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領地に帰らず王都で遊んでいた夫に「離婚してほしい」と言われたので、他の領地を発展させることにします  作者: kkkkk


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3-2.調査

 翌日、アンナはポールと東部地区の農村へ向かった。


 馬車を連ねて領主が来れば、農民は警戒する。行商人を装ったほうが領民の本音を聞きやすいだろう。アンナは麻のワンピースにエプロンを着用し、ポールは麻衣の上にジャケットを着て帽子を被った。移動は馬車ではなく、荷馬車にした。また、地方役人に呼び止められた場合に備えて、領主であるポールの通行許可証を持った。


 街道を外れた細い道を、荷馬車でゆっくりと進んだ。車輪が乾いた地面に長い線を描き、馬の蹄が土埃を小さく跳ね上げた。


 日に焼けたように見せるため、アンナとポールは頬に薄く煤を塗った。御者台に座るポールは行商人に見えなくもない。だが、ポールの背筋は妙に真っ直ぐで、手綱を握る指先は白かった。


「ポール、姿勢が良すぎるわ。もう少し、だらしないほうがいいかしら」とアンナが荷台の奥から忠告すると、「分かったよ」とポールは背中を丸めながら小声で返した。


「夫婦の行商人という設定だから、ポールじゃなくて“あなた”と呼ぶべきなのかしら?」

「からかうなよ、アンナ」


 そう言いながらも、ポールの口元はゆるんでいた。


 やがて小麦畑が途切れ、小さな村に入った。石積みの井戸、煙突から白煙を上げる藁葺き屋根の家、畑仕事を終えた農民の姿があった。

 村に大きな屋敷はなく、どれも粗末な家屋だった。農民は粗末な服を着ていた。無申告の小麦を売った金で裕福な暮らしをしている、と考えていたのだが……アンナの予想は外れた。


 子供たちが荷馬車に駆け寄ってきた。


「行商人だ!」

「お菓子ある?」


 御者台のポールは困った顔をして、荷台のアンナに助けを求めた。普段領主として過ごしているポールは、無邪気な子供に囲まれる経験などない。アンナは荷台から地面に下りた。


「干しブドウならあるわよ。あげるわ」


 柔らかな声に、子供たちの目が輝いた。アンナは小袋から干しブドウを出すと、子供たちの手に乗せた。


「ありがとう!」


 御者台に座ったアンナに「さすがだな」とポールが呟いた。


 干しブドウを食べてご機嫌な子供たちは、荷馬車についてきた。荷馬車とすれ違う村人に「これ、もらったんだ!」と子供たちは干しブドウを見せびらかした。


 村の中央まで進むと、老いた農夫が近づいてきた。


「旅の商人かね?」

「ええ。この村の小麦について訊きたいことがあるのです。誰かいい人はいませんか?」

「それなら、村長のエドワードだな。突き当りの家に住んでいる」

「助かります」


 アンナは深々と頭を下げた。農夫は二人をじろりと見たあと、ふっと笑った。


「仲の良さそうな夫婦だな」


 その一言に、アンナとポールは同時に沈黙した。


「……い、いや、その」

「ええ、まあ」


 歯切れの悪い二人を見て、農夫は愉快そうに笑いながら去っていった。


 沈黙が続く荷馬車には、騒ぐ子供の声が響いた。アンナが小さく呟く。


「夫婦に見えたそうですよ」

「聞こえていたよ」

「案外、変装は成功しているのかもしれませんね」


 温かい風が、土の匂いを運んできた。夫婦の行商人に扮したアンナとポールは、黄金色の畑に囲まれた農村に溶け込んでいた。


 民家は、「家」と呼ぶのもためらわれるほど粗末なものだった。壁は黒ずんだ木板で、ところどころ隙間が見えた。藁葺き屋根は片側が沈み込み、雨漏りの染みが軒下まで広がっていた。


 **


 村長の家に着くと、子供たちが「お客さんだよ」とエドワードを呼びに行った。


 子供に案内されて家の中に入ると、初老の男が探るようにアンナたちを見た。

 エドワードは痩せた、背の高い男だった。麻服はあちらこちら繕われており、袖口は擦り切れていた。


「私たちはキャンベル子爵領で小麦の買付けをしている行商人です。領主の許可証はこちらに」


 アンナが差し出すと、エドワードは通行許可証に視線を落とした。


「本物のようだな」


 エドワードに案内された部屋に入ると、生活臭が流れてきた。食べ物、湿気、煙が混ざった臭い。ポールは顔を背けたが、アンナは笑顔を崩さなかった。

 部屋には古びた机と椅子が三脚。アンナはエドワードの向いに座った。


「それで、何が訊きたいのかな?」


 アンナが村の小麦について、専門的な質問をいくつか重ねると、エドワードの目が変わった。話が分かる相手だと判断したのだろう。小麦の品質管理、収穫時期の労働力確保の方法などを確認した後、アンナは本題に入った。


「あの、少し込み入ったことを訊いても?」

「かまわんよ」

「この規模の村で、あれだけ立派な小麦畑があれば、もっと村民は豊かだと思っていました。でも、失礼ながら、この村は贅沢とは程遠い生活をしています。販売先に買い叩かれているのではないですか?」


 エドワードは眉をひそめて、黙り込んだ。


「もし買い叩かれているのなら、私たちが高く……」


 アンナが言い終わる前に、「そうではない」とエドワードは遮った。


「去年の収穫は良かったんだ。でも、徴税官が半分持っていった。隣国との戦争に備えて、兵糧を蓄えているそうだ」


 アンナの知る限り、隣国と揉め事はない。それに、キャンベル子爵領で兵糧を蓄えている事実はない。横を見ると、ポールは首を横に振っていた。


「あの……他の村では、そのような徴収はありません」

「そうなのか?」

「はい。この村だけ徴収されているのは変ですね。ところで、申告書にはどのように書いているのですか?」

「三年前から申告書は徴税官が代理で、領主に提出している」


 徴税官が村で収穫した小麦の半分を搾取し、その横領を隠すため、虚偽の申告書を作成してポールに提出した。

 アンナはポールに小声で囁いた後、紙の束を机の上に置いた。


「これは?」

「あなたの申告書です。見覚えは?」


 申告書を見たエドワードは目を丸くした。目の前の行商人に扮した二人が、何者かに気づいた。


「いえ」と姿勢を正したエドワードは、書類の束を手早く捲った。

「少なすぎる」、「害虫被害なんてない」申告書を持つエドワードの手は震えていた。


「徴税官の名前は?」

「ヨーハンです」


 ヨーハン・クラウス。キャンベル領の地方徴税官を、二十年務めている男だった。


 徴税官による小麦の横領と虚偽申告。これで、不自然な収穫量の謎が解けた。

 しかし、徴税官が横領したのがこの村だけとは限らない。アンナは他の村も調査することにした。


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