3-3.告白
証拠を集めるのに、一週間かかった。
アンナは東部地域の五つの村を回り、各村の長から話を聞いた。横領の手法は同じだった。ヨーハンは兵糧を蓄えるためと小麦を持ち出し、農家の申告書を代理提出して横領の事実を隠していた。横領した小麦は、西部地区の市場で売り捌いていた。
ヨーハンの横領により、キャンベル子爵領の税収の約二割が消えていた。
「昨年度は、税収の約二割が消えました。農民を騙し、領主を騙して、私腹を肥やした。これが事実です」
アンナが調査結果を机の上に置くと、ポールは長いため息をついた。
「ヨーハンは父の代からの徴税官だった。僕に東部地区の収穫量を丁寧に説明してくれた。まさか、全て嘘だったとは……信じられない」
「信頼していた人間ほど、見えにくいものです」
アンナの声は静かだった。それ以上の言葉は添えなかった。
ポールはヨーハンに出頭を命じ、証拠を突きつけ、喚問した。ヨーハンは言い訳を重ねたが、六人の村長の証言、西部地区の市場での取引記録、偽造した申告書を前にして、罪を認めた。
ポールはヨーハンの徴税官としての役職を解き、損害額の返還を命じた。後任の徴税官には、ポールが自ら面接した若い男が就任した。
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それから半年が経った。キャンベル子爵領の収穫量は前年比で二割増える予定だ。
実際の収穫予定量は変わっていない。ヨーハンが横領していた分が、正しく申告されるようになっただけだ。ポールが就任してから初めて、あるべき税収がキャンベル子爵領に入ることになる。財政は劇的に改善し、徴税官に収穫物を搾取されていた領民の顔にも活気が戻った。
祭の夜、ポールはアンナをキャンベル子爵邸の庭に呼んだ。
空には星が出ていた。遠くから領民の歌声が聞こえ、たき火の光が庭を橙色に染めていた。
「アンナ」
ポールは静かな声で言った。王立学院の教室で呼びかけられた声と、少し似ていた。
「君に、ずっと言えなかったことがある」
「どうしたの?」
アンナが目を細めると、ポールは頭をかいた。
「君がモーリス・シュルツ伯爵と婚約したとき、僕は悔しかった。あの男が君を幸せにできるとは思えなかったから」
「古い話です。それに、離婚しました」
アンナは首をすくめた。ポールは「そうだね」と笑い、それから真剣な顔に戻った。
「王立学院の卒業式の日に、君に結婚を申し込もうと思っていた。それなのに、君は在学中にモーリスと婚約した。卒業式まで待つべきではなかった」
ポールはアンナの手を取った。その手は、貴族婦人の手とはほど遠い、領地を回り、土に触れてきた荒れた手だった。
「僕の妻になってほしい。キャンベル子爵領に来てほしい。人生のパートナーとして、そばにいてほしい。共に領地を育て、共に歩んでほしい」
ポールの瞳には、純粋な敬愛が宿っていた。
前の夫のモーリスは、アンナを「都合の良い道具」と見ていた。だが、ポールが求めているのは対等なパートナーだった。
断る理由は、思いつかなかった。ポールは誠実で、領民を愛していて、アンナの言葉に耳を傾ける人。
胸の奥が温かくなった。けれど、その隣に別の感情があった。
ウィンストン子爵領の水路が完成した夜、領民が歓声を上げた時に感じたあの感覚。あれは領民のためではなく、アンナ自身から湧き出した達成感だった。
アンナはようやく、自分の人生を自分の手で動かし始めた。誰かの妻に収まる前に、やるべきことが、見たい景色が、山ほどあった。
アンナは、ポールの手を優しく握り返した。
「少し、考えさせてください」
ポールは何も言えず立ち尽くした。しかし、すぐに静かに頷いた。
「返事は急がなくていい。六年待ったんだ。何年でも待つよ。いつか一休みしたくなったとき、僕の隣が君にとって一番心地よい場所であるように……もっと、君にふさわしい男になってみせる」
「ありがとう。ちなみに、七年です」
ポールは「相変わらずだな」とぎこちなく笑った。その表情は、王立学院の教室で試験結果を受け取る顔に似ていた。
アンナは空を見上げた。遠くから、祭の歌が聞こえた。
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