第75話
「アン、パランペールさんの所に帰らなくて良いのか?」
「う〜ん・・・」
俺は慌ただしくなった屋敷の中、アンを部屋に呼び話をしていた。
日頃、アンの事はアナスタシアに任せきりだったが、この状況では少し話が違った。
俺自身が今後の身の振り方をアンに確認する必要があるのだ。
「此れから本格的に戦闘が始まれば暫く会えないかもしれないし」
「そうですね〜」
何より此方の勝算は現在の所全く無い。
アンとの主従関係は、この娘の将来を案ずるパランペールより提案されたものだったが、リアタフテ領が不安定な情勢になれば彼の元に帰せる様リールに相談するのは吝かでは無かった。
「其れにパランペールさんなら、此処より安全な場所へ避難出来るかもしれないし」
「・・・」
彼なら旅の心得もあるだろうし、上手く別の所に逃げれるかもしれない。
俺はローズと離れる訳にはいかないし、敵の狙いが降伏の条件からローズとリールであると分かる以上、俺の元に居るのはアンを危険に晒す事になる。
「どうだろう、アン?」
「其れはご命令ですか、ご主人様?」
「え?」
「お答え下さい」
「・・・」
アンはいつになく真剣な表情で俺に問い掛けてきた。
俺は其れに答える事が出来ず、ただ黙り込む事しか出来なかった。
「命令では無いのなら、従う必要はありませんね」
「・・・」
「アンはご主人様の奴隷ですので、ご主人様の下で最期迄奉公させて頂きます」
「・・・良いのか?」
「ご主人様と初めてお会いした日ならお父様の下へ帰っていたと思います。でも今は此れがアンの生き方ですから」
「そうか・・・、分かった。リールとローズの下で指示に従ってくれ」
「ご主人様は・・・?」
「俺か?俺は・・・」
子供とばかり思っていたアンだが、彼女の今迄歩んできた人生を考えると、きっと俺なんかには理解出来ない程の悩みもあったのだろう・・・、きっと。
屋敷に残ってくれると言うアンに、俺は今回の件で考えていた自身の覚悟も固まった。
その後、アームが街から戻り、アナスタシアがデリジャン、アンベシル、ミニョン、フレーシュを屋敷へ連れて戻ったので、再び執務室で会議となった。
「そう言う事でぇ、デリジャン先生ぃ、住民の方達の避難場所に学院を使わせて欲しいのですけどぉ」
「勿論じゃ、既に教師と寮生に準備を始めて貰っとる」
「ありがとうございますぅ」
「うむ、じゃが大変な事になってしまったのぉ」
「そうなんですぅ、戦争となると現役の時も殆ど経験が無いのでぇ」
「儂もそう多くは無いしのぉ、此の中だとアーム殿が一番かの?」
「いえ、儂とて其処まで多くは無いのです。そもそも此のリアタフテ領は、国境に接していないですし、何より一番近い他国はディシプルで長きに渡り同盟関係にありましたので」
「そんなに長い関係なのですか?」
「はい、若様。ディシプルは国の規模こそ我が国に比べ小さいですが、海に面しており海産物が豊富で、港は世界各国の商人で栄えていますのですぞ」
「そうなんですね」
なお、国の規模から他国と争う道を選ばず、なるべく友好関係を築く傾向にあり、サンクテュエール以外にも同盟国は多かったそうだ。
「そんな方針の国が、何故急に此の国との戦争の道を選んだんでしょう?」
「何故じゃろうの、ただ国王は善王と聞くがのぅ」
「う〜ん・・・」
「噂など関係ありませんわっ」
「ミニョン・・・」
「乱心したのならば、此れを成敗すべきですわ‼︎」
ミニョンは屋敷に着いてから、此の血気盛んな態度を崩さなかった。
「リール様」
「何かしらぁ、ミニョンちゃん?」
「討伐隊には是非私も加えて下さいまし‼︎」
「・・・」
「ちょっとミニョン、何言ってるの⁈」
「ローズは下がってるんですわ」
「そんな訳には行かないでしょ」
「此れはミニョン=ペルダンとリール=リアタフテ様との話ですわ‼︎」
「そ、それは・・・」
「ローズちゃん」
「うっ・・・」
ミニョンの突然の申し入れに対し、ローズは其れを止めようとしたが、他家の貴族と現領主の話、そう言ったミニョンにその身を固め、言葉に詰まってしまった。
それでも何とか言葉を絞り出そうとしたが、それはリールにより優しく、だがたしかに止められてしまった。
そしてリールはそのままの空気でミニョンを見た。
「ミニョン?」
「は、はいっ‼︎」
「貴女の気持ちは嬉しいわ、でも貴女を戦場に立たせる訳にはいきません」
「ですが・・・」
「ミニョン、貴女はまだ若過ぎるわ」
「私は此の国の貴族ですわ。そうであれば此の様な事態にこそ立ち上がるべきですわ‼︎」
「ミニョン・・・。アンベシル、貴方はどう思うの?」
「リール様、私は・・・」
ミニョンを優しく諭しながらも、アンベシルに問い掛けたリール。
アンベシルの答えは意外なものだった。
「私からも、お願いします。リール様、我が妹の討伐隊への参加を許可して下さい」
「アンベシル・・・」
「ちょっとアンベシル、アンタ何言ってるのか分かってるの⁈」
「ロ、ローズたん・・・」
「此れは模擬戦では無いのよっ、ミニョンにもしもの事があったらどうするつもりよ‼︎」
「・・・」
激昂し今にもアンベシルに掴みかからんとするローズを、アナスタシアが止めに入った。
アンベシルはその怒りに初めは怯え、二の句を続けられなかったが、それでも必死にリールとローズを見て自らの意思を示した。
「も、勿論そんな事は分かっている。それでも我々が、此のリアタフテ領に滞在している以上は、我がペルダン家の王国への忠義を示す必要があるんだ‼︎」
「っ・・・」
アンベシルは自身の手を、そして歯を自ら傷付けんばかりに力を込め、その身を震わせながら、自ら・・・、いやペルダン家の意思を示したのだった。
そして其れを見て、リールは折れた。
「そう、分かったわ。ペルダン家の協力感謝します」
「リール様・・・、ありがとうございますわ」
「ありがとうございます、リール様。フレーシュ」
「はい、アンベシル様」
「妹を頼む」
「・・・勿論です」
リールへ礼を言ったミニョンとアンベシル。
ペルダン家からはミニョンとフレーシュが参加する様だ。
「リール様」
「司君、どうしたの?」
「自分も戦場に出ようと思います」
「え?」
「許可を頂きたく思います」
「そんな・・・」
「私からもお願いします、領主様」
「ローズちゃん・・・」
俺の参戦表明に驚いた様子のリール。
勿論一連の流れを見ると止められると思ったが、その前にローズが制してくれた。
「本気なのね?」
「勿論です」
「分かりました。リール=リアタフテの名において許可します。しっかりと役目を務めなさい」
「はい‼︎」
その後俺はルーナを連れ、開戦の準備を始めた。




