務めです
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「明日の訓練も同じメンバーで挑むことになります。変更点はダンジョンに入る順番が、逆になるくらいですが、何か質問はありますか?」
女子生徒と同じように騎士服を着用した先生が、みんなの前で長くて白い足を晒している。というか女子生徒みんな、騎士服を着用していてなかなかいい。
「……何かありませんか?」
先生は一度、明るく楽しげな表情をしているクラスみんなを見渡すと、安堵したような顔をした。
「……ないようですね。……何度も言いますが、何かあったらすぐに友人、委員長、先生、誰でもいいので相談することです。いいですね。では、これで解散です」
今日の訓練はよほど有意義だったのだろう。みんなは先生の解散の声を聞き、友人たちと賑やかな声をあげ城内へと移動を始めた。
そんな時――
「って!?」
その流れが落ち着くのを黙って眺めていた俺の後頭部に痛みが走った。
慌てて振り返って見れば――
「くっくっくっ。タロウ! やり過ぎて明日は遅れるなよ」
山田がにやにやしながら綺麗なお姉さんメイドの肩を抱き、寄り添いながら歩いていった。
――あいつ! 俺の頭を叩いて行きやがった……しかもなんだよ。メイドさんを……ん?
よく見れば、途中までは友だちと歩いていたはずの男子生徒の半数以上が山田と同じように、待機していたメイドの肩や腰を抱きヘラヘラしながら城内に入って行っている。
――くぅ……あっちもか……うげ!?
しかも、女子生徒は女子生徒でイケメン執事に手を引かれ顔を真っ赤にしている。
――あれ、伊藤さんが……
ガサツというか、クラス一男っぽい伊藤さんでさえイケメン執事から女性扱いを受け満更でもないような表情を浮かべている。
――イケメン執事のあの笑顔は反則だよな……っ!? ああっ、あのイケメン執事。しれっと恋人繋ぎなんてしてやがる。ぅぅぅ。
ま、まあ、俺には執事たちの顔は、整い過ぎてて誰が誰だか区別がつかないんだけどな……
――く、悔しくなんてないぞ……
俺? 俺はもちろん――
「勇者さま? 戻られないのですか?」
「え、あ、いや……」
「では、ご案内します」
「はい」
いつものキレイなお姉さんメイドの後ろを大人しくついていきました。
――――
――
メイドさんの後をついていき、俺専用となりつつある客室に戻ってくると、俺はすぐにテーブルの椅子に腰かけた。
――はぁ〜。ここに帰ってくると、なんか落ち着くわ〜。
「勇者さま? 昨日もお伝えしましたけど、あちらにシャワー室があります。必要でしたらご利用ください」
――え? 昨日、そんなこと言った?
「は、はい」
――……今のって……汗が臭いってことだよね……
汗臭いと自覚がある俺は地味にショックを受けつつ、素直にシャワー室に入った。
――汚れは……あ、外のカゴに入れるのね。
昨日はテンパっていて気がつかなかったが、客室には小さなシャワー室があったのだ。
――あ〜気持ちぃ〜、汗でベトベトだったからな〜。ふぉ〜シャワーサイコー。
「あ〜、さっぱりしたわ……」
浴槽がないのでさっと洗い流す感じだったが、それでもさっぱりして気持ちが晴れる思いだった。
「……あれ?」
だが、俺はここでふとタオルと着替えがないことに気がついた。
――おいおい、どうするんだよ……これ。
俺があたふた、おろおろしていると、メイドさんの声が聞こえてきた。
「勇者さま……」
シャワーを止めているので外の声がしっかりと聞こえてくる。
「は、はい」
「タオルとお着替えをお持ちしております」
――おお。なんて気の利くメイドさんなんだ。
俺は気の利くメイドに感謝しつつ返事をした。
「ありがとうございます。そこに置いててください」
「……」
――あれ?
メイドさんからは返事がなかった。
――ああ、さっさと置いて持ち場に戻ったんだな。
返事がなかったことに少し寂しさを感じつつも、俺はシャワー室の扉を全開にした。
「よっ……え?」
無表情のメイドさんが、タオルを広げて待っている。
「な、なんで……」
「務めですので……」
メイドさんだだ一言、それだけを言うと、俺の手を引きシャワー室から引っ張り出して、俺の身体を拭き始めた。
「え、あ、いや……自分で……」
「務めですので……」
「でも……」
前を隠そうものなら「邪魔です」と手を払いのけられ、隅々まで丁寧に拭きあげてもらった。
――あははは……
今度から汗を流すときは、一緒に羞恥心まで流す必要があるようだ。
――……しくしく。
――――
――
「勇者さま? 食事はこちらにお持ちした方がよろしいですか?」
「あ、うん。はい。こちらにお願いします」
「かしこまりました」
夕食については自由だった。
俺には気を利かせてくれたメイドさんが食事を運んできてくれたが、先生や委員長をはじめとした数名の生徒はお偉いさんたちと会食を楽しんでいたらしい。
らしいというのは俺がメイドさんに尋ねたからで、メイドさんはみんなの名前を知らなかった。たぶん、俺の名前も知らないと思う。
いつも勇者さまとしか呼ばないし……というか……
――俺、名前教えてない……!!
衝撃の事実に気づいた俺だったが、今さら名前なんて名乗れない。
ポンコツな自分にまたもやショックを受けるも、悩んだところで何も変わりはしない。
――さて。お腹は膨れたが……
メイドさんはまた部屋の片隅で待機している。ずっとそうだ。メイドさんは俺が何かを依頼しない限りずっとあの場で待機してくれている。
――うーん。
そうなると、食事はしたのだろうか? と少し心配になった。
俺の食事を片付けてくれた時に少し戻りが遅かったからその時に食べてきたのだろうと思うんだけど……
「お、お姉さんは食事はしたんですか?」
勇気を出して尋ねてみたが――
「ご心配には及びません」
はい、たった一言で片付けられました。
「はい」
――どうしよう。もう、これから話かける勇気はないぞ。
することのなくなった俺はいつもの如くテーブルに突っ伏して少し寝ようと思ったのだが――
「あ、どうも……」
メイドのお姉さんが紅茶を勝手に置いていった。
小さなテーブルにはメイドさんが淹れてくれた紅茶が湯気を立てている。
――せっかくだし……うわ、ちちっ……
「ふぅふぅ……ずずず……」
――はぁ……紅茶、うまいな……
しかし、こうしてリラックスして寛いでいると、昼間のダンジョンでの出来事が頭に過ぎる。
――うーん。
そして、これがなかなか頭から離れてくれないせいで、なんとも言えない不安が押し寄せ始めた。
――俺、大丈夫? 本当にこのままバレずにいける?
考えれば考えるほど、不安になってきた俺は勇気を出してもう一度メイドさんに話しかけた。
「あ、あの〜」
「っ!? ……はい」
俺が急に話しかけたせいか、メイドがビクッと背筋を伸ばした。
――ああ、やっぱり話しかけない方がよかったか。
なんだか話しかけた俺が悪い気がしてきたが、話しかけてしまってるし――
「こ、この近くで身体を動かす場所はありませんか? なるべく人が少なくて迷惑にならないところがいいんですけど……」
「身体をですか?」
メイドさんから訝しげな視線が容赦なく突き刺さった。何やら疑われているように感じる。
「……は、はい。俺。毎晩ジョギングしてて……ジョギングって走ることなんだけど、ジョギングしないと落ち着かなくて……」
はい。嘘です。ジョギングなんて中学以来していない。でも、こうでも言わないと……ほら、メイドさんの目つきが少し緩くなった。
「ジョギングでしたら、先日、訓練で利用された中庭ならば問題ないと思います」
――召喚された日に、みんながバンバン魔法を打っていた、あの中庭ね。あそこなら覚えてる。
「お姉さんありがとう。あとで利用させてもらいますね」
「では、お着替えをこちらにご用意しときます」
「え、ああ、なんだかすみません。よろしくお願いします。
そのあとは自分でしますので、お姉さんは休まれてください」
メイドのお姉さんは軽く頭をさげると、何も言わずに部屋を出ていった。
「何度も着替えだなんて、不機嫌にもなるよな……でもな……俺もやることやっとかないと」
俺は誰にも気づかれないように中庭までいくと、ヘトヘトになるまで走り続けた。
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