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借金転生した元社畜、残高千円のスマホで辺境村の事務員になる〜気弱な最強騎士に胃袋を掴まれ絶対防衛で溺愛されています〜  作者: 月神世一


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12/25

EP 12

愚か者の末路(ざまぁ回収)

 その日のポポロ村は、嵐の前の静けさという言葉がふさわしい、ひどく穏やかな午後だった。

「リカちゃん、はい、これお茶ね。いつもありがとう」

「ありがとうございます、村長。……って、このお茶、なんかキラキラ光ってますけど!?」

「えへへ、疲労回復に効くように、私の月光の魔力をちょっとだけ注いでみたの。一気飲みすると三日くらい徹夜できちゃうから気をつけてね」

「こわっ! 絶対徹夜なんかしませんよ!」

 役場のデスクで、私はキャルル村長が淹れてくれた怪しい(けれど美味しい)お茶をすすりながら、エクセルの表計算のような書類仕事に勤しんでいた。

 窓の外からは、今日もみかん箱の上で熱唱するリーザの歌声が聞こえてくる。

『五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイッ!』

 なんだかんだで、彼女の図太い歌声は村のBGMとしてすっかり定着しつつあった。

 農家のおばちゃんたちが手拍子を打ち、非番の自警団員たちが笑いながら銅貨を投げ入れている。平和な光景だ。

「……平和ですねぇ」

「そうだね。でも、なんだか今日は風が少し冷たい気がするな」

 キャルル村長が、窓の外の空を見上げてポツリと呟いた。

 確かに、朝から空には薄い雲が広がり、どこか重苦しい空気が漂っている気がする。

 そういえば、今日は朝から自警団のマンミアさんが「森の調査に行く」と言って出かけたきりだ。何もなければいいのだけれど。

 一方、その頃。

 広場の一角にある『ポポロ亭』の厨房では、白い割烹着姿のダインが、真剣な眼差しで鍋の中を見つめていた。

「……よし。出汁の引き具合は完璧だ。あとは、このお肉をリカさんの好みの柔らかさに仕上げるだけ……」

 ダインは呟きながら、氷魔法で微細な温度調整を行っている。

 最近の彼の日課は、定時退社(たまに少し残業)してくるリカのために、最高に美味しくて胃袋が温まる夜食のメニューを考えることだった。

 彼女が美味しそうにご飯を頬張り、ふにゃりと笑ってくれる顔を見るのが、今のダインにとって何よりの幸せなのだ。

「今日は、シープピッグの出汁茶漬けにしよう。生姜を少し多めにして、身体が温まるように……。リカさん、喜んでくれるかな」

 厨房に立つ彼の顔は、思い出すだけで熱くなる自分の頬をごまかすように、ふんわりと優しく緩んでいた。

 ダインはまだ気づいていない。

 この穏やかな日常が、残酷な古代の悪意によって、今まさに踏みにじられようとしていることに。

   ◆

 時を同じくして。

 ポポロ村から遠く離れた森の最深部、禁断の古代遺跡の中。

「あ、がっ……ぐぁぁっ……!」

 男は、肺から空気を絞り出すような呻き声を上げた。

 数日前、ポポロ村の広場でリーザのみかん箱を蹴り飛ばし、リカに右ストレートで殴り飛ばされた『牙狼団』の小悪党である。

 彼は今、宙に浮いていた。

 全高五メートルを超える巨大な漆黒の機械――『死蟷螂機ネクロマンティス』の、鋼鉄の触手によって首根っこを掴み上げられていたのだ。

「は、離せ……! 俺だぞ、お前の封印を解いてやったのは、俺だぞ……!」

 男は空中で足をバタバタとさせながら、必死に命乞いをした。

 だが、死蟷螂機の赤い複眼は、ただ無機質に点滅を繰り返すだけだ。古代の殺戮兵器にとって、目の前の小賢しい人間など、ご主人様でもなんでもない。ただの『起動用のエネルギーエサ』でしかなかった。

(どうして……どうしてこうなった……!?)

 男の脳裏に、後悔と絶望が渦巻く。

 彼はただ、あの生意気なジャージのリカと、小癪なアイドル(リーザ)に吠え面をかかせてやりたかっただけなのだ。

 この古代兵器を従えて村を襲い、あの女たちを土下座させ、自分が村の支配者としてふんぞり返る。そんな、三流悪役特有の底の浅い復讐劇を夢見ていただけなのだ。

 それが、どうだ。

 自分の足元にひれ伏すはずだった怪物は、今、自分をゴミ屑のように摘み上げ、その腹部にある恐ろしい『エネルギー変換炉』の口をゆっくりと開いている。

 中には、有機物をすり潰すための無数の鋭いギアが、ギチギチと音を立てて回転していた。

「や、やめろ……! 待ってくれ! 俺は、俺はこんなところで死ぬようなタマじゃねえ! 俺は、この世界の主人公になるはずだったんだ……!」

 男の無様な叫び声が遺跡に響き渡る。

 だが、彼がこの異世界で主人公になれる見込みなど、最初から一ミリも存在しなかった。

 真面目に働くこともせず、他人の努力を鼻で嗤い、弱い者を虐げることでしか自尊心を満たせなかった愚か者。

 そんな男に相応しい末路は、これ以上ないほど見事な『自業自得』だった。

 シュゴォォォォッ!

 死蟷螂機の触手が無慈悲に動き、男の体をエネルギー変換炉の中へと放り込んだ。

「ぎゃああああああああっ!!」

 男の身体が、魔力と生体エネルギーごと、古代兵器のシステムによって急速に吸収・分解されていく。

 痛みと絶望の中、男の薄れゆく意識が最後に見たのは、赤い複眼の冷酷な光だった。

(あの時……あの女に殴られたまま、大人しく逃げていれば……こんなことには……)

 遅すぎる後悔。

 他人の夢(みかん箱)を蹴り飛ばした男は、自分自身が巨大な機械の足元で、無価値なゴミとして処理されるという、完璧な因果応報の結末を迎えた。女性向け読者が最も溜飲を下げる、この上なく美しい『ざまぁ』の完了である。

 ゴウンッ……!!

 男のエネルギーを完全に吸収した死蟷螂機の機体が、赤黒い魔力のオーラを放って吠えた。

 数百年ぶりに満たされた動力炉が唸りを上げ、巨大な二本の鎌が虚空を切り裂く。

   ◆

 同刻、ポポロ村。

『ウゥゥゥゥーーーーーッ!!』

 突如として、村の広場に設置されていた魔導サイレンが、鼓膜を劈くような大音量で鳴り響いた。

 それは、村に最大級の危機が迫っていることを知らせる『空襲警報』だ。

「な、何っ!?」

 役場のデスクから飛び上がった私の耳に、ダァァン! と扉が蹴り開けられる音が飛び込んできた。

 息を切らして駆け込んできたのは、自警団のマンミアさんだった。その顔には、かつてないほどの焦燥と恐怖が浮かんでいる。

「村長! リカ事務官! ただちに全村人に地下シェルターへの避難指示を!」

「マンミアさん! 一体何があったんですか!?」

「村の防衛用魔導レーダーが、異常な魔力反応を捕捉した! 全高五メートルを超える、未知の巨大魔獣だ。防壁なんて紙切れのように切り裂かれるぞ!」

 全高五メートル。

 その規格外のサイズに、私は言葉を失った。

「そ、そんな……! 自警団の武器じゃ倒せないんですか!?」

「魔導誘導バズーカでも、装甲を抜けるかどうか……! だが、私たちがここで食い止めねば、村が蹂躙される! だから、非戦闘員は早く逃げろ!」

 マンミアさんはそれだけ叫ぶと、愛用のパイルバンカー式シールド『アグニ』を構え、嵐のように再び広場へと駆けていった。

「リカちゃん! 村の皆の誘導をお願い! 私は自警団の援護に行くから!」

「村長! 駄目です、また無理して魔力を使ったら死んじゃいますよ!」

「それでも、私はこの村を守るの!」

 キャルル村長はウサギ耳をピンと立て、力強い瞳で私を見てから、マンミアさんの後を追って飛び出していった。

 心臓が早鐘のように鳴っている。

 手足が震える。でも、ここで立ち止まっているわけにはいかない。

「ニャングルさん! 金庫の重要書類と現金を持って、シェルターへ! 私は逃げ遅れた人がいないか確認してきます!」

「アホか! 嬢ちゃんみたいな素人がウロチョロすな! はよ逃げろ!」

「リーザとダインさんが、まだ広場にいるはずなんです!」

 私はニャングルの制止を振り切り、役場を飛び出した。

 外に出ると、空はどんよりと暗く曇り、森の奥から『ドズゥン……ドズゥン……』という、大地を揺るがす巨大な足音が近づいてくるのが聞こえた。

 木々が薙ぎ倒され、土煙が上がる。

 そして、村の防護壁の向こう側に、悪夢のような漆黒のシルエットがその姿を現した。

 太陽の光を遮るほど巨大な機械の蟷螂カマキリ。頭部で明滅する赤い複眼が、獲物を探すようにギョロリと村を見下ろした。

 私は息を呑み、足がすくむのを感じた。

 あんなバケモノ、どうやって倒せばいいというのか。

 遺跡の奥深くで消えた男の命を喰らい、再起動を果たした古代の殺戮兵器。

「ヒィィィッ!」

 男の断末魔を飲み込み、巨大な怪物が私たちの平穏な村へとその忌まわしい歩みを進め始めた。

読んでいただきありがとうございます。

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