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第87話


(無茶苦茶痛いじゃないかぁ)


 色々な本やネットで見る事の多かった、刀による斬り傷は時間を経て痛みが増すという話。

 然し呼吸をする事さえ出来無い苦しみと痛みに、俺は誰にともなく悪態をついた。


「き・・・ー」

「つか・・・じょ・・・」


 おまけに耳まで深海に沈んでしまったかの様に遠くなってしまった。

 指先には力が入らず、僅かに動かせる眼球だけ動かすと其処には赤い水溜りが出来ていた。


(あれ?今日雨なんて降っていたかな?其れに赤って・・・)


「つか・・・、つか・・・」


(五月蝿いなぁ・・・)


 誰かが俺に声を掛けているのか・・・、然し其の音の振動でさえ今は背を走る斬り傷に響き、俺は勘弁して欲しかった。

 其れに・・・。

 俺は徐々に体温が下がっているのを感じた。


(あれ?冬とは言えさっき迄はこんなでもなかったのに・・・)


 どんどん下がっていく体温に、然し身体を震わす事すら出来無い自らの状況に、俺は唯一動かせる瞼を揺らし、言いようの無い恐怖を涙で示した。


(もしかしたら俺・・・)


 其の先を考える事に躊躇し、思考を未だ正常に機能する眼球に集中するとミニョンが涙を流し、俺に縋り付いていた。

 先程迄は声の振動ですら背中の傷に堪えていたのに、既に其の感覚は失われていた。


「おじ・・・‼︎」

「ふ・・・、わっ‼︎」


(ん?)


 どうやら誰かがミニョンに声をかけたらしく、ミニョンは顔を上げ其の人物から何かを受け取った。


「もうだ・・・」


 ミニョンが俺の目を見て何か言った瞬間・・・、再び俺の背中に激痛が走った。


「があぁぁぁーーー‼︎」

「司さん、大丈夫ですのっ?」

「ハァハァハァ・・・、ふぅ・・・ふぅっ、っ、っ‼︎」


 激痛が走った・・・、其れは正しく無いのだろう。

 正確には痛みを感じる感覚が戻ったのだ。

 俺は指先から戻っていく感覚に、先ずうつ伏せの体勢で抑えられていた肺に空気を送る為、上体を起こした。


「良かったですわ、司さん‼︎」

「はぁはぁ、ミ・・・ニョ・・・、ふぅ〜」

「良いのですわ、落ち着いてくださいですわ、うぅぅ、・・・ひっく」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 俺に落ち着けと言いながら、自らが其の瞳いっぱいに涙を溜めるミニョン。

 俺が其の目尻を撫でると、白い肌に紅い血のアイラインが引かれた。


「す、すまな・・・」

「大丈夫ですわっ‼︎それよりまだ傷が治って無いのだから無理してはダメですわ‼︎」

「あ、あぁ・・・、此れは・・・?」

「傷薬ですわ。でも完全に治すには治癒魔法か、ちゃんとした設備が無いと・・・」


 そうか背中の傷に薬を使ってくれたのか・・・。

 俺は傷口こそまだ塞がらず、痛みも残るのだが、徐々に戻ってきた体温に先程迄の絶望感が薄れていった。


(やはり人の生とは熱と共にあるんだな・・・)


 人は生きている間は体温の保ち、温かい飯を食い、仕事で走り回り暑さを感じ、そして何より自らの夢や目標など情熱を掲げる


「ふふ・・・」

「司さん?」

「いや、すまない何でも無いよ・・・」


 どうやら傷薬では失った血潮迄は取り戻せないのだろう。

 俺は脳に血液が回らないから、自らがこんなどうでも良い事を考えるのだと思った。


「別れの挨拶は終わったかな?」

「っ‼︎」

「・・・フォール将軍」

「手当てをした所を悪いが、再び倒れて貰おう」

「・・・」


 いつの間にか俺とミニョンを見下ろしていたフォール。

 手に持つ白夜は、其の白刃に俺のものと思われる紅い血が滴っていた。


「させませんわっ‼︎」

「ミニョン、退がるんだ‼︎」

「嫌ですわ‼︎」

「くっ・・・」


 俺とフォールの間に立ち、構えるミニョン。

 だがミニョンの腕では到底敵う相手では無く、俺は何とか止めようとしたが、其の身体はまだ立ち上がる迄には至らなかった。


「お嬢さん、退がるのならば目を瞑ろう。然し立ち塞がるのならば・・・」

「当然ですわっ‼︎司さんには手出しさせませんわ‼︎」

「ミニョン、ダメだ‼︎君の敵う相手じゃ無いんだ‼︎」

「分かってますわ・・・、それでもっ‼︎」

「ふむ、・・・ではっ」

「くっ・・・、待っ」


 ミニョンを見据え、刀を上段に構えるフォール。

 俺は無様な懇願をし、せめてミニョンだけでも・・・、そう思い開こうとした口は突然の突風に留められた。

 其の突風は風で刃を形成し、フォールの背へと襲いかかった。

 フォールは其れを今正に、ミニョンに向け振り下ろそうとしていた白夜で搔き消した。


「むっ⁈」

「・・・え?」


 其の風刃が飛んできた先、其のルビーの瞳を輝かせローズ=リアタフテ、その人が立っていた。

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