EP 14
スポンサーとアイドルと、最強の氷魔剣士
極寒の冷気が、ポポロ村の広場を吹き抜けた。
「ギチギチギチッ……!」
死蟷螂機が、忌々しげに赤い複眼を明滅させる。
先ほどまで私と子供を真っ二つにしようとしていた巨大な鎌は、ダインさんが展開した氷の防壁に弾かれ、空を切っていた。
獲物を邪魔された機械の怪物は、ターゲットを明確に『目の前の青年』へと切り替えた。
「ダインさん、気をつけて! そいつ、マンミアさんの攻撃も通じないくらい装甲が硬いんです!」
「大丈夫ですよ、リカさん」
ダインさんは、私の方を振り返らずに言った。
その声は、いつもの食堂で「お待たせしました」と言う時と全く同じ、穏やかで静かなトーンだった。
「リカさんは、その子から目を離さないでください。すぐに終わらせますから」
ダインさんが右手に握る『氷魔極剣』から、チロチロと青白い冷気の粒子が零れ落ちる。
次の瞬間、死蟷螂機が五メートルの巨体を揺らし、凄まじいスピードでダインさんに肉薄した。
左右から挟み込むように振るわれる、必殺の双鎌。
「あっ――!」
私が悲鳴を上げるより早く。
ダインさんの姿が、フッと『ブレた』。
ガギンッ! キィィィィンッ!!
空気を切り裂く甲高い金属音。
ダインさんは、死蟷螂機の巨大な鎌の軌道を、手にした氷の剣で最小限の動きで受け流していた。
力任せに弾き返すのではない。相手の莫大な運動エネルギーを、氷の刃で滑らせるように逸らしているのだ。
「……随分と、乱暴な機械ですね。刃物は正しく使わないと、怪我をしますよ」
ダインさんが剣を払うと、死蟷螂機の右腕の鎌が、まるで意思を持っているかのように軌道を逸らされ、自らの左腕の装甲に激突した。
ギギギッ! と火花が散る。
「すごい……」
私は息を呑んだ。
ダインさんの剣捌きは、荒々しい戦場には似合わないほど美しく、優雅だった。
足元から凍りつくような冷気を放ちながら、彼は蝶のように舞い、氷の刃で怪物の巨体を翻弄していく。
オドオドとしていた気弱な料理人の姿は、そこには微塵もない。
「ですが……確かに、厄介な装甲ですね」
ダインさんが小さく呟く。
彼の氷魔剣が死蟷螂機の脚部を斬り裂こうとしたが、黒光りする装甲に阻まれ、浅い傷しかつけられないでいた。古代大戦を生き抜いた殺戮兵器の防御力は、ダインさんの剣技をもってしても一筋縄ではいかないらしい。
「ギチギチギチッ!!」
苛立った死蟷螂機が、腹部のエネルギー変換炉を赤黒く発光させた。
周囲の魔力を吸い上げ、強力な熱線でも放つ気だ!
「マズい! ダイン君、避け――」
後方で指揮を執っていたキャルル村長が叫んだ、その時だった。
「私の! 大切なスポンサー様に! 何をしてますのォォォッ!!」
広場の端から、真っ赤な芋ジャージを着た少女が、みかん箱を小脇に抱えて猛ダッシュで突っ込んできた。
極貧地下アイドル、リーザだ。
「リーザ!? 駄目、来ちゃ――」
「リカ様、ご安心を! 私の『Love & Money』の真髄、今こそお見せしますわ!」
リーザは死蟷螂機の側面に回り込むと、勢いよくみかん箱の上に飛び乗った。
そして、空に向かって両手を高く掲げた。
「対象指定! そこのデカブツ! あなたの持っているステータスも、エネルギーも、幸運も! アイドルであるこの私に、全部捧げなさい!」
リーザが叫ぶと同時に、彼女の胸元から眩い光が溢れ出し、一つの奇妙な形をした『魔導具』が具現化した。
それは――どう見ても、木製の『お賽銭箱』の形をした、巨大な『掃除機』だった。
「いきますわよ! ユニークスキル【貧乏神(お賽銭箱型掃除機)】、フルパワー起動ですわぁぁぁ!」
ギュイイイイイイインッ!!
掃除機から、ダイソンも真っ青の凄まじい吸引音が鳴り響いた。
死蟷螂機が放とうとしていた赤黒いエネルギーが、みるみるうちに掃除機のノズルへと吸い込まれていく。
それだけではない。
「ギ、ギギ……!?」
死蟷螂機の動きが、目に見えて鈍くなった。
漆黒の装甲から光沢が失われ、関節部分からはサビついたような軋む音が鳴り始めている。
「な、何が起きてるの……?」
「ふふん! 相手の魔力、闘気、防御力、そして『運気』に至るまで、ぜーんぶ私が没収して弱体化させましたの! これがアイドルファンの宿命(お布施)ですわ!」
リーザがドヤ顔で言い放つ。
お賽銭箱型掃除機……恐ろしいスキルだ。対象のステータスを根こそぎ吸い取り、文字通り『極貧状態』に叩き落とす超絶デバフ能力。彼女がただのポンコツアイドルではない証拠だった。
(吸い取ったエネルギーがリーザの力になるわけでも、お金に換算されるわけでもないのが、彼女らしい悲しい仕様なのだが)
「ギヂヂヂヂッ……!」
突如として全身の力が抜け、運気まで吸い取られた死蟷螂機は、バランスを崩してよろめいた。
その隙を、歴戦の指揮官であるキャルル村長が見逃すはずがなかった。
「ダイン君! 敵の装甲値、限界まで下がってる! 今だよッ!!」
「――はい」
ダインさんは短く応じると、氷魔剣を上段に構え直した。
ヒュゥゥゥッ……。
風の音が消えた。
世界が静止したかのような錯覚。
ダインさんの周囲の大気が、異常なまでの超低温に包まれる。足元の石畳が白く凍てつき、ひび割れていく。
彼の瞳は、もはや一切の感情を排した、純度の高い氷そのものだった。
「……フリーズ!!」
ダインさんが静かに囁いた瞬間。
ピキィィィンッ!!!
死蟷螂機の足元から、巨大な氷の柱が一気に噴き上がった。
「ギッ!?」と機械が反応する間もなく、極低温の氷は怪物の巨体を駆け上がり、両腕の鎌を、赤い複眼を、そして五メートルの装甲すべてを、分厚い氷塊の中へと完全に閉じ込めた。
絶対零度の凍結。
古代兵器は、美しい氷の彫像と化して、完全に沈黙した。
「すごい……完全に、凍らせた……」
私が息を呑んで見上げる中、ダインさんは構えた剣に、最後の一撃を込めるために闘気を練り上げた。
凍りついた剣身から、青白い狼のようなオーラが立ち上る。
最強の騎士が放つ、慈悲なき一閃。
「――『氷狼一閃斬り!!』」
ダインさんが、氷の剣を静かに振り抜いた。
音はなかった。
ただ、空間そのものがズレたかのような、鋭く青白い閃光が夜空を真横に切り裂いただけだ。
一秒。二秒。
ダインさんが剣をゆっくりと鞘(見慣れた包丁差しだ)に収める。
チャキッ、と小気味良い音が響いた、その瞬間。
パァァァァンッ!!
氷の彫像と化していた死蟷螂機が、斜め一直線にズレたかと思うと、内部から爆発したように粉々に砕け散った。
何トンもあるはずの鋼鉄の装甲が、極低温で限界まで脆くなったところに剣撃を受け、細かな氷の結晶となって夜風に舞い散る。
キラキラと光を反射しながら降り注ぐダイヤモンドダスト。
それは、死をもたらす怪物の残骸とは思えないほど、皮肉なほどに美しい光景だった。
「……」
氷の粉雪が舞う広場の中央で、ダインさんは静かに息を吐いた。
その背中は、どんな英雄よりも大きく、頼もしく見えた。
「やった……。勝った……!」
自警団の兵士たちが、歓声を上げる。
キャルル村長がへたり込んで安堵の笑みを浮かべ、マンミアさんがアグニを天に掲げた。
「やりましたわ、リカ様ぁぁぁ!」
リーザが掃除機を放り出し、私に飛びついてくる。私は腕の中の子供をあやしながら、リーザの頭を撫でて、涙ぐみながら笑った。
青白い閃光が夜空を切り裂き、強固な怪物は粉々に砕け散った。
――私たちの、完全勝利だった。
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