遊び人、今一度顔を上げる───
◆◇◆◇◆
バベルへ向かおうか
そう思ったのは『道化師』での成長が頭打ちになっている気がするからだ。魔王との戦いでそれを嫌と言うほど実感した
名残惜しくはあるものの『道化師』では世界を救うことは叶わない。そう俺の心が『小道具を手放させた』───道化師という裏方では人々の精神的支柱になり得ない
「やっぱり剣でも振るべきだろうか」
勇者というものは『国王から認められた特別な存在』という国民の期待があることは想像に難くない。そんなモノを俺がもし謳うならばと考えた時『戦況を引っ掻き回す難しい役割』より『最前線に立ち仲間を鼓舞する役割』の方が謳う側としても助かるというモノだ
◆【皮肉だ、助けたいと思うほどにその席は遠い】
「はぁ…」
「まま?あの人あそこから出てきた」
「あら、そうね。綺麗な服、きっと勇者様よ」
道行く人組みの親子が俺を見つめている。残念だが違うんだ。俺はその勇者を終わらせるであろう『密告者』なんだよ
「勇者様!勇者様!!」
何も知らない童が走ってくる。おぼつかない足取りで必死に
◆【つまづき転びそうになった童】
そんな"おぼつかない"足取りを続ければ当たり前に地面に足を取られる。勢いのついた『それ』はさぞ痛かろう
「あぶね」
シルクハットを脱ぎ、投げ込む。造作のないことだ。反射結界の合間を縫って取り巻きを倒さなければいけないあの油断を許さない戦場に比べれば───本当に造作のないことだ
「うあぁあん」
間に合ったと思ったが童は泣き出した。痛みはないはずだ。シルクハットは見た目のハリボテ感とは裏腹に赫灼王達と集めて回った上質な素材で仕立ててもらった思い出深い品で、俺が全幅の信頼を置く防具なのだから───ならば童よ。なぜそれ程に泣く
◆【泣き止んでもらう方法】
「…仕方ない」
俺は泣き止ませる方法を知らない。知っているのは【笑わせる方法】だけだ
【人の試練は見守るべき、それでも人の不幸は取り除くべき、俺は『道化師』である───序章はまだ先、今を泣いていては終章に流せる涙が枯れてしまう】
「【立ち上がれ勇者よ】」
3年ぶりに【大道芸】を発動する。靴でこ気味よくリズムを踏み鳴らす。先まで泣いていた童が音に耳を傾け泣き止んだ
◆【職業柄と性分で】
「大道芸、久しぶりだな」
一度始めた【大道芸】を止めるのは難しい。公演がいきなりピタリと止んだなら、観客の熱の行き場がなくなってしまうからだ───萎える熱ほど酷いものはない
「さぁ始めるかな」
童と帽子を抱え上げ、帽子を被り【舞踊】を始める
◆【立ち上がれ勇者よ】
その場で回る舞、ディランの周りに光の帯が生まれてディランが両足を踏み鳴らすと同時にそれは『スポットライト』を誘導する『舞台』として地面に広がった
「わぁ、綺麗!」
「大道芸か!」
「いいぞ、踊れ踊れー!」
ディランの踊りに合わせて色とりどりの花が舞台に咲き乱れ、気がつけばそこかしこが花に埋もれて、一面の花畑へと変わっていた
「すっげぇ、魔法の花だ…」
『魔力を内包する花』───正式名称はなく、マナフラワーであったり、マジックフラワーであったり、その真価は『咲き乱れることで継続的に魔力が回復する』というものだ。幸福感や安心感を齎す
「〜♪」
【舞踊】に誘われ『光の妖精』がディランに『スポットライト』を落とせば道行く人々が足を止めて、ディランに釘付けになる
「少年、好きなものは?」
「…ドラゴン」
「いいねぇ、俺もだ」
ディランは懐からトランプの束を取り出しターンに合わせて手の平から宙に向けて飛ばしていくと、やがてトランプの吹雪がディランと童を包んだ
視界を覆い尽くす程のトランプの吹雪が止むと同時に天を仰ぎ見る『トランプでできたドラゴン』が王都のど真ん中に出現した
「わぁあ!!」
歓声が上がる。この頃には童の涙も乾いていた
「はい、お母さん
今度は手を離しちゃいけないよ」
ドラゴンが注意を引いている隙にディランは童を母親の元へと帰すと帽子を脱ぎ道具の収納とフィナーレの準備に取り掛かった
地面に散らばっていたトランプが飛び上がり、竜巻の様にディランのシルクハットの中へと吸い込まれていき、ドラゴンを模していたトランプも帽子の中へと吸い込まれ切って辺りからディランの道具がなくなり、歓声ばかりが残る中ディランがシルクハットを胸の前に掲げて一礼をした
「楽しんでいただけましたか?」
◆【割んばかりの拍手喝采】
「いやぁ素晴らしかった」
「スッゲェ!」
「きゃあ!」
ん〜気分が良いけど『緊急公演』は不完全燃焼感が否めないな
「勇者のお兄ちゃん!」
「楽しんでくれたかな?」
「うん」
◆【辺りから勇者コールが始まった】
「え?いやいや、違う違う」
どこからともなくヴァンガーランド硬貨───王都で最も流通しているコインが俺目掛けて放り投げられた
「え?何」
呆気に取られていると次から次に地面に散らばっていくコインを前に立ち尽くしているとあっという間にコインが辺りを埋め尽くしてしまった
「楽しかった!」
「拾え拾え!」
「頼りにしてるぞ勇者様!」
◆【取り残された道化師】
「えっとぉ、これ拾っていいんだよな」
訳も分からず、コインを1枚手に取り裏表と確認する。どうにも本物の様だ
「散乱させておくのも忍びないな、こりゃ」
仕方ない。シルクハットを脱ぎ、1・2・3と叩き中から動物を呼び出す。シルクハットから出てきたのは赤い目の真っ白なウサギだった。この子達は公演以外で呼び出すと露骨に不機嫌になるからあまり呼び出したくはないのだが、散らかり様が散らかり様だ。腹を括るしかない
「ごめん、地面の硬貨を回収してくれる?」
ジトっと眺められたもののシルクハットから次々飛び出していくウサギ達がコインを加えてシルクハットへと帰っていってくれる
◆【最後の1匹】
「ありがとう」
今度はあの子達を主役にした公演をしなきゃな
受け取った最後のコインを、指で弾きながらそんなことを考えている。あ、そういえば『転職』を考えていたんだった
「…こいつらともお別れか」
旅のお供をしてくれていた。公演の手助けをしてくれていた『小道具』『動物』が急に名残惜しく思えて仕方がなくなった
「…バベルに着くまでになんとかなるかな」
優柔不断なまま、俺は王都を後にするべく歩き出す。バベルまでの道のりは短くもなく長くもない、それまでに整理がつけばいいのだが




