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借金転生した元社畜、残高千円のスマホで辺境村の事務員になる〜気弱な最強騎士に胃袋を掴まれ絶対防衛で溺愛されています〜  作者: 月神世一


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20/25

EP 5

焦る極貧アイドルと、悪徳壺売り商人

 秋の陽は釣瓶落としというが、ポポロ村の夕暮れも例外ではない。

 オレンジ色に染まった空が急速に赤みを増し、冷たい秋風が広場の石畳を吹き抜けていく。夕餉の支度の匂い――どこかの家で焼かれている魚や、煮込み料理の温かい香りが村中に漂い始めていた。

「五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイッ!……ハイッ……」

 広場の片隅で、今日も赤い芋ジャージを着たリーザが、みかん箱の上で声を張り上げていた。

 だが、その声にはいつものような覇気がない。

 手作りのダンボール製お賽銭箱を覗き込んでも、底に転がっているのはくすんだ銅貨がたったの三枚。日本円にして三十円にも満たない金額だ。

「……はぁ」

 リーザは力なくみかん箱から降り、冷たい石畳の上に座り込んだ。

 一昨日の夜、キュララの大食い配信の裏でカツ丼を十杯平らげたおかげで、当面の餓死の危機は免れている。だが、アイドルの魂はひどく飢えていた。

(カツ丼で胃袋は満たされても、私の心は満たされませんの……)

 彼女の最大の太客であった『石油王』は、完全にキュララに鞍替えしてしまった。

 キュララの配信から流れてくる「赤スパチャ十万ゴールド!」という景気の良い通知音が、リーザの耳には死の宣告のように響く。

「どうして……私の歌の何がいけないんですの? やはり、ジャージじゃなくてフリフリの衣装じゃないとダメなんですの? それとも、あの手羽先女みたいに、カメラに向かってあざとく媚びを売らないと……」

 リーザは膝を抱え、どんよりとしたオーラを放ちながらブツブツと呟いた。

 彼女の夢は「世界中の時間とお金を全部奪って、宇宙一幸せにすること」。

 その果てしなく強欲で純粋な野望が、今、完全に壁にぶち当たっていたのだ。

「――お嬢ちゃん、いい歌を歌うじゃねえか。だが、惜しいな。顔色が悪いぜ?」

 不意に、背後から声をかけられた。

 ビクッとして振り返ると、そこには見知らぬ中年男が立っていた。

 年齢は四十代くらい。無精髭を生やした角刈りで、肌には炭鉱の煤のような黒い汚れが染み付いている。タローマンの作業ツナギの上から、胡散臭い金糸刺繍が施された『開運の法衣』とやらを羽織り、首元は赤いスカーフでぐるぐると隠されていた。

 そして何より、男の体からは、安っぽいお香の甘ったるい匂いと、微かな機械油の悪臭が入り混じった不快な匂いが漂っていた。

「……失礼ですわね。私は人魚族の誇り高き――」

「いやいや、肌ツヤの話じゃねえ。運気の話だ」

 男は揉み手で近づきながら、ニヤリと下劣な笑みを浮かべた。

「俺には見えるぜ。あんたの背後から、すげえ『貧乏神の因縁』が漂ってるのがな。このままだと、あんたの周りから人は離れ、一生極貧のままだぜ?」

「び、貧乏神……!?」

 リーザは息を呑んだ。

 男の言葉は、ただの適当なハッタリだった。だが、リーザのユニークスキルは【貧乏神(お賽銭箱型掃除機)】である。図星を突かれた彼女は、「この人、私のスキルを見抜いている!?」と完全に信じ込んでしまったのだ。

「どうだ、図星だろう? 逃げていった一番の太客……『石油王』とかいうヤツも、その貧乏神の因縁のせいで離れていったんだよ」

「せ、石油王さんのことまで……! あなた、一体何者ですの!?」

「俺は世界を旅する風水師、火原ひはらってもんだ」

 火原と名乗った男――数日前に脱獄し、霊感壺売り詐欺を始めたばかりの悪徳商人は、懐から一つの『壺』を取り出した。

 それは、どう見てもただの泥で作られた素焼きの壺だった。表面の装飾も粗く、今にも崩れそうなほど脆く見える。

 火原のユニークスキル『コピー(劣化複製)』で作られた、中身がスッカスカのパチモノだ。

「これを見な。高名な古代遺跡から発掘された『退魔の黄金鳳凰壺』だ」

「全然黄金じゃないですわよ? 泥ですわよね?」

「バカ野郎、これは心の綺麗な人間にしか黄金に見えない特別な仕様なんだよ! いいか、これを玄関に置くだけで、貧乏神の因縁は浄化される。去っていった太客も、新しいファンも、みーんなあんたの元に戻ってくる! 運気が爆上がりする最強のアイテムなんだよ!」

 火原の滑らかな営業トークが、夕暮れの広場に響く。

 普段のリーザなら、リカに鍛えられた世間の常識で「怪しい」と警戒したかもしれない。だが、今の彼女は太客を失い、キュララにマウントを取られ、完全に冷静な判断力を失っていた。

「運気が……爆上がり。太客が、戻ってくる……」

「そうだ。あんたのその歌声に、この壺の運気が合わされば、天下のゴッドチューバーすら軽く超えられるトップアイドルになれるぜ!」

「トップアイドル……!」

 リーザの碧眼に、キラキラと星が輝き始めた。

 チョロい。火原は内心で舌ずりをした。

「ほ、本当ですの!? 買います! 私、その壺を買いますわ!」

「毎度あり! 定価は五十万ゴールドだが、未来のトップアイドルへの投資だ。特別に売ってやるよ」

 五十万ゴールド。日本円にして約五十万円。

 全財産が銅貨三枚の極貧アイドルに払える金額ではない。

「ご、五十万……。どうしましょう、今手持ちが……」

「安心しな、お嬢ちゃん。俺も鬼じゃねえ。出世払いの『ローン契約』ってのがあるんだ」

 火原は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。

 ルナミス帝国で法的な効力を持つ『魔導契約書』だ。これに血判を押せば、どんな理不尽な契約でも魔法の力で縛られてしまう。

「ここにサインするだけで、壺は今すぐあんたのものだ。支払いは少しずつでいい。金利は『トイチ』だ」

「トイチ……?」

「ああ。十日で一割、運気が増えるって意味だ。アイドルにはぴったりの契約だろう?」

 リーザの脳内で、ポンコツな計算式が回る。

(十日で一割増える……つまり、私のファンも十日で一割増えるということですのね! 五十万の借金なんて、トップアイドルになれば三秒で返せますわ!)

「素晴らしいシステムですわ! サインします!」

 リーザは一切の躊躇なく、火原から渡された羽ペンを受け取り、契約書に堂々と『リーザ・アルジェント』とサインをした。

 ボゥッ!

 羊皮紙が赤黒い魔光を放ち、契約が成立したことを告げる。

「ゲハハハ! 確かに契約は成立したぜ。さあ、この『黄金鳳凰壺』はあんたのものだ。大事に祈るんだな」

「ありがとうございます! 風水師のおじさま!」

 リーザは粗悪な泥壺を、まるで我が子のように愛おしそうに胸に抱きしめた。

 その顔は、借金地獄に落ちた者のそれではなく、希望に満ち溢れた純粋なアイドルの笑顔だった。

「(……バカなアマだぜ。タダの泥壺が、五十万の借用書に化けた。これをスリーの旦那に渡せば、俺の首輪のスイッチは当分押されずに済む……)」

 火原は、リーザから見えない角度で、下劣極まりない悪党の笑みを浮かべた。

 このポポロ村は、少し騙せばいくらでも金が搾り取れるカモの群れだ。火原は次の標的を探すため、甘ったるいお香の匂いを残して、薄暗い路地裏へと消えていった。

   ◆

 すっかり日が落ちた公園。

 リーザは一人、抱きしめた泥壺に頬擦りをしてウフフと笑っていた。

「これで……これで私もトップアイドルですわ! 石油王さんも、きっと明日の配信には戻ってきてくれますの! そしたら、リカ様にも美味しいお肉をご馳走して……」

 夢想する彼女の背後に、恐るべき『違法金利の借金地獄』の足音が迫っていることに、彼女はまだ気づいていなかった。

 リカがこの事実を知れば、五十万ゴールドの借金など可愛いと思えるほどの大激怒がポポロ・コーポに吹き荒れることになるのだが――それは、数時間後の話である。

読んでいただきありがとうございます。

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