EP 15
ポポロ亭の宴会と、新しい居場所
「カンパーーーイッ!!」
「「「カンパーーーイッ!!」」」
古代の殺戮兵器『死蟷螂機』の討伐から数日後。
ポポロ村の広場にある大衆食堂『ポポロ亭』は、かつてないほどの熱気と歓声に包まれていた。
村の防衛に尽力した自警団の面々、役場の職員、そして被害を免れた村人たちが一堂に会し、盛大な祝勝会が開かれているのだ。
「ぷはぁーっ! うまい! やはり戦いの後のエールは最高だな!」
ジョッキを豪快に煽っているのは、自警団リーダーのマンミアさんだ。
普段の生真面目な騎士の顔はどこへやら、彼女の端正な顔立ちはすっかり赤く染まり、馬体の尻尾をご機嫌に揺らしている。彼女の前に並べられた空のジョッキの数は、すでに二桁に突入していた。
「マンミアさん、飲み過ぎですよ! 明日も朝から防護壁の修繕の立ち会いがあるんですからね!」
「わかっているともリカ事務官! だが今日くらいは飲ませてくれ! あのバケモノの装甲を思い出すと、まだ胃がキリキリするのだ……うぅ、パイルバンカーの杭の補充代、いくらかかるか……」
「だからそれは役場の予算で落とすって言ってるじゃないですか。泣き上戸にならないでください!」
私が苦笑しながらおしぼりを渡すと、その横を赤い旋風が通り抜けた。
「おかわりですわーっ! そこのシープピッグの唐揚げと、太陽芋のポテトフライ、大盛りでお願いしますの!」
極貧地下アイドルのリーザである。
彼女は両手に大きな串焼きを持ちながら、次々と運ばれてくる料理を、まるでブラックホールのように胃袋へと吸い込んでいた。あの細い体のどこにそれだけのカロリーが収まるのか、人魚族の生態は謎に包まれている。
「リーザ、あんた少しはペース配分考えなさいよ。喉詰まらせるよ」
「もきゅっ、はぐはぐ……だって、リカ様! 今日はスポンサー様のおごり……じゃなくて、村の慰労会だから、全部タダなんですのよ! ここで一週間分のカロリーを摂取しておかないと、明日からの路上ライブに響きますわ!」
「あんたの燃費どうなってんのよ……」
呆れつつも、幸せそうに頬張る彼女の姿を見ると、なんだかこちらまで嬉しくなってくる。あの恐ろしい死蟷螂機を前にして、一歩も引かずにデバフ(お賽銭箱型掃除機)をかけてくれた彼女の度胸には、本当に助けられたのだ。
「ホンマ、ええ食べっぷりやな。見てて気持ちええわ」
煙管をふかしながら近づいてきたのは、ゴルドスマイル銀行のニャングルだ。
彼は純金製の算盤をチャキチャキと鳴らしながら、私の隣に腰を下ろした。
「ニャングルさんも、避難誘導ありがとうございました。おかげで逃げ遅れた村人はゼロでした」
「商売人は顧客の命が第一やからな。せやけど、あの死蟲機が粉々になったんは惜しかったなぁ。あの装甲の破片、集めてドンガン地下帝国に売ったら、相当な値がつきよったのに」
「守銭奴! 命があっただけマシだと思いなさいよ!」
「ガハハ、違いないわ!」
ニャングルが大笑いしていると、ソファー席からキャルル村長がふらふらと歩いてきた。
彼女の顔色はだいぶ良くなっているが、まだ少し魔力切れの気怠さが残っているようだ。
「リカちゃん……みんな、楽しそうだね。本当によかった」
「村長、無理して起き上がらなくていいんですよ。まだ安静にしてなきゃダメです」
「えへへ、でも、リカちゃんにお礼を言いたくて」
キャルル村長は、ウサギ耳をぴょこんと揺らし、私の両手をギュッと握った。
「リカちゃんが子供を庇ってくれたこと、マンミアから聞いたよ。本当にありがとう。それに、役場の事務仕事も、リカちゃんがいなかったら、私はとっくに倒れてて、村の指揮なんて取れなかったと思う。リカちゃんは、ポポロ村の救世主だよ」
「きゅ、救世主なんて大袈裟ですよ……! 私はただ、書類をエクセルみたいに整理しただけで……」
「ううん、リカちゃんが来てくれて、本当にポポロ村は救われたの。これからも、私の右腕として助けてね」
キャルル村長の真っ直ぐな瞳に、私は少しだけ胸が熱くなった。
前世の社畜時代。誰かのために必死に働いても、返ってくるのは「当たり前だ」という冷たい視線と、追加の仕事だけだった。
でも、この異世界では違う。
私の小さな努力が、誰かの命を繋ぎ、こうして村の笑顔を守る力になっている。
それが、たまらなく嬉しかった。
「はい! もちろんですよ。借金を返すためにも、定時退社でバリバリ働きますからね!」
「うんっ!」
キャルル村長と笑い合った後、私はふと、店内を見回した。
賑やかなフロアに、彼の姿がない。
「……あれ、ダインさんは?」
「ダイン君なら、厨房でずっと料理を作ってくれてるよ。あんなに戦った後なのに、タフだよね」
キャルル村長の言葉に、私は席を立ち、厨房の方へと向かった。
カウンターの奥では、白い割烹着姿のダインさんが、巨大な鍋を前にして立ち立ち働いていた。
氷魔法で繊細な温度調整を行いながら、次々と注文される料理を神速で仕上げていく。その手際の見事さは、先日の氷魔剣士としての圧倒的な戦いぶりを彷彿とさせた。
「ダインさん、お疲れ様です」
「ひゃあっ!?」
私が声をかけると、ダインさんはビクッと肩を震わせ、持っていたお玉を危うく落としそうになった。
「り、リカさん!? ど、どうしました!? ご飯、足りませんでしたか!? すみません、今すぐ追加の唐揚げを揚げますからっ!」
「違います違います! ダインさんも少し休んだ方がいいんじゃないかと思って」
「あ、いえ……僕なんて、料理くらいしか取り柄がないので……皆さんが喜んでくれるなら、全然疲れませんから……えへへ」
ダインさんは、困り眉をハの字に下げて、いつものようにオドオドと笑った。
あの時、絶対零度の冷気を纏い、最強の氷魔剣士として怪物を一刀両断した姿が嘘のようだ。
村人たちも、ダインさんの活躍を目の当たりにしたはずなのに、普段の彼の人の良さすぎる態度のせいで「あれは夢だったんじゃないか」とすら思い始めているらしい。
「本当に……同一人物なんですか?」
「うぅ……忘れてください。あんな、冷気を撒き散らして剣を振り回すなんて……料理人として恥ずかしいです。リカさんにも、怖い思いをさせてしまいましたし……」
「何言ってるんですか! 怖くなんてありませんでしたよ!」
私はカウンターから身を乗り出し、ダインさんの顔を真っ直ぐに見つめた。
「ダインさんが来てくれなかったら、私、あのまま真っ二つでしたよ。あの時のダインさん、めちゃくちゃカッコよかったです。……助けてくれて、本当にありがとうございました」
私が頭を下げると、ダインさんは顔を真っ赤にしてパニックになり始めた。
「あわわわ! そ、そんな、頭を上げてください! 僕の方こそ、リカさんが無事で本当によかったんですから!」
慌てふためくダインさんの手には、いつの間にか小さなボウルが握られていた。
中には、キラキラと輝く氷の結晶のようなデザートが入っている。
「あの、これ……リカさんのために、特別に作ったんです」
「私のために?」
「はい。疲れた身体には、甘くて冷たいものが一番ですから。特製の『月見大根のハチミツ氷菓』です。大根の甘みを極限まで引き出して、氷魔法でシャリシャリの食感に仕上げました」
ダインさんは照れくさそうにボウルを差し出した。
一口スプーンですくって口に入れると、シャリッという心地よい食感と共に、上品な甘さが口いっぱいに広がった。冷たさが火照った身体を優しくクールダウンしてくれる。
「んんっ……美味しい! さっぱりしてるのに、すっごく甘くて……疲れが吹き飛びます!」
「よかったです。……リカさん」
ダインさんは、厨房のカウンター越しに、私をじっと見つめた。
その瞳は、いつものオドオドした気弱な青年のものではない。
あの夜、私のために剣を抜いてくれた、静かで、どこまでも優しい騎士の眼差しだった。
「貴女を守れて……本当によかったです」
ぽつりと、心からの安堵を込めるように紡がれた言葉。
その甘い声色と、真摯な眼差しに、私の心臓はドクンと大きく跳ねた。
「ダイン、さん……」
「これからも、僕のご飯、たくさん食べてくださいね。リカさんの胃袋は、僕がずっとお世話しますから」
ダインさんがふわりと微笑む。
過保護で、優しくて、最強の料理人。
こんなの、好きにならないわけがない。社畜時代に干からびていた私の心は、完全に彼の胃袋掌握の魔法にかかってしまっていた。
「……はいっ! 毎日の夜食、楽しみにしてます!」
私が満面の笑みで答えると、ダインさんは再び耳まで真っ赤にして「が、頑張ります!」と厨房の奥へと逃げ込んでしまった。
やっぱり、この人は可愛い。
私はデザートのボウルを手に持ったまま、ポポロ亭の賑やかなフロアを振り返った。
大食いするリーザ、酒を煽るマンミアさん、笑い合うキャルル村長とニャングルさん。
異世界に来て一ヶ月。
理不尽に押し付けられた借金百万の絶望から始まった私の生活は、今、信じられないほど温かい居場所に包まれている。
(……クソ女神め。借金は絶対に許さないけど、この出会いだけは、少しだけ感謝してあげてもいいかもね)
私は首から下げた『エンジェルすまーとふぉん』をそっと握りしめた。
画面をこっそり確認する。
【現在ご利用額:931,000円】
【実質残高:1,000円】
うん、まだまだ先は長い。
黒服天使レスラーの影は常に背後に迫っているし、村の財政もまだまだ立て直しの途中だ。
でも、今の私には、エクセル的思考と事務員魂がある。
そして何より、美味しいご飯を作って私を守ってくれる最強の騎士と、一緒に笑い合える仲間たちがいるのだ。
「さあ、明日も定時退社目指して、バリバリ稼ぐわよ!」
私は残高千円のスマホをポケットにしまい、賑やかな宴の輪の中へと戻っていった。
私の異世界お仕事サバイバルは、まだ始まったばかり。
借金完済と、平穏なスローライフ(と美味しい夜食)を手に入れるその日まで、秋野リカの総務課仕込みの戦いは終わらない――!
読んでいただきありがとうございます。
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