第二章 トップ配信者襲来と、霊感商法撃退
太客を失った極貧アイドルと、ポポロ山の休日
ポポロ村役場での激務をこなし、無事に第一回目の借金返済(六万八千円)を乗り越えた私、秋野リカに、ついに待ちに待った休日が訪れた。
朝、ポポロ・コーポB302号室のふかふかの布団の中で「今日は絶対に昼まで寝てやる」と固く誓っていた私の耳に、トントン、と控えめなドアを叩く音が響いた。
「リカちゃーん、起きてる? ちょっと狩りに行かない? ポポロ山に」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、限界ウサギ耳村長ことキャルルさんの声だった。
私は寝癖を爆発させたままドアを開ける。そこには、動きやすい狩猟用のレザーアーマーを着込み、背中に小さなクロスボウを背負ったキャルル村長と、いつもの白い割烹着姿に大きなリュックを背負ったダインさんの姿があった。
「おはようございます、リカさん。朝早くからすみません。お弁当、作ってきましたよ」
「えっ、ダインさんのお弁当……!」
その魅惑的な単語を聞いた瞬間、私の眠気は一瞬にして彼方へと吹き飛んだ。ダインさんのご飯が食べられるなら、休日出勤だろうが狩りだろうが喜んでお供する。
「おはようございます! っていうか、狩り、ですか? 私、武器なんて持ってませんけど……」
「ううん、リカちゃんは戦わなくて大丈夫だよ。実はね、この間、リカちゃんが作ってくれた餌がすごくよくって、野生のトライバードが面白いように罠にかかりやすくなってるの!」
キャルル村長が嬉しそうにウサギ耳を揺らした。
トライバードとは、ポポロ山に生息する三つの羽を持つ大型の野鳥で、その肉はジューシーで非常に美味だという。
先日、役場の罠猟の成果が上がらないと悩んでいたキャルル村長に、私が『エンジェルすまーとふぉん』の残高を削って取り寄せた地球の「百均のガーリックソルト」と「旨味調味料(味の素的なもの)」をパンの耳に混ぜて特製餌を作ってあげたのだ。
どうやら、異世界の魔獣や野鳥にとっても、現代地球のジャンクな化学調味料のガツンとした旨味は抗いがたい麻薬のような魅力があったらしい。
「なるほど、罠の設置と回収ですね。分かりました、私も行きます! あ、そうだ……リーザも行きます?」
私は隣の部屋(B301号室)の壁を一瞥した。
いつもなら、休日の朝はみかん箱を持って広場へダッシュしていく足音が聞こえるはずなのだが、今朝はひどく静かだ。
「リーザさん、最近ご飯の時以外は部屋に引きこもりがちですよね。少し心配です」
ダインさんも困り眉を下げて言うので、私たちは三人で隣の部屋のドアをノックしてみることにした。
鍵は開いていた。ギィィ、と軋む音を立ててドアを薄く開けると、部屋の中はカーテンが閉め切られ、どんよりとした暗闇に包まれていた。
「……リーザ?」
私が恐る恐る声をかける。
部屋の隅っこ。そこに、見慣れた真っ赤な芋ジャージを着た少女が、膝を抱えて体育座りをしていた。
彼女の手の中にある通信用魔導具(ファンタジー版のスマホのようなもの)の画面だけが、暗闇の中で青白く彼女の顔を照らしている。
「……おかしい……おかしいですわ……」
リーザは、焦点の合っていない虚ろな目で、画面をスワイプしながらブツブツと呟いていた。
「私の、太客だった『石油王』さんからのスパチャがない……。毎日、息をするように一万ゴールドを投げ銭してくれていた、私の命綱……」
「せ、石油王?」
「石油王さんからのスパチャがないと……明日のご飯も、半額もやしすら買えない……。また、あの苦くて渋い、公園の雑草サラダ生活に逆戻り……嫌、嫌ですわ……石油王さん、どこにいってしまったの……ブツブツ……」
その姿は、完全に「推しに貢いでもらえなくなった限界配信者」の末路だった。
どうやら、彼女の路上ライブや魔導配信を支えていた一番の太客(石油王というアカウント名のおじさんらしい)が、突如として姿を消してしまったらしい。
「世界中を私の虜にする!」と豪語していた彼女の強欲な夢は、たった一人の太客の離脱によって、あっけなく半額もやし以下の生活水準へと叩き落とされてしまったのだ。
「……石油王さん……私より、もっと若くて可愛い子のところに行っちゃったんですの……? 許さない……絶対に許さないですわ……呪ってやる……」
ギリギリ、と奥歯を噛み締める音が部屋に響く。
あまりの怨念の深さと、リアルすぎる金欠の絶望に、私はそっとドアを閉めた。
「リカちゃん、リーザちゃんは……?」
「何か分からないけど、すごく忙しそうですね。触らぬ神に祟りなしです。今日はキャルルさんとダイン君で行きましょうか」
私は引きつった笑顔でそう提案した。
ダインさんも「そ、そうですね。リーザさんの分のお弁当は、ドアノブにかけておきましょう」と冷や汗を流しながら同意する。
「私の、私の石油王さんがぁぁ……」
背後のドア越しから聞こえてくる、極貧アイドルの怨念のような呟きを背に。
私たちは、秋の心地よい風が吹くポポロ山への狩猟(という名のピクニック)へと出発したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




