遊び人、パーティを組む───
◆◇◆◇◆
いよいよと言うべきか、やはりと言うべきか、『隣人』が我慢の限界とばかりに足を踏み鳴らし始めた。石材が揺れるのを靴越しに感じる
まだかまだかと急かす重圧に思わず苦笑いが漏れる
◆【夕陽が空を染めていく】
この契約の相剋を利用する───昼ごろに、この『契約』が行われたので、それと『相剋』を成す『夜』の環境を待ち、人の多い場所での契約だったために、人気を避ける
『隷属化』越しに見る彼女の瞳はとても濁っていた。隷属の恐ろしさを前にこれを多用する人間の神経を疑いつつ、『彼女』の手を取り、問い掛ける
これだけでも『解呪』の効果に繋がるはずだ。だがひとつ、ここで問題が起きた
「……」
この娘の名前を、俺は知らない。どうしよう
◆【♪:指折り空を眺める輝夜の君】
「『君の名前は?』」
『ティナ』
抑揚のない声で、彼女は告げた
「それじゃあティナ、君をこの支配から解放する」
『……』
とは言ってもなぁ。身長差が大きいのが問題だ。20〜30センチは違う。加えて今からする【舞台】は、『彼女』を主役にしなければならない
助手としてはあったが『舞台』で他人を『主役』にすることは初めてだ
「…っ」
それでも、やるしかないんだ。じゃなきゃ───
『ディランさん』
「…ティナ?」
◆【引け目を感じる】
音が聞こえる。【特定舞踊】における『強制』が始まった。急いでティナの手を取るディランだったが思った様に動けない様子を見せていた。彼女の声に集中を乱されたからだろうか
◆【胸中の雑念】
違う。数10分前に俺はティナのパーティ勧誘を断ったばかりだ。あれほど熱心だった彼女に、気まずい思いをさせてしまったこと
それが今も胸に引っかかっていて、足運びに雑念が生まれる。ましてやこんな状況で、俺が彼女のために何かをしようとしている、という事実が、さらに気まずさを増幅させている。こんなことなら曲がりなりにでも手を取るべきだった
◆【生半可な決意で踏むステップ】
音楽に引っ張られる足運びの何と醜いことか、素人と熟練者の足並みが揃うにはあまりに、あまりに短過ぎる出会いと別れの経験に思いやりすら忘れてディランはティナを『喰う』様に踊りを続けた
◆【醜悪】
彼女の『隷属化』を解くためには、俺の『舞踊』の【スキル】を使うしかないんだ。それなのに何だこの無茶苦茶な足運びは!相手を『主役』に据え、かつ『解呪』が目的だ俺が目立つ上に、酷い舞踊をして何の意味があるってんだよ
俺自身も容易ではないことは分かっている。『舞踊』を『侮辱する意図』なんて持ったことすらない。それだと言うのに何で、俺はこんなに下手くそに踊っているんだ?
◆【隣人の足踏みが強くなっていく】
ディランの良き味方『ラビット』は、ディランの舞踊をひどく気に入っていることは語るべくもない。故に珍しく乱れる彼のステップにリズムの忘却なのではと『助力』を始める始末
◆【募る苛立ち】
うるさいな!分かってるって!俺だって彼女を立てないといけないのは分かっている!でも、『操り師のいない操り人形』を相手にどうすれば上手く踊れるってんだよ!
「はぁ…はぁ…」
俺はなんて言った?『彼女』のことをなんて言った?『人形』?何でそんな酷いことが言えるんだよ
「…違う。違うんだ」
結局俺は『遊び人』から何も買われていないのかよ。そんなこと、そんなことって
「俺は…何様だよ」
魔力を必要としない筈の『舞踊』の最中に『魔力が不足した時の様な症状』───眩暈、吐き気、感覚鈍化、視界の歪みが俺を襲った
◆【舞台の失敗】
ディランは倒れそうになった───『過去のトラウマ』からの『精神と肉体』の『乖離』が舞台の崩壊。それは本来『失敗』となる筈だった
それでもなお『儀式』を続行できているのはディランの『深層に燻る意地』だった。乖離した精神は曲がってなお、折れることをよしとしなかった
それでも有限故に刻一刻と迫る『儀式の破綻』
◆【虚ながら前に進みたい意思】
『…ごめん、なさい』
「っ!」
本来、もの言えぬ『傀儡』になる術を受けているのにも関わらずティナが話し始めた
「なんで…」
『まだ、弱くて』
彼女は決して悪くない。手を払ったのは俺だ。助けるのが遅れたのは俺で、今ヘマしそうになっているのも俺だ
「違う、俺が」
『だから、いつか───』
◆【主役を立てる決意】
ひとりでも良かった遊び人ディランが、ふと溢したそれを幼き日のティナは耳にしていた。父親と語り合うディランがふと見せた寂しさ、それが何を指し示していたのかは不明だった
それでも、幼きティナは『何か』になろうと我武者羅に突き進んでいた。転んで、傷ついて、折れて、曲がって、砕けて、それでも立ち上がり、治して、くっつけて、戻して、集めた
◆【彼女はいつも、未来を見ていた】
『───一緒に歩いてくれますか』
「…」
『…』
ティナがまた、言葉を閉ざした。術式の不十分さが招いたことだろうか。それとも祈祷の奇跡。いや、違う。考えるな
◆【雑念が消えた】
兎の足ダンが『拍手』へと変わる。灯る街灯がスポットライトへ、不細工は裏方へ───ディランの動きが落ち着きを取り戻した
彼女の瞳に宿り続ける未来の光景に追いつく様に、背筋を伸ばし、彼女に向き直った
◆【♪:指折り空を眺める輝夜の君『へ捧ぐ』】
彼女が主役だ。弁えろ───俺は、あくまでその引き立て役だ。観客の視線を彼女に集まるようにではない。俺の踊りは、彼女の輝きを増すためのもの。俺は『影』だ
◆【咲き乱れる魔力の花】
青白い光が辺りを淡く照らし、いつもの舞台へと姿が変わっていく、そこに『ただひとりの少女』が花畑の内で舞っていた
踊りが風に揺れる草木の様に激しい流れを生み出していく中、空間が揺らめき、ティナはやがて魔力の花に目を奪われる様に目に光が戻り、身体に刻まれていた『奴隷紋』が風に吹かれる様に光の粒子になって全身から夜空に向かって登っていった
◆【改めて名前を聞かせて】
落ちたことにすら気が付かなかった帽子の中へと隣人が帰っていく、終わったのか。こんなに疲れる舞台は初めてだ
「ディランさん?」
「…」
腕の中の君は何て綺麗な目をしているんだ
虫のいい話だ。それでも彼女を放っておけなくなった。【職業柄】じゃない、己の自惚れに気づかせてくれた。昔から『今』を見てくれていた『友人』に報いるためだけに俺は息を切らせながら、彼女に問い掛ける
◆【君の名前を聞かせてもらえるかい?】




