EP 3
石油王の正体と、勃発する女の戦い
ポポロ山での狩猟は、予定とは全く違う方向へと着地した。
私たちが仕掛けた特製餌(百均のガーリックソルト和え)の罠にかかったのは、ジューシーなトライバードではなく、パステルピンクのツインテールに天使の輪を乗せた、やかましい自称天使だったのだ。
「いや〜、助かったよ〜! 原住民の人たち、ありがとう! はい、カメラ向かって手振って〜!」
罠の網から解放された少女――キュララは、反省するどころか、周囲をフワフワと飛ぶ五つのドローンカメラに向かってピースサインを決めながら、私たちを巻き込んで自撮りを始めた。
「えっと……あなたは一体、何者なんですか?」
私が怪訝な顔で尋ねると、キュララは「えっ?」と心底驚いたように目を丸くした。
「嘘でしょ、お姉さんたち、私のこと知らないの!? ルナミス帝国が誇るチャンネル登録者数三百万人のトップ・ゴッドチューバー、キュララ・アルセルラちゃんだよ!? 帝都を歩けば三秒で出待ちに囲まれる、あのキュララちゃんだよ!?」
「ごめんなさい、私、異世界……じゃなくて、この辺のネット事情には疎くて」
「マジか〜。まあいいや、これも『田舎の村で知名度調査してみた』って企画の撮れ高になるし!」
キュララはスマホのような魔導端末を操作し、ドローンのカメラアングルを細かく調整している。
聞けば彼女は、天界の事務仕事が嫌になって地上に家出してきた『下級天使』らしい。帝都のメイド喫茶で働き始めたのをきっかけに、持ち前のあざとさとコミュ力で配信プラットフォーム『ゴッドチューブ』で大ブレイク。今や帝国SNSのトレンドを自在に操るトップインフルエンサーだというのだ。
「今日はダンジョン探索の配信ロケの前に、ポポロ山の自然を撮りに来たんだけど、あのガーリックの匂いに抗えなくて……えへへ♡」
「えへへ、じゃないですよ。本当に食べられちゃいますよ」
私は呆れながらため息をついた。
とりあえず、彼女をこのまま山に放置するわけにもいかず、私たちは予定を切り上げてポポロ村のアパートへと戻ることにした。キャルル村長とダインさんは「僕たちは役場と食堂に戻りますね」と広場で別れたため、私とキュララだけが『ポポロ・コーポ』の私の部屋、B302号室へと帰ってきた。
「ただいまー……」
「おじゃましまーす! わぁ、なにここ!」
ガチャリとドアを開けた瞬間、キュララは靴を脱ぐのももどかしく私の部屋(1LDKの質素な部屋だ)に上がり込み、ドローンカメラを一斉に展開した。
「なんか昭和の四畳半って感じでエモ〜い! 限界OLのリアルな生活感って、リスナーの同情と親近感引くんだよね! 決めた! 私、しばらくここに住むわ!」
「なんでそうなるの!? 帰れ!」
「いいじゃんいいじゃん! 家賃の代わりに私のチャンネルで宣伝してあげるからさ! はいみんな〜、ここがキュララちゃんの新しいシェアハウスだよ〜♡」
勝手にベッドにダイブし、ふかふかの布団の上でゴロゴロとあざといポーズを取るキュララ。
元社畜でパーソナルスペースを大切にしたい私にとって、この土足で踏み込んでくるような図々しさは天敵だった。前世の私なら、胃薬を噛み砕きながら無言で警察を呼んでいたところだ。
私が怒って彼女をつまみ出そうとした、その時だった。
『ピロリン♪』
キュララの胸元に下げられた魔導端末から、やけに景気の良い電子音が鳴り響いた。
画面を見たキュララの目が、パァァッ! と星のように輝く。
「ああっ! 『石油王』さん、赤スパチャ十万ゴールドありがとうございまーす♡♡」
キュララはカメラに向かって、今日一番の甘ったるい声でウインクを飛ばした。
赤スパチャ。それは、ゴッドチューブにおける最高額の投げ銭システムのことだ。十万ゴールドといえば、日本円にして約十万円。それが、たった一回の投げ銭で飛んできたのだ。
「石油王さん、今日も太っ腹〜! いつも応援してくれてホントに大好きだよっ♡ えーっと、じゃあこのお金で、ルナイーツ(帝国の出前アプリ)で一番高い『特上ウニいくら寿司』の出前取っちゃうね! みんなで食べよ〜!」
なんてちゃっかりした天使だろうか。
他人の金で寿司を食うことに、一ミリの躊躇いもない。これがトップ配信者のメンタルか。
しかし。
私がその圧倒的なしたたかさにドン引きしていると。
――ガタァッ!
隣の部屋、B301号室の壁から、何か重いものがぶつかるような鈍い音がした。
「……え?」
「ん? 今の音なに?」
私とキュララが顔を見合わせた次の瞬間。
バァァァンッ!! と、私の部屋のドアが勢いよく蹴り開けられた。
「……せ、き、ゆ、お、う……?」
そこに立っていたのは、ボロボロの赤い芋ジャージを着た、極貧地下アイドルのリーザだった。
いつもは金髪碧眼の美少女であるはずの彼女の顔は、今はまるで地獄の底から這い出してきた怨霊のように青白く、その瞳にはどす黒いハイライトのない光が宿っていた。
「リーザ!? あんた、どうやって私の部屋に……って、また石鹸で合鍵作ったのね!」
「……石油王……私の、命綱……毎日一万ゴールドのスパチャを投げてくれていた、私の、たった一人の太客……」
リーザは、私のツッコミを完全に無視して、フラフラとゾンビのような足取りで部屋の中へと入ってきた。
そして、ベッドの上でドローンカメラに囲まれているキュララと、彼女のスマホ画面を、ギリギリと血が出るほど強く睨みつけた。
「……今日……私のみかん箱ライブの配信には……一円も、投げてくれなかったのに……。そっちの、羽の生えた女には、十万ゴールド……?」
「えっ、なにこの子。こわっ」
「私の……太客を取ったのは、お前かぁぁぁぁぁぁっ!!」
リーザの絶叫が、アパート中に響き渡った。
それは、ただの嫉妬ではない。明日の飯(半額もやし)すら買えない極限の貧困から来る、生存本能に根ざした純度百パーセントの殺意だった。
リーザが野生の獣のようにキュララに飛びかかろうとするのを、私は慌てて背後から羽交い締めにして止めた。
「落ち着いてリーザ! 落ち着いて! 殺傷事件はダメ! アパートが事故物件になっちゃう!」
「離してくださいリカ様! その女は私のファンを、私の命を奪った泥棒猫ですわ! スポンサー様の新聞紙で頭をかち割ってやりますのぉぉ!」
「私を巻き込まないでよ!」
暴れるリーザを必死で押さえつける私。
しかし、当のキュララは全く動じた様子もなく、ベッドの上で足を組み、ふふん、と余裕の笑みを浮かべて鼻で笑った。
「な〜に? この貧乏魚はぁ?」
「び、貧乏魚だとぉぉっ!?」
「あ、ごめんごめん、人魚族なんだね。でもさぁ、配信の世界は弱肉強食なの。魅力のないチャンネルから、魅力のあるチャンネルにリスナーが流れるのは自己責任でしょ?」
キュララは、ドローンカメラをリーザの顔の前にスッと移動させた。
「そもそも、そんなボロボロのジャージで、みかん箱の上で歌ってるだけの底辺アイドルに、石油王さんみたいな大富豪がいつまでも満足するわけないじゃん。私はね、常にリスナーが求める『可愛い』を計算して、最高のエンタメを提供してるの。プロ意識の違いってやつ? わ・か・る?」
「キィィィィィィッ!! 言わせておけばこの手羽先女ぁぁぁ!!」
リーザの怒りのボルテージが限界を突破し、私の腕を振りほどきそうになる。
ヤバい。これは完全に火に油だ。
「私の夢は、世界中の時間とお金を全部奪って、宇宙一幸せにすることですの! 石油王さんは私のものですわ! 返しなさい!」
「無理ムリ〜! だってもう、特上ウニいくら寿司の決済終わっちゃったもん。あ、そうだ。余ったガリ(生姜)くらいなら、恵んであげてもいいよ? 貧乏魚ちゃん♡」
「ガリでご飯が食えるかぁぁぁ!! 私は肉椎茸が食べたいんですのぉぉ!」
火花を散らす極貧アイドルとトップ配信者。
マウントを取り合う天使と、生活を懸けて牙を剥く人魚。
二人の間に、目に見えるほどの激しいバチバチとした電流が走っている気がする。
「ああもう……私の休日の平穏が……」
私は頭を抱え、深々とため息をついた。
借金百万を背負い、限界村長を助け、やっと迎えた休日の朝だったのに。
定時退社を愛する元社畜の平穏なアパートの一室は、一瞬にして、女たちの業と承認欲求が渦巻く『修羅のリング』と化してしまったのだった。
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