第11話「奇跡の証明と、崩れ落ちる虚構の玉座」
広間の空気が、僕の呼吸に合わせて微かに震え始めた。
足の裏から大理石の床を通して、この国の枯れ果てた大地に脈打つ微弱な水脈を探り当てる。
干上がり、死に絶えようとしている大地の悲鳴が、足先から血管を伝って僕の頭の中へと流れ込んできた。
目を閉じると、暗闇の中に無数の細い糸が見える。
それは、この国に生きる人々の命の灯火であり、大地を満たしていたはずの魔力の残滓だった。
『お前の力は、誰かを傷つけるためのものではない』
サイラスの言葉が、脳裏に蘇る。
そうだ。
僕の魔力は、他者の力を増幅し、世界の歪みを中和するためのもの。
憎しみで大地を焼き払うことなど、僕にはできないし、したくもなかった。
僕は足元にすがりつくユリウスを一瞥することもなく、ただ静かに両手を胸の前で広げた。
僕の中心から、透明な魔力の波が円形に広がっていく。
それは色を持たない純粋な力の奔流だったが、サイラスの濃密な魔力と混ざり合うことで、万華鏡のように複雑で美しい光の粒子へと変化していった。
光の粒子が天井へ向かって舞い上がり、ステンドグラスを突き抜けて王都の空へと拡散していく。
広間にいた全員が、息を呑んでその光景を見上げていた。
その光の粒子が肌に触れた瞬間、貴族たちの顔から疲労の色が消え、濁っていた空気が一瞬にして澄み渡る。
腐敗の匂いは消え去り、代わりに雨上がりの森のような、清浄な湿った土の匂いが玉座の間を満たした。
床に叩きつけられていたリアの傷も、光に包まれた途端に塞がり、彼女は呆然とした顔で自分の手のひらを見つめている。
やがて、分厚い石壁の向こう側から、大きな歓声が地鳴りのように響いてきた。
「雨だ……雨が降ってきたぞ!」
「花が……枯れていた畑に、芽が出ている!」
城の外にいる民衆の声だった。
干ばつに苦しんでいた大地に、僕の増幅した魔力が恵みの雨を降らせ、死にかけていた植物の命を極限まで引き上げたのだ。
奇跡と呼ぶにふさわしい現象を目の当たりにして、ユリウスは目を見開き、わなわなと唇を震わせた。
「これが……君の、本当の力……」
「そうです。あなたが役立たずと切り捨てた僕の力が、この国の奇跡の正体です」
僕は静かな声で告げた。
誇張でも何でもない、ただの事実の提示。
ユリウスの顔が、絶望と後悔で無残に歪んでいく。
自分が手放したものがどれほど巨大で、どれほど不可欠なものであったかを、彼は今更になってようやく理解したのだ。
リアは床にへたり込んだまま、首を何度も横に振っていた。
「違う、違うわ。私が聖女よ。私が祈れば、また……」
「もう祈る必要はない。お前のその薄汚い声が、大地の悲鳴をかき消していただけだ」
サイラスが冷酷に言い放ち、リアから完全に視線を外した。
国王も貴族たちも、ただ言葉を失い、広間の中央に立つ僕を畏怖の目で見つめている。
僕はゆっくりと手を下ろし、魔力の放出を止めた。
満ちていた光の粒子が少しずつ空中に溶け込み、後には静寂だけが残る。
「これで、僕の証明は終わりです」
僕は広間を見渡し、よく通る声で宣言した。
「大地は一時的に息を吹き返しましたが、これは僕の魔力によるただの延命措置に過ぎません。僕はこの国には残りませんし、二度とあなたたちのために力を振るうことはない」
「そんな……待ってくれ、我々を見捨てるというのか!」
国王が悲鳴のような声を上げる。
「見捨てるのではありません。あなたたちが自分たちの足で歩く時が来ただけです。偽りの奇跡にすがりつくのはやめて、己の手で土を耕し、国を立て直してください」
腹の底からせり上がる、静かで冷たい炎。
彼らに対する復讐は、彼らを滅ぼすことではない。
僕なしでは生きていけないという事実を突きつけ、その上で完全に切り捨てること。
それこそが、僕がこの国に対して下す、ただ一つの決断だった。
僕はくるりと背を向け、サイラスの隣に並んだ。
「行きましょう、師匠。僕の帰る場所は、ここではありません」
サイラスは満足げに目を細め、僕の腰に大きな手を回した。
服越しに伝わる彼の熱い体温が、僕の決意を肯定してくれる。
「ああ。こんな黴臭い牢獄に、お前を置いていく気は毛頭ない」
僕たちは重い扉に向かって歩き出す。
道を塞いでいた貴族たちが、まるで目に見えない壁に押し除けられるように、慌てて左右に道を開けた。
誰も僕たちを引き留めることはできない。
背後からユリウスのすすり泣く声が聞こえたが、僕は一度も振り返る事なく、まっすぐに王城の出口へと向かった。




