EP 8
ロケラン事務員と、長すぎる変身バンク
「ひ、ひぃぃぃっ! 近寄るなァ! 俺をルナミス警察に突き出したら、今度こそマグローザ漁船行きになっちまう!」
旧ドンガン鉱山の廃倉庫。
完全に退路を断たれ、ダインさんの放つ極寒の殺気と、数百万人の特定班によるデジタル包囲網に絶望した悪徳詐欺師・火原は、恐怖で顔を歪ませながら後ずさった。
だが、その濁った目には、小悪党特有の卑劣な光が宿っていた。
「こうなったら……テメェら全員、道連れにしてやるッ!!」
火原は懐から、禍々しい赤黒い光を放つ手のひらサイズのガラス玉――『魔獣カプセル』を取り出し、思い切り地面に叩きつけた。
パリーンッ!
ガラスが砕けた瞬間、中からドス黒い魔力の煙が噴き出した。
煙は瞬く間に膨張し、倉庫の天井を突き破るほどの巨大なシルエットを形成する。
現れたのは、ライオンの頭、山羊の胴体、そして先端が鋭い毒牙を持った大蛇の尻尾を持つ、全長四メートルを超える凶悪な魔獣――『キメラ』だった。
「グルルォォォォォォォォッ!!」
キメラが鼓膜を劈くような咆哮を上げる。
強烈な獣の臭いと、周囲の空気を焦がすような熱気が倉庫内に吹き荒れた。
「ひゃははは! スリーの旦那から貰った特製のキメラだ! 怒りで我を忘れてるからな、テメェら全員、腹一杯食わせてやるぜ!」
火原は狂ったように笑いながら、キメラの背後に隠れた。
ボスの威厳など微塵もない。絵に描いたような三流悪役のムーブだ。
だが、呼び出されたキメラの脅威は本物だった。ライオンの口から漏れる炎が、倉庫の木箱を一瞬で消し炭に変えていく。
「キャルル村長、ダインさん、下がって!」
「大丈夫だよリカちゃん! 私はこれでも村長だからね!」
「リカさんは僕の背中から離れないでください。火の粉一つ、落とさせませんから」
ダインさんが氷のオーラを纏いながら私の前に立ち塞がる。
しかし、その緊張感漂う空気を、最高に空気を読まない甲高い声がぶち壊した。
「はーいみんな! ついにキュララちゃんのガチバトル配信、始まっちゃうよ〜! それじゃあ行くよ! 聖なる光よ、私を包んで!」
配信用のドローンカメラの真ん中で、キュララが天高く右手を突き上げた。
「ホーリー・メイクアップ!!」
ピロリロリロリ〜ン♪ キラキラーン☆
どこからともなく、日曜朝の魔法少女アニメのような、無駄に壮大でポップなBGMが流れ始めた。
キュララの周囲にピンク色の光の粒子が渦を巻き、彼女の姿がシルエットに変わる。そして、なぜかスローモーションで空中に浮き上がり、クルクルと回りながら、リボンや装甲が一つずつゆっくりと実体化していく。
「……えっ? なにこれ」
「うわぁ、天使の戦闘形態のお着替えですわ! 生で見られるなんて!」
私とリーザが呆然と見上げる中、キュララの変身バンクは延々と続いていた。
手袋が装着される描写で十秒。ブーツが装着される描写で十秒。胸のエンブレムが光る描写で十五秒。
(……長い。長すぎる)
ファンタジーのお約束として、「変身中は敵が攻撃を待ってくれる」という暗黙の了解があるのかもしれない。
しかし、目の前にいるキメラは、スリーという闇の組織が改造した狂暴な魔獣だ。そんなお約束を守ってくれるほど、空気が読める知能はない。
「グルルァァァァッ!!」
キメラのライオンの顎がパカッと開き、その喉の奥で赤蓮の炎がドクンと膨張した。
完全にブレス(火炎放射)のチャージモーションだ。
「おいバカ! 早くしろ! 三分も待てませんわよおお!!」
「え〜、まだリボンの結び目の途中なのにぃ〜♡」
リーザの悲痛なツッコミにも、シルエット状態のキュララはのんきに答える。
ダメだ、こいつの変身を待っていたら、間違いなく私たち全員、黒焦げの消し炭にされる。
私の中で、休日の平穏を奪われた怒りと、元総務課の「無駄な待機時間を許さない」というタイムマネジメント精神が限界を突破した。
「アホか! 待ってられるかぁぁぁ!!」
私は、キュララが地面に置きっぱなしにしていた『四次元ウェポンポーチ(キラキラのデコ付き)』に手を突っ込んだ。
前世の知識と、ゴッドチューブのアーカイブ動画で予習済みだ。この天使が、いかにも魔法少女風のポーチの中に「近代兵器」を隠し持っていることを。
「あった……!」
ズシッ、と重い鉄の感触。
私がポーチから引っ張り出したのは、魔法のステッキでも聖剣でもない。
無骨な緑色の筒に、木製のグリップ。弾頭が飛び出した、対戦車用携帯ロケットランチャー――『RPG−7』だった。
「リ、リカ様!? それは一体……!?」
「ただの筒よ! リーザ、あのキメラのステータスを吸い込みなさい!」
「は、はいっ! いきますわよおお! ユニークスキル【貧乏神(お賽銭箱型掃除機)】、フルパワー起動!!」
リーザが胸の前に巨大なお賽銭箱型の掃除機を具現化し、凄まじい吸引力を発生させる。
ギュイイイイイイインッ!!
キメラが放とうとしていた炎の魔力が、掃除機のノズルへとみるみるうちに吸い込まれ、キメラの毛並みがボロボロになり、防御力が極限まで低下していく。
「ギ、ギャウンッ!?」
火炎放射を不発にされ、ステータスを根こそぎ奪われたキメラがよろめく。
そこへ、すかさず疾風のように飛び出した影があった。
「いくよ! 月影流・ウサギ跳び……顎砕きッ!!」
限界ウサギ耳村長のキャルルさんだ。
彼女の種族・月兎族の真骨頂は、その尋常ではない『脚力』にある。
キャルル村長は小柄な体をバネのように縮ませると、爆発的なジャンプ力でキメラの懐に飛び込み、その強烈な飛び膝蹴りを、キメラのライオンの顎にクリーンヒットさせた。
ガゴォォォォンッ!!
「キャイィィィンッ!?」
巨体のキメラが、哀れな悲鳴を上げて上空へと大きく打ち上げられた。
完璧な連携だ。
「ダインさん! 合わせて!」
「はい、リカさん」
私の指示に、ダインさんが静かに応じる。
彼の手には、いつもの三徳包丁から変化した長大な『氷魔極剣』が握られていた。
ダインさんは上空に打ち上げられたキメラを見据え、極低温の魔力を刃に収束させる。その瞳は、一切の感情を排した絶対零度の騎士のそれだ。
「――『フリーズ』」
ピキィィィィィィンッ!!
ダインさんが剣を振るった瞬間、空中に浮かぶキメラの巨体を、巨大な氷の柱が下から丸呑みするように包み込んだ。
絶対零度の凍結。
凶悪なキメラは、ブレスを吐こうとした間抜けなポーズのまま、分厚い氷塊の中に完全に閉じ込められ、空中に静止した。
「よしっ! ロックオン!」
私は右肩にRPG−7を担ぎ、スコープの十字を、空中の巨大な氷塊の中心にピタリと合わせた。
重い。肩に食い込む反動の予感。
だが、社畜時代に上司に書類を投げつけられた時の屈辱と、ルチアナのクソ女神に借金を背負わされた怒りに比べれば、こんな重さ、どうということはない。
「定時退社と休日の平穏を邪魔する奴は……こうよ!! ファイヤー!!」
私は躊躇なく、ロケットランチャーの引き金を引いた。
ドバババァァァァァァァァァァンッ!!!!!
筒の後方から猛烈なバックブラスト(後方爆風)が噴き出し、ロケット弾が凄まじい推進力を伴って空を切り裂いた。
一直線に飛んだ弾頭は、空中の氷塊に寸分の狂いもなく直撃。
ガアァァァァァァァァァンッ!!
夜空に、巨大な爆発の火球が咲き誇った。
極低温で脆くなっていたキメラの装甲と氷の塊が、対戦車ロケットの破壊力に耐えられるはずもない。
爆音と共に、キメラは木っ端微塵に粉砕された。
キラキラと、細かな氷の結晶がダイヤモンドダストのように夜風に舞い散る。
爆発の光に照らされた私の立つ背後には、ロケットランチャーの硝煙がゆらゆらと立ち上っていた。
「…………へ?」
キメラの陰に隠れていた火原が、空から降ってくる氷の欠片を顔に浴びながら、信じられないものを見るようなマヌケな声を漏らす。
彼が切り札として出した凶悪な魔獣は、わずか数十秒の連携の前に、文字通り跡形もなく消し飛んでしまったのだ。
「ふぅ……反動、結構キツいわね」
私は肩からRPGを下ろしながら、大きく息を吐き出した。
前衛でデバフをかけたリーザ、打ち上げたキャルル村長、凍らせたダインさん、そしてトドメの物理重火器(私)。
一歩間違えれば大惨事だったが、この破天荒なポポロ村のメンバーとの息の合い方には、我ながら驚いてしまう。
ドシーン、と肩の荷が下りたような達成感に包まれていた、その時だった。
「はーいお待たせ! 愛と! 正義と! マネーのための黄金聖騎士! ゴッドチューバー・キュララ、ただいま見参……って、あれぇ!?」
ようやく長すぎる変身バンクを終えたキュララが、キラキラの白銀のアーマーを身に纏い、キメポーズで宙から舞い降りてきた。
しかし、彼女が周囲を見渡しても、すでに敵の姿はどこにもない。
あるのは、腰を抜かして泡を吹いている詐欺師の火原と、ロケランを抱えて肩で息をしている私だけ。
「ええっ!? 嘘でしょ、私の見せ場は!? 敵は!? 撮れ高はぁぁぁ!?」
パステルカラーの天使の絶叫が、夜の森に虚しく響き渡った。
読んでいただきありがとうございます。
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