 同接が百万人超えてる! さっきの指名手配犯逮捕の瞬間がバッチリ映ってたから、特定班もリスナーもお祭り騒ぎになってるよ!」

 画面を見ると、確かに凄まじい勢いでコメントと赤スパチャが飛び交っていた。

『キュララちゃん、凶悪犯逮捕の立役者じゃん!』

『警察の報奨金もガッポリだな!』

『やっぱり黄金聖騎士は最高だぜ!』

「あはは〜♡ みんな応援ありがと〜! キュララちゃん、みんなの平和のために一肌脱いじゃった♡ これからもルナミス帝国警察・特別広報アンバサダーとして頑張るね〜!」

 全く戦っていないどころか変身していただけの天使が、秒で手柄を横取りしてカメラに向かって愛想を振りまいている。

 その圧倒的な面の皮の厚さと、転んでもただでは起きないインフルエンサーの執念に、私はもうツッコミを入れる気力すら湧かなかった。

「リカさん、お疲れ様でした」

 疲れ果てた私の隣に、ダインさんがそっと温かいお茶の入った水筒を差し出してくれた。

「ありがとうございます、ダインさん。……なんだか、すごく長い休日になっちゃいましたね」

「ふふっ、そうですね。でも、怪我がなくて本当によかったです」

 ダインさんの困り眉と優しい微笑みを見て、私のささくれ立った心がスゥッと癒されていくのを感じた。

「あの、シチュー、まだ温かいまま厨房に置いてありますよ。お腹、空きませんか?」

「……ペコペコです。急いで帰って、三人前くらい食べたい気分です」

 騒がしい極貧アイドルとトップ配信者のやり取りを背に、私はダインさんと並んで、ポポロ村の温かい明かりが待つ方へと歩き出した。

 借金完済への道はまだまだ遠いが、この最高の料理人がいてくれる限り、私の胃袋と心は絶対に折れることはないだろう。

読んでいただきありがとうございます。

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